第1528話
「全く、落ち着いて話も出来ん」
「そ、そんな満足そうに言われても………」
リンフィアたちが部屋を出ていった後、暴れていた部下たちを止めると言う名目で好き放題暴れたメデューサは、やれやれと頭を振っていた。
とはいえ、ここにいる全員が戦闘狂。
皆ある程度満足し、会議は滞りなく進み始めていた。
だが、空気が変わったのは、それだけが理由ではなかった。
それをチラホラと、町民たちは口にしていた。
「それにしても、狂王リンフィアねぇ。信用していいのやら」
「ある意味、現王政以上に信用ならないからな。なんであんなの受け入れたのやら」
「ホント、厄介者だよ」
「止せっ、聞かれるぞ」
次々出てくる不満と憤りの声。
止めるものは居ても、否定するものは誰1人としていなかった。
そしてメデューサはあくまで不満げに、しかしそれを黙認した。
(これが現状。リンフィア………あなたの父君………いや、あなた方皇室の負債は決して小さくない。戦い好きなこの街の連中はともかく、外ではどうなるか………)
王位を退き何もしなかった先先代魔王。
幼いながら悪虐の限りを尽くした先代魔王リンフィア。
このイメージは、そう簡単には拭えない。
拠点となるこの街の中ですら、味方はそう多くないという事実にメデューサは頭を抱える。
だが、もはやここが最後の防衛線だった。
この街を失えば、国に逆らう組織はもはやないに等しい。
勝利への道は限りなく遠く、そして細かった。
「………だから、こいつは賭けだな」
メデューサはそう呟きながら、数枚の紙を取り出した。
そこにあったのは、いくつかの名前と似顔絵だ。
それを見て、メデューサはまたため息を吐いていた。
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「うーん、嫌われてますね」
顎に手を当てながら、太々しくそう呟くリンフィア。
飲食店に向かい、居心地が悪くなって外に出ることこれで10回目。
まぁ、主に出ていたのは琴葉なのだが。
「いや、なんでそんなケロッとしてんのさ」
「うん? いやいや、私これでも奴隷だったり、半魔だったり、人間界に忍び込んだ魔族だったり、狂王だったりで結構散々嫌われてましたから。慣れたものですよ………っと」
するっ、と。
目を滑らせた先にいたのは、道端を駆け回る子供だった。
今まさに転ぼうとしてる子供の前にそっと腕を差し出し、スムーズに受け止めるリンフィア。
まるで後ろに目でもついているかのような動きに、琴葉も声をあげていた。
「おー、達人っぽい」
「技っていうよりは生態ですけどね。魔王形態を手に入れてから、感覚も鋭いですし、体もスムーズに動くんです。おっとと、怪我はありませんか?」
「うん! ありがとうお姉ちゃん!!」
つられて笑う2人。
屈託なく笑う子供に、リンフィアもすっかり琴葉も絆されていた。
「こ、これあげる!またね!」
やんわり断ると、子供はまた元気に走って行った。
少し照れたようなその様子に、2人はまた笑みが溢れていた。
「いいなぁ。癒されるねー」
「貰っちゃいました。紙………ですね」
渡されたのは子供らしい落書きのされた紙だった。
「あはは。なんだろ、手紙っぽくはないし………あ、肩叩き券?」
「うふふ、だったらかわい………」
ひっくり返すとそこには、ガチンコ死闘パス VSロザリーと書かれていた。
2人は見なかった事にし、リンフィアはそっとそれを懐に仕舞った。
「ホント………いやになる街ですね」
「いやーホント—————————」
苦笑いを浮かべながら、琴葉はロザリーの走っていった方角を見ていた。
視界の先で、こちらを見ながら子供を叱る親がいた。
何も知らない子供が、戸惑いながら手を引かれていく。
と、
「——————ホント、嫌な街………っ、ぁ」
「きゃぁあああッ!!?」
大仰な破壊の音。
重なるように、そこに悲鳴が混ざっている。
瓦礫が飛んでいた。
喧嘩だ。
