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1529話


 オレンジ髪の青年。

 それ以外の特徴は特にない。


 ソードという男は、どこにでもいるような青年だった。


 しかし、リンフィアには妙に印象に残っていた。




 「何しに来たんだろ?」


 「さぁ………」




 思わず生返事だったが、琴葉の言う通り確かに意図はわからなかった。

 ただ、人となりは少し見えた。

 そして、その力の片鱗もだ。




 「だいぶ強いですね」


 「うん、速かった。しかも、親子ごとどかーんってならない様にしてたっぽかった」


 「うん、そう思います」




 どこか印象に残る男だった。

 話題に上げていると、2人とも自然と気になり始めていた。

 



 「街の人たちに慕われてるみたいでしたね」


 「だねー。なんでも、子供からお年寄りまで、いろんな人の手助けしてるらしいよ? 善人の鑑だねぇ」


 「鑑なんて難しい言葉知ってるんですね」


 「バカにされてる?」




 くすくすと笑いながら、リンフィアはふとコウヤを思い出していた。

 彼もまた、元々は街で便利屋をやっていた。

 それがきっかけで多くの妖精たちと繋がり、そしてあの戦いを迎えた。


 記憶は次第に、今あるフェアリアの危機へと繋がっていく。

 そして不安は広がる。

 今、コウヤは、ミレアは、ラビは、他のみんなやケンは、一体どうしているだろうか、と。




 「リンフィアちゃん?」


 「! いえ、何でもないです。それより、お昼急ぎましょう。私もうお腹ぺこぺこなんですから」


 「それもそうだけど………ここ、どう見てもそんな感じの買い物出来そうじゃなくない?」




 キョロキョロと周りを見渡すと、そこには見るからに柄の悪い魔族たちがたむろしていた。

 目が覚める様な視線が注がれ、2人は居心地の悪さを覚えていた。

 裏路地を歩いて、いつの間にか治安の悪い場所に出たらしい。


 だが、最早慣れたものだった。

 今更怯えるはずも無く、2人は堂々と進んでいく。

 しかし、それにしても奇妙だとは思っていた。




 「けど意外だね。表ですら“あんな” なのに、飛びかかってこないんだ。変なの」




 警戒を緩めずに、琴葉はそう言った。

 見たままの、印象通りで偏見通りのアンダーグラウンド。


 誤解は何もない。

 ここにいる屈強な魔族の1人残らずが腕自慢であり、治安どおりに喧嘩は絶えない。


 それこそ表側とは比にならない程に。

 だが、



 

 「何かあるんだと思います。魔族が欲望を抑えるほどの“何か” が」


 「ふーん。そんなに凄いんだ。その魔族の欲望っていうの。なんていうか、それでちゃんと国とか街とか出来てるの凄いよね」




 おや、と。

 リンフィアはその視点に感心した。


 琴葉にとっては何気ない言葉で、実際なんでもない一言だ。

 だが、《魔族悪し》を一般常識に持つこの世界の人間からはとても出ない言葉でもある。




 「そんでそれをやったのが、リンフィアちゃんのパパってことね。凄いなぁ」


 「ええ、凄い。凄いと思います。ただ………」




 周囲の魔族たちを見て、リンフィアはふと思い出す。

 それはかつて、父に連れられて“外周区”に行った時のことだ。


 爛々と眼をぎらつかせ、その欲望を今にも吐き出そうとしている魔族たちの無法地帯。

 ここは、あの外周区に似ている。

 外見でなく、内面の………欲望の醜悪で追いやられた者たちも住まうあの場所に。


 そう、()()()()

 



