第1530話
「誰?」
言ったなこいつ。
と、心の中で総ツッコミだった。
しかし、口に出さない当たり、同じことは考えていた。
それほどに、この老人はこの場に似つかわしくなかった。
今この街の内情を詳しく知らない琴葉やリンフィアでも、他の3人が一般の魔族ではないと言うことはわかる。
力もそうだが、少なからず高い立場にいることを他の3人は匂わせていた。
だが、このシン・ピラーと名乗る老人は別だった。
力も立場も、一般の魔族と変わりない様に見える。
そして過去、王に支えていた記憶はリンフィアにはなかった。
(少なくとも、ニョロちゃんが選んだってことだろうけど………)
考え込むリンフィア。
しかし、既に琴葉にはどうでも良くなっていたのか、思考を放棄して手を差し出した。
「まいいや。よろしくね、おじいちゃん。私は琴葉って言います」
「おおこれはこれは。最近話題の人間さんかい。こちらこそよろしく」
で、と。
琴葉とシンは、揃って視線を他の3人に向けた。
すると、私の番と言わんばかりにイドルが、満を持して前にでた。
「うむ。では私から名乗らせてもらおう」
「団長。あなたもう3番目です」
「うるさいぞ。私が私からと言ったらそれは一番だ。何か間違っているか?」
「間違いしかないですよ。アホがバレる前に自己紹介しときましょう」
「そうだな」
織り交ぜられた誹謗に気づくことなく、イドルは言われるがまま自己紹介を始める。
どこから持ってきたのやら、部下の用意した箱の上に乗り、足を開き、マントを翻し、声高らかに名乗りを上げた。
「刮目せよ! 私は、この街の治安部隊」
「自称ですが」
「スーパーイドル軍団の団長を務めている」
「ごめんなさいね、こんな名前で」
「街の平和を守り、日々民の安寧を想う健気かつ尊大な心を持った我が名は、イドル・エーである!! 覚えておくがいい」
「ご視聴ありがとうございましたー。あ、俺は側近のカーザスです。出来損ないのゴーレムやってます」
ではではと、マーズはイドルの背中を押してはけていった。
なかなか印象に残る自己紹介だったが、続く少女もまた、中々に印象が凄まじい。
並びが時計回りになっているからか、彼女も自然と自己紹介を始めた。
「次は私なのん」
「「—————————!!」」
空気がひり付く。
注目を集めているのは、この“ド”がつく派手なツインテールのゴスロリ少女。
しかし、さっきを振りまりているのは、彼女ではなくむしろその周囲。
見た目のインパクトを超えるほどに、特徴的ともいえる妙に甘い声に一同は警戒していた。
魅了する声はサキュバスの特徴のそれであるが、しかし彼女の瞳がそれを否定する。
猫の様な瞳孔と紫紺の瞳。
魔族に分類される悪魔の特徴だと、リンフィアは記憶からその種を引き出そうとしていた。
すると、じっと見ていたリンフィアと、リットの目が合う。
「あんまし見つめられると照れるのん」
「あ、ごめんなさい。高位の悪魔族はあまり見ないからつい」
悪魔と言われて、ソードはハッとする。
額に汗を滲ませながら、今一度リットの特徴を確認し、息を呑んだ。
「桃色の髪と、派手な黒衣に金の装飾………紫紺の瞳をした悪魔………アンタ—————————」
「うん。私はリット・アノム。“黒樹の根”の創設者」
「「—————————!」」
周りはざわつくが、聞き覚えのない単語に、リンフィアと琴葉はキョトンとしていた。
「黒樹の根と言ったら、暴れていた魔族たちを取り仕切っている、あの黒樹の根かい?」
「ええおじ様。その通りなのん。メデューサ様のご指名で、今回この仕事に参加することになったのん。まぁ、自由にやるのん」
だから構うな、と聞こえるようだった。
鋭い獣のような目がまるで笑っていない。
のほほんと言っているが、腹の中はまるで見えなかった。
しかし、その奥を見ようとするものはいなかった。
ただ1人を除いて。
「はい質問です」
と、リンフィア。
周囲も思わずギョッとしている。
何より、拒絶を見せたリット本人が目を丸くしていた。
「いや、質問するような空気じゃないように思ったけど………」
「毒気は抜かれましたか? では是非」
