第1525話
「不殺完了。ふふ………これでまた姉上が喜ばれる」
心の底より出た笑顔。
ようやく見せた人間味のある表情はやはり姉に起因するものだった。
凄まじいほどの執着。
そして、強さ。
チラつく異常性にも目が行くが、しかしこの強さは今は魅力的だった。
「これで防衛は完了です。お疲れ様でした、レン殿」
「………いやはや余裕だね。そこまで強かったのなら、俺の手は要らなかったんじゃないの?」
「そうでもないですよ。余の能力は、あくまでも後出し必須。後手に回れば有利ですが、そもそも決定力に欠ける節があるので、その後手に行く前に詰みやすい。難儀な力ですよ」
すぐにわかった。
これは謙遜だ。
と言うより、手の内を隠している。
そして隠していると言う事を隠そうともしていない。
ある意味親切だ。
馴れ合いは無しだという意思表示とも取れるだろう。
蓮はそれに返事をする代わりに、別の話題へと話を逸らした。
「まぁ、それはそれで、だ。防衛戦は終わったけど、俺としてはまだ一番重要なところが終わっていない。早く遺跡に戻ってフィリア様を迎えに行かないと」
「ああ、それについては大丈夫ですよ。中はモンスターどころか罠一つない、極めて安全なダンジョンですから」
「………………………………ん?」
思わず、蓮は返事が遅れていた。
そう言えばと、詳細については言っていなかった事を思い出したランフィールはしれっとそのダンジョンの事を話し始めた。
「もともと、秘宝にさえ届かなければいいと作られたダンジョンですから。絶対にクリア不可能にする代わりに、中はこれ以上ないほど安全に作られてるんですよ。ちなみに後半日くらいで王女殿下は勝手に外に弾き出されます」
「なななな、何だそれはぁぁああああ!!! !?」
蓮も思わずランフィールに詰め寄っていた。
「うるさいですねぇ。どうしたんですか」
「じゃっ、じゃあ何であの時、中に危険があると思わせるような態度を取ったんだ!」
蓮は、ランフィールに激昂して掴み掛かった時のことを思い返していた。
今思えば、勘違いだと申し訳なく思うが、しかし適当な対応に対しての怒りがそれを勝っていた。
「説明が面倒だっただけです。別に誤解を解かないと行けないような間柄でもないでしょう、余達」
「ダメだ、姉以外に対して適当すぎるぞこの元魔王」
やるせ無さを握りしめて地面をなぐりつける蓮。
これを見ても、特にランフィールは何も思わなかった。
しかし、ふと王女の顔を思い出す。
何を重ねたのか、ランフィールは不意に言葉を紡いだ。
「………存在意義を求めているように見えたんですよ。己の無力を嘆き、恥じ、足掻こうとするものの目をしていました。それゆえに、ダメ元ではありますが、余は彼女に回収を頼んだのです。誰もそれを言わないから」
「………」
言葉も出ない、訳ではなかった。
きっと、仲間内の誰もが同じ反応になっただろう。
護られるだけなのは嫌だと、そう思っている事は皆知っていた。
でも、どうしても頼ることも、頼るフリをしてやるも出来なかった。
一度関われば、危険というものはどんどんついて回る。
守り通すのであれば、遠ざけるべきなのだ。
だからレンは何も言わない。回答しない。
しかしランフィールは続ける。
「考えてる事はわかりますよ。でも、逃げ場のないこの状況で、意味なく逃げ道を作って心を傷つけることにそこまで大層な意味はありますか?」
「ッ………!」
「あえて言いますが、意味はないです。これは単純に、あなた方の覚悟の問題です」
“何も言わない”が、“何も言えない”に変わった。
喉の奥で堪えていた、巻き込まない理由が、瞬く間に無意味な言い訳と化した。
意味はない。
これは自己満足だ。
「貴方のことです。人助けの優越感や守っていることへの満足感で姫君を遠ざけるといった、俗人めいた理由ではないでしょう。でも貴方は—————————」
「もういい。………すまない。わかっているから、言わないでくれ」
「いや、言いますよ。きっと誰も言わないでしょう?」
そう言われてしまえば、蓮には何も言えなかった。
だから、答えを聞き入れた。
そうする他なかった。
「怖かったのでしょう。守っている実感が無くなる事が」
「………………ああ」
「そして、その事で何よりも愚かな事は、貴方が怖がっている事自体ではないと、お気づきですか?」
「………わかっている」
実感、手応え、何でもいい。
何かしていないと不安だった。
目的に向かっている確かな手応えを得るために言い訳をしていた。
だが、それによって、蓮はフィリアから奪っていたのだ。
彼女にとっての、その手応えを。
フィリアは、実感が欲しかった。
仲間であるための実感、仕事や役割が。
だが、己の心を守るために蓮はそれを奪ってしまった。
意図的ではないというのは言い訳にはならない。
守るべき騎士が奪うなど、どう言い訳をしてもそれが立つはずもない。
これは恥だ。
ゆえに、受け入れなければならない。
「お節介が過ぎましたね。では帰りますか」
「っはは………きっついね、君」
「そうですか。では慣れていって下さい。たった今見つけた、余の役所という事でね」
ランフィールは馴れ合わない。
仲間ではない。
だが、味方だ。
絶対的な線引きの内側。
故に、口くらいは出す。
問題解決くらいはする。
そう決めたのだ。
「はぁ………まぁ、こればかりは本当にありがたいアドバイスだね。ありがとう」
「素直に受け取っておきましょう。我ながら、姉上との目的を遂げる上で必須な味方の強化もとい、助言を与えられたと自負がありますのでね」
「………君、やっぱり魔族だわ」
「魔族ですから」
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街へ帰ると、住民は何事も無かったかのように日常へ帰っていった。
この街にとってはそんなものである。
街や人に被害がない以上、あるとすれば心くらい。
戦闘狂の町民からすれば、これは日常の延長線でしかないのだから、結局今回も揉めごとがあった程度の心境だろう。
しかし、この戦いを経て、確かに心を揺れ動かしたもの達がいた。
己の弱さを理解し、力を欲する王。
その王を支えるべく、己の目的を再確認した友であり臣下。
相入れぬと思っていた者から、敬意を表するべき信念を目にし、考えを改めた騎士。
己の力の可能性に、打ち震えた剣豪。
得たものは心構えと経験のみ。
少なくはあるが、しかし手に入れた。
護り切った。
この辺境の地と、新たに得た覚悟をもって、彼らは進軍する。
この地に掲げた小さな旗を、国中へ広げることを目指して。