 「まーた飛んでるよ、リンフィアちゃん」


 「今度はちゃんと聞いてますよ。考えことはしてましたけど」


 「考え事?」


 「どうやら、ここにはお父様が出来なかった事をしようとしている人がいるみたいです」




 見知らぬ誰かを、頭に浮かべる。

 誰かがこの場所を作った。


 似ているけど、確かに違うこの秩序を生み出した誰かが、きっと居るはずだと—————————









 「リンフィア・ベル・イヴィリア………先代魔王」




 その人物は、リンフィアたちが持つリストに名を連ねるその少女は、遠くからリンフィア達を眺めていた。


 黒髪をたなびかせ、冷ややかに見下ろし、やがて目を逸らした。



 「リット様」



 執事服を着た悪魔に、リットは一瞥する。

 好みの顔、好みの声、好みの装い、をしたその悪魔にうっとりと笑みを浮かべ、返事をする。



 「集まったのん? じゃ、昼過ぎから用もあるし、急ぐのん」



 差し出された手を、男は慣れた手つきでそっと握り、エスコートする。

 リットは満足し、そしてその後の後のことを考えて、ため息をついた。









——————————————————————————










 「3時間かけてやっと見つけた………他のお客がいない店!」


 「止しましょうか」




 咳払いする店主にぺこぺこと頭を下げるリンフィアと琴葉。

 しかしそんな事をつい口に出してしまうほど、客がいる店では乱闘騒ぎが起きていた。




 「でも乱闘を賭け試合にして、負けたら一品追加っていうのは面白かったよね」


 「魔族の欲求って結構どうしようもないですから、色々工夫してるんです。でも、その分いい事だってあるんですよ?」


 「たとえば?」


 「このスープなんかそうですよ。食欲が強い魔族だからこそ、味への探究心が他の種族よりずっと強い。だからこんな美味しいものへと繋がるんです」



 と、山積みになった皿の横でそう語るリンフィア。



 「その通りだねー。怖いくらいにその通り」



 説得力が段違いだった。

 とはいえ、そう言う琴葉もお腹をさするくらいには、いっぱいに食べていた。

 しんとした店のなか、厨房から聞こえる音と満腹も相まって、眠気が襲ってくる。


 しばらくぶりの平穏だと、2人は気の抜けた様子でゆっくりお茶に手を伸ばした。




 「………!」


 「来客………にしては物々しいですね」




 扉の外に人影が見える。

 かなりの大所帯だ。


 ガシャガシャと、あからさまに鎧の音が聞こえる。

 2人はとりあえず、静観しようと視線を落とし、入口に注意を向けた。


 すると早速、扉の前の人物は、勢いよく扉を開き、店へ入ってきた。




 「ふむ、邪魔をするぞ。店主」


 「いらっしゃい」




 ゾロゾロと………というのもおかしいかもしれない。

 作り物のように規則正しく動くその一団は、先頭にいた巻きひげの男に従い、テーブルについた。



 「店主よ」



 と、手を掲げる男。

 そしてわざとらしくパチンと指を鳴らしてこう言った。



 「いつもの」


 「はい、ミルク一丁」




 「「ぐふっ」」




 しまった、と。

 テーブルに撒き散らした食後の紅茶と、刺さるような視線を受けて、リンフィア達はそう思った。


 が、目を泳がせながらテーブルを拭いている時にかけられた言葉は意外なものだった。




 「ふ、客が他にもいたか」




 男は特に何もしてこなかったのだ。

 2人は目を合わせ、ほっと息をついた。

 すると、店主が“あ”と何かに気づいたような声を上げ、男に駆け寄った。




 「イドル様、哺乳瓶は………」


 「「ぶふーっっ!!」」




 言い訳のしようもない程に、2人は吹き出した。

 首を傾げる巻きひげの男。

 奇妙な静寂のなか、側近のような男が、巻きひげの男に耳打ちする。




 「団長殿。今、その無様な注文に対して笑われたかと」


 「なに? 今、私を笑ったのか?」




 やばい。

 リンフィアは色んな意味でそう思った。

 この男、天然であることに疑う余地はないが、流石にあからさまに吹き出してしまった。


 角の立ちすぎたこの状況でどうしたものかと頭を抱える。


 が、考えなしの女が、味方にいる事をすっかりと失念していた。



 「いえ、違います。これは口に入れた水を遠くに飛ばすって言う遊びです」



 リンフィアは、もはや開いた口が塞がらなかった。

 パワープレイにも程がある。

 


 「そうか、汚いな………」



 通じてしまった。

 サムズアップする琴葉の顔が、妙に腹立たしいとリンフィアは思った。

 巻き込むんじゃない、と。



 「団長殿。耳腐ってんのかと思いつつも耳打ちしますが、絶対に嘘かと」


 「何ィ? 貴様、この私を謀ったの………………」




 振り返った頃には、リンフィア達は代金を置いて店を去っていた。

 静まり返った店の中、消えたと驚きながら店を探し回っているイドルの声だけが店に響いていた。




 「団長殿。いもしない幻影を追いかけるのは結構ですが、そろそろお時間も近いです」


 「そうか………そろそろだったな、先代魔王との顔合わせは」




 そう言って、イドルは懐にいれていた、リンフィア達が持っていたリストにそっと触れながらそう言った。









——————————————————————————











 店から逃げて数分。

 たまたま、今度の仕事(外周区への侵入)で一緒になるメンバーとの顔合わせ場所の近くにいたことに気づいたので、2人はひと足先に目的地に向かっていた。



 「なんか、凄いね今日。色々濃いよ。怖いよ魔族」


 「ああいうのを外れ値って言うんですよ琴葉ちゃん。また一つ賢くなりましたね」




 冗談混じりではあるが、すでにリンフィアは結構疲れていた。

 だが、気を抜いてはいられない。


 これが初仕事。

 街中での信頼を勝ち取るためにも、初めての仕事から失敗するわけにはいなかった。


 目的地の公園が見えてきていたので、木を取り直すように身だしなみを整えた。

 髪を触りながら歩いていると、公園に人影があった。


 まぁ、公共の場所なのだから、人くらいいるだろうと一瞬で気が逸れそうになったが、もう一度視線をその人へ合わせた。



 しっかりと見つめ、認識を改めた。

 



 「来たか………」


 「どうもなのん」




 隣で手を振る少女に見覚えはない。

 しかし、もう1人には覚えがあった。


 街の人気者 ソード。

 相変わらず、睨みつけるような目線だ。




 「えっと、早いんです、ね?」


 「いつ来ようと己の勝手だろう」




 ぶっきらぼうな口調の中に、確かに棘があった。

 何か恨みを買っているのだろうかと考えるが、あいにくリンフィアにはその心当たりはない。


 あくまで、“自分自身には” ではあるが。



 「そう、その通り」



 割り込んできた声に気付き、リンフィアと琴葉は振り返った。

 見覚えで言えば、ソードよりずっと記憶に染みついた男が、そこにいた。



 「故に、これは遅刻ではない」


 「団長殿。まず口のミルクを拭いましょう」


 「………」




 イドルは無表情のまま口元のミルクを拭い始めた。

 中々混沌とした状況だ。


 しかし、メンバーは揃った。



 「おお、皆さんお揃いで」


 「「「!?」」」




 ベンチに座っていた老人が、そう言いながら立ち上がった。

 皆ギョッと老人に視線を集める。


 公園に溶け込んでいた一般人が、突如関係者になったことで、内心驚きを隠せないでいた。



 「はっはっは。弱そうでしょう。すみませんね、戦闘はからきしなもので」



 一切の否定もなければ、取り繕うこともなかった。

 しかし老人は平然とした様子で、その先を語る。


 それは、リンフィア達にとって中々衝撃の宣言であった。




 「これから君らの長を勤めることになった、シン・ピラーと申します。何卒よしなに」





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