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第1523話


 「これ………」




 クタクタになったボロ紙だった。

 まさしくゴミなのだろう。

 しかし、人どころか生き物の気配もないこの場所に不自然に落ちてある、やけにきっちりと四角に揃えられた紙は、この場所にとって異物だ。


 拾い上げて広げると、そこには文字が書いてあった。

 対して大きくはない。

 見慣れた筆跡で書かれていた言葉はたった一つ。



 『しんじて』



 という、たった4文字の“ひらがな”。

 見る人が見なければ、文字とも知れない落書きだ。

 それを、仮に誰に拾われてもいいように、余計な情報を伏せるべく、最小限に書いた………というのは考えすぎだろうかと、ふと頭の隅で考える。


 だがそれ以上に、その言葉の意味が蓮に深く刺さった。



 ………信じるも信じないもない。

 彼女は王族で、自分はその護衛。

 異世界の勇者である蓮にとっては仕えるべき王家ではないが、それでも剣に誓いを立てた以上守るのは義務だ。

 そこに彼女の意思は関係ない。


 ないはずだ、と。




 だから、この葛藤は純粋な蓮の感情によるものだった。


 守りたい。

 義務ではなく、愛故に。


 でも、信じたい。

 信じて欲しいという彼女の願いを叶えてあげたい。




 「お、俺………は………」







 ………最善は何か。

 そんな事は、決まっている。




 「………俺は、それでも………」




 最善とは、一番守るべきものを確実に守る事。

 ならば、フィリアを守る。

 そう腹を決め、とうとう蓮はその洞窟に足を伸ばす—————————











 —————————ねぇ、奇跡って信じる?




 ふと過去を思い出す。




 —————————奇跡が起こしてくれるのはね、最高の結末なんだよ。

 私の大好きなハッピーエンド。

 最善でも最良でもない、全部が都合がいい素敵なもの。

 私は、全部欲しいの!




 わがままだと思った。

 だが、蓮は彼女のそんなところが好きだった。

 何も妥協しない。

 傲慢で、自由きままで、欲張り放題な彼女。


 可能な限りの最善、最良を目指し、不可能には挑まない自分の性格とはまるで違う。

 それをダメだと思った事はなかった。

 むしろそんな性格で良かったと、護衛なんかをやっている今では強く思う。


 夢を見ず、着実かつ限界を引きだそうとするから、今この強さをを得られたのだ。


 だから、同じ生き方はしない。



 それでも、羨ましかった。

 そんな夢を追った結果、全てを手にした彼女を、何度も目にしたから。



 それはまさしく奇跡だった。

 それが—————————最後の最後に、彼女に何もしてくれなかったから、今蓮は奇跡を信じられずにいた。


 そこに、一つ。

 心残りがあった。




 「………馬鹿な事考えてるな」




 ヘラっと笑って呟く。

 これはただの感傷だ。

 合理的じゃない。

 今を見渡した時、どう考えても最善ではない。


 しかし、考えてしまった。

 そして、理由ができてしまった。

 彼女を、フィリアを信じる理由を。




 「あなたを、信じます」




 今度こそ、ハッピーエンドを勝ち取る為に、蓮は背を向けて走り出した。








——————————————————————————









 「………暗い」




 そこには、闇が広がっていた。

 灯ひとつ置いていない、だだっ広い空間。

 ただそれを置く為だけに設置された、そんな空間だ。


 色々とおかしな場所だが、ひとつ確かなのは、ここがダンジョンである事。



 入った瞬間に光が消え、空間が隔てられた。

 移動の感覚も、ダンジョン入場のそれであった。

 こっそり蓮のダンジョン攻略について行った経験が生きたなと、反省もせずにフィリアは進んでいく。




 「ここがお墓………お墓がダンジョンだななんて、どんなつもりでここを作ったのでしょうか」




 冒険好きが高じて、という感じではないだろうと

フィリアは考える。

 きっと意味があるのだろう、と。


 だが、そこは重要ではない。

 今必要なのは、ここから秘宝を取り出すこと。


 足手纏いなりにできることをする為に、彼女は先へ進む。




 (今日こそは、やり遂げます。私1人の力で。だからレン、あれを読んだのなら、どうか………………あなたがみんなを——————)