手を向けられ、リットは思わずため息をついた。
そして、今度こそキッパリと、
「じゃあダメなのん。理由は言いたくないから」
「そうですか。じゃあ次ですね」
解散解散と言わんばかりにそっぽを向くリンフィア。
リットは釈然としない様子で、呆然とリンフィアを見つめていた。
すると、
「ふふふ冗談ですよ。いや、意外と隙のある子みたいで安心しました」
「ぐぬぬ………………意外と性悪なのん………しかも子って………一応悪魔なんだから、自分より年上かもって思わないのん?」
悪魔は、出生がかなり特殊な種族。
生まれ落ちた瞬間から知識を獲得し、ある程度の自我を得る。
肉体は人間年齢では20歳程で固定され、老衰は死の間際に急激に始まり、チリとなって消える。
生涯現役の種族だ。
「東部地方の悪魔の年齢判別も出来ますから。あなたは私より2つ下のはずですよ」
「!………へぇ。私の地元知ってるんだ」
「ええ、“立場上”良く、ね。これでも元魔王ですから」
「………?」
それに気づいたのは琴葉だけだった。
ほんの少し、どこか頭を下げように俯いて見せたリンフィアの顔に浮かぶ影を、琴葉だけが見ていた。
「質問はまた仲良くなってからでいいですよ。なので、今度はあなたの番です」
そう言って、ソードへとバトンを回した。
「………」
明確に睨んでいると言っていい。
露骨に嫌そうな顔をしている。
すると、
「そうだな。かの悪名高い魔王様直々のご指名とあらば、名乗らない訳にもいかないだろう」
侮蔑と嘲笑を浮かべ、あくまでも悪態を貫いたままソードは立ち上がった。
各々が素知らぬ顔をしているなか、今にも飛びかかりそうな琴葉を抑えつつ、リンフィアは黙って耳を傾けた。
「名はソード。姓はない。この仕事で縁が切れる事を願っている。以上だ」
最低限………いや、余計な一言がある分より悪い。
少なからず、明確に敵意を向けているリンフィア達以外からも好印象を得ることはないだろう。
しかし、それもお互い様。
制御ができない者が1人。
はなから協力する気のない者が1人。
そもそも敵意剥き出しの者が1人。
既にチームとして破綻していた。
「やばー………どう、リンフィアちゃん?」
「まぁ、最初ですから」
存外の余裕に、琴葉は一瞬言葉を失った。
「で、でもじゃない?」
「魔族ですし」
「えー………」
慣れたものだった。
それゆえに、琴葉は珍しく頭を抱えた。
そしてそっと、リーダーだという老人に一縷の期待を抱いて目をやるが、動かない。
落ちた肩をあげたのは、せめて自分が気を回さないとという、柄にもない決意からであった。
「じゃあ、皆さんよろしくお願いします。私は元魔王のリンフィア・ベル・イヴィリアです」
「「「知っている」」」
言葉を断つように、揃って言い切った様子を見て、琴葉は今一度奮起した。
(流石に頑張ろう)
珍しく、喧嘩のない平和な公園。
そこ振りまかれる険悪な空気。
ある意味清々しいここ街で、今日最も険悪で陰湿なこの空間を—————————
(見ツケタ)
一つの目が、見つめていた。
ギョロッとした大きな瞳。
眼球と瞼だけの身体に生えた触手が壁に根を張り、リンフィア達をじっと観察していた。
この街は、別段軍事に特化しているわけではない。
警備はむしろ甘く、侵入しようと思えば出来る。
それでも、エビルモナーク達が黙認してきたのは、ヴェルデウスの秘宝の存在を確認できなかったから。
亜人達との戦いもあり、雑兵だけで攻めるには厄介な街に割く戦力がなかったのだ。
だが、現状は変わりつつある。
明確に敵対の意を示した彼らに、リンフィアら一派が加担した。
その上、異世界人達が派遣した魔族の兵が倒されてしまったのだから、もはや無視はできない。
この目は、そんな危険な街を見張るために根を張った監視の一つであり、今、中でも危険な一団に目をつけていた。
(先代魔王、リンフィア………ハッケン。音声入手………フノウ。更ナル調査ノタメ、尾行、追跡ヲ提案スル)
監視者の目が放つ魔力が向かうその先は、この街にある隠れ家。
そう、この街には、未だ残党が残っていた。
戦いはまだ、終わっていなかったのだ。