超人だらけのこの町では、これくらい日常茶飯事だろう。
おそらく、戦い好きは全員に共通している。
それでも、力の大小はある。
即座に回避した数名の他、動けず残っている者たちは、間違いなく小だ。
そこに、不運にも瓦礫が降り仰ぐ。
避けられないのは2人。
今目の前にいる親子に、あの瓦礫を回避する術は、ない。
「リンっ………」
琴葉が声をかけるより早く、既にリンフィアは親子の元へ辿り着いていた。
対比させている余裕はないと、魔力を解放する。
巻き込みかねないと言う心配はある。
しかし動きに澱みはなかった。
一か八かと拳を握ったその瞬間、鋭敏になっていたリンフィアは、背後に気配を感じ取った。
誰かが来る。
助けだ。
これは、間に合う。
だったら、ぶっ放せる。
「っッァアっ!!」
背後で影が横切ったその刹那、思い切りはなった拳は、跡形もなく瓦礫を吹き飛ばした。
「おい!! 己の言ったことを忘れたのか!?この街でぼーっとすんなっつったろ!!」
「………」
後ろ姿で顔は見えない。
しかし、真剣に起こる青年の声と、彼を囲う人々の姿を見て、リンフィアは安堵した。
「ソー坊、お陰で助かったよ」
「流石はソー坊だ」
「だーっ!! もう散れ散れ!! 己は散歩の途中だっての!!」
これ以上長居してもいいことをないだろうと、踵を返す。
人混みの隙間から手を振るロザリーに手を振り返して、リンフィアは路地裏へと向かっていった。
そこには、少し不満げな琴葉が仁王立ちしていた。
「お人よしっ!」
「守ろうとしたのは琴葉ちゃんだって同じじゃないですか」
「そっちじゃないっ! ………まぁいいや。さっきの人もいるし、あの辺は大丈夫でしょ。それにしても、さっきの人、どっかで見たような—————————」
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ジッとリストを眺めるメデューサ。
失敗したかと何度も見てはため息をつく。
しかし、結局最後にはやるしかないと納得してしまっていた。
「上手くやってくださいよ、リンフィア様。あいつは、相当な暴れ馬ですから」
眺めていたリストに書かれた名前は、ソード。
映っている似顔絵は—————————
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「あ、思い出した」
琴葉はスッキリしたと手を叩いた。
そしてふと、今来た路地の入り口の方を向いた。
「思い出したって、何がです?」
「さっきまで女の子とお母さん助けてた人だよ。あの人、ボスがくれた仲間になる人リストに載ってた人だよ」
「………貰ってないですよ、私」
「え!? あ、あははー、そうだっけ?」
ごめんごめんと笑いながら紙を取り出す琴葉。
もう、とふてながらも紙を受け取り、中をジッと確認する。
そこには今回の仕事で組む相手の名前と顔写真、そして注意事項が載っていた。
「注意事項って、穏やかじゃないですね………あれ?」
そこにある似顔絵をジッと見ていると、路地の奥に人影があった。
同じ顔だ。
しかし、その顔は怒っていた。
怒りに燃えていた。
義憤に駆られていた。
まるで悪人を見つけたかのように、糾弾の意思を持って睨みつけていた。
「狂王ッ…………」
「あなたは………」
しかしすぐに、さっきも敵意も消えた。
封じたという様子ではあるが。
「君がソード?」
「ああ。そういうアンタはコトハだったか。長から聞いてる。詳しい話は集まった時にしよう」
「そっか。まぁでも折角だし名前だけでも………」
「いい。アンタはコトハ。そっちはリンフィア。知っている。よく知っている」
最後だけ、リンフィアの方を見てそう言ったソードは、すぐさま何処かへと去って行った。
だが、あの恨みの目が頭から消えない。
身に覚えはなくとも、どうしても察しはついてしまう。
不穏でしかないその邂逅に、リンフィアは先が思いやられる様子であった。




