第169話
『そう心配せずともよい。戯言を吐かそうとしていたから、口を封じたまでのこと。殺してはおらぬ』
これは、トモに感じたのと同じ………
全身嫌な汗をかいている。
手が少し震えていた。
「アンタ………神だな」
『ほう? ここまでの威圧を受けてたっておられる人間なんぞ今まで見たことがない。ここで心を喰ろうてやりたいところじゃが、手出しはできないしのぉ。なら、これはどうじゃ?』
さらに強めの威圧を飛ばしてきた。
『これも耐えるか!? ふははは!! あっぱれあっぱれ。人の枠を超えておったか』
「クソが………いちいち頭にくるが、手の出しようがない………」
『む? 敵意か? このワシ相手に。これは面白いと、言いたいところだが………奇妙な人間じゃな。我が使徒………特異点ですらこの数段階下の威圧も耐えられないだろう。貴様、主君は誰だ?』
「言うと思うか?」
これ以上無駄な事は言わない。
ボロが出る可能性があるからだ。
『言わぬ、か。まあ良い。呼べばいいだけの話………じゃッ!』
この力は………アレを使うべきか? いや、バレたら面倒くさそうだ。
「何してる?」
『後ろを見てみろ』
俺は後ろを見てみた。
するとそこには、
「お前………」
『やあ、ケンくん。君はやっぱり予想のつかない事をするね。だから面白い。でも、』
「!」
トモからもかなりの威圧が出ていた。
だが、こいつの威圧は俺へは一切向いていない。
『この状況は面白くないね』
『誰かと思えば貴様じゃったか。知恵の』
『やあ、精神の。相変わらず虫唾が走るような事をしているようだね』
知ってるのか?
しかもあまり仲は良くないと見える。
それにしても精神の神か………
「トモ、 精神の神ってのはあれか?」
『うん、あれ。趣味最悪のイカレ神。魔族が異常なまでに執着心や忠誠心が高いのは彼女のせいさ』
『おや、人聞きの悪い事をいうのう。ワシは愛というものを教えてやっただけじゃのに』
『依存の間違いだろう? イカレ女』
『ほざけクソガキ。この小僧は手出しできぬが、お主なら消す事は出来るんじゃぞ?』
激しい圧がぶつかり合う。
俺を巻き込むなよ。
「おいトモ、ケンカすんなよ」
『はいはーい』
『先程から言っているトモとは何のことじゃ?』
『僕の名前さ。いいだろう? いつまでも知恵の神じゃ味気ないからね。いやぁ、良いもんだよ。な・ま・え』
すると、眉をピクッと揺らした精神の神が俺の方を向いた。
『おい小僧! 神に名前をつけるとは無礼にも程があるぞ! 即刻やめよ!』
「やだよ。アンタ何言ってんだ?」
『羨ましがってるんだよ。自分には名前がないから。彼女は100年くらい前から名前を欲しがってたからね。他の神は面倒臭がるし、使徒たちは敬遠するし、自分でつけるのもちょっと違うでしょ?』
うわー。
なんというか………
意外と人間臭いな。
いや、それはトモも同じか。
『小僧! 止めぬなら。ワシにもつけろ!』
「神の名づけ親か。そりゃすごい………………だが断る」
『何ィ?』
「ははは! これ一回言ってみたかったんだよ! よく考えろ。こう言うもんは頼んでつけてもらうもんじゃあない。つーかアンタ俺の敵じゃん」
きっぱり断った。
神様相手にここまで逆らう人間はそうそういないだろう。
『残念だったねぇ。ケンくんは僕だけの名付け親さ!』
楽しそうだな。
『ぐぬぬ………そっちがその気ならワシも強行させてもらうぞ!』
その刹那、何かが俺に放たれた。
「なッ………ン、だ…………」
頭がガンガンする。
意識が呑まれそうだ。
『さぁ、名前を付けよ』
『おい! それは禁則事項だぞ!』
やばい。
これのままだと確実に精神汚染される。
魔族共のようになってしまう。
仕方ない。
奥の手だ。
「ふーーーっ………」
目を瞑った。
俺はそれを全身に循環させる。
纏え。
そして食い潰せ。
向こうから飛んでくる力をこっちが飲み込むんだ。
体から金色の光が湧き出た。
それを見た精神の神が驚愕する。
『馬鹿な! これは、この光は………!』
狼狽している精神の神を見てトモはほくそ笑んだ。
当然だね。神象魔法使えるんだし。
いや、これが使える事は当然じゃないな。
やはり彼は天才だ。
カッと目を見開いた。
「あまり、舐めンじゃねええええぞォォォォォォ!!!」
ブワッ!!
金色の光は一気に弾けて俺の中に入り込んだ何かを消し去った。
「ハァッ、ハァッ………テメェ………」
『ワシの“精神改変”を防いだ!? 人間ごときが。それに今の光は………』
精神の神はギリっと奥歯を噛み締めた。
『これほどの逸材………欲しい! お主の心、ワシが貰い——————』
『それ以上は報告せざるを得ないよ』
その一言で、精神の神は動きを止めた。
『貴様………』
『君さァ、馬鹿なのかい? ここで既に3つは禁則事項に触れてるよ? 良いのかい? 堕ちても』
トモがそう言うと完全に何もしなくなった。
『騒がせちゃったね。そろそろ消えるから安心して。それに、疲れちゃったでしょ?』
「ったりめーだ。これ使ったら体がだるくなっちまう………ふぅ」
かなり疲れた。
これ使うと、HPやMP残量関係なくしばらく動けなくなるのが難点だよな。
俺はチラッと精神の神を見た。
明らかにいじけている。
頃合いだな。
「おい」
『………なんじゃい。文句なら受け付けんぞ。ワシ悪くないもん。羨しかっただけだ——————』
「“ヨル” 」
『へ?』
「名前だ。お前は今日からヨルだ。名前を付けてやったんだから文句は言わせねーぞ」
作戦その1
手懐ける。
いざという時のための切り札だ。
情が湧いてくれていた方がありがたい。
あれがこいつを倒すと言うシチュエーションはないとしても、逆はあり得る。
その時はよろしくのための保険だ。
『わーい! ワシにも名前がついた! やったぁ! 早速自慢しよ!』
「神様仲間か? いっぱいいると有難味もクソも………」
『おらぬよ』
「は?」
『じゃから、おらぬと言っておろう。今魔族たちが信仰しておるのはワシではない』
なんだって?
と、言おうとしたら、トモに先を越された。
『なんだって!? この前まで居ただろう!』
『………乗っ取られた。使徒も、民も、全て奪われた。そして今のワシには全盛期の100分の1も力がない』
1パーセント以下でさっきのあれかよ。
規格外、というか次元が違うな。
『そうじゃな。人間の国だったらあやつも見張ってはおらぬだろう。それなら貴様らに話しておいた方がいくらかマシそうだ』
ヨルは語り始めた。
 