——————————————————————————








 蓮の行き先は決まっていた。

 包囲された街の中で、明らかに手薄なのが一箇所。

 明らかな穴であるその方角からやってくる敵はほぼおらず、あっても小さな小競り合いが起きては、町民が食い止めていた。


 戦えずに不満げな魔族達のところを投影過ぎ、街の外へ。



 流石にここまで来れば蓮もわかっていた。

 誰かが戦場を押し留めてくれている。


 乱戦になっていて誰が誰かはわからないが、そこにいる者達の奮戦で、この戦線は保たれている。




 ラクレーの方にいる敵の集団とは、明らかに練度と数が違う。

 町民もただでは済まないだろう。

 そんな敵と戦っているだれかを、失うわけにはいかなかった。


 ハッピーエンドのためにもと、足を進める。




 いよいよ視界に入ってきた。

 夥しい数の敵と、倒れた兵。

 地に伏している魔族は皆、同じ甲冑を着ていることを確認し、ひとまず間に合ったと、蓮はまず安堵した。


 しかし気は抜けない。

 まずは、最も危機に瀕している味方の救援に向かおうと目を凝らした。





 「………………」





 敵、敵、敵。

 思った以上に味方は少数。

 確認ができない。


 さらに集中する。


 されど、目に入るのは敵ばかり。

 押されている味方が見当たらない。




 何かがおかしい。

 そう考えた時、先入観を抜きにして再び目を凝らした—————————





 「………………は?」






 —————————いた事に間違いはなかった。

 見つからなかったのは簡単な話だ。

 先入観で、一番敵を薙ぎ倒している味方は無事だろうと、視界から外してしまっていた。


 だからそこを見ればいいだけの話だった。


 何故なら、味方はそこにしか、いなかったのだから。

 



 「ぎゃ、【逆転】ッ!!」




 剣を構えつつ、スキルを使う。

 直後、眼前に敵の姿が現れる。



 「「!?」」



 突然戦っていた敵が入れ替わっただけに、魔族はギョッとした表情を見せていた。


 気を緩み、そこに通すように刃を差し込む。


 振り下ろされた敵の剣を半身になって躱しつつ放たれた蓮の剣が、敵の胴を裂く。

 その後、元いた場所に即座に落ちていた敵の身体と入れ替わり、後退した。



 そこには、片膝をついて血塗れになっていたランフィールの姿があった。





 「おいッ!! 無事か!?」


 「………あ、ぁ………貴方………でしたか………………騒がずとも、この程度………」


 「!?」




 みるみるうちに、ランフィールの肉体が再生をしていく。

 回復魔法のそれではない。


 肉がぼこぼこと沸騰するように蠢き、不気味に傷を塞いでいた。




 「ふぅ………スライムの高速再生です。これも余の能力のうちですよ」


 「モンスターの………そうか、リンフィアちゃんと同じ」


 「ええ。同じく、進化の神の神威、ぃアぁ………っ………」




 ふらつくランフィールを支えようとする蓮。

 しかし、ランフィールはそれを制止した。




 「………言ったはずです。騒がずとも良いのです。ただ、私の“進化”は、姉上のものと違い、不完全というだけのこと………」




 眉ひとつ動かさず、滝のような汗の中、冷静にランフィールはそう言った。

 戦士の顔だ。


 音質育ちの王族にできる顔ではない。




 「それにしても、どういう風の吹き回しですか」


 「君だから助けたというわけじゃないさ。そっちこそ、意外だと思うけど」



 町民を使い倒してでも、確実に敵を倒すのものとばかり思っていたと言わんばかりに、蓮はそう言った。

 だが、ランフィールはその上で首を振る。



 「何も、意外なことはないですよ」




 いつの間にか、平常通りになっていたランフィールは、淡々と、当然のように口にした。




 「全ては、魔族のため。そのためなら、余は貴方が大切にしている姫であろうが貴方自身だろうが利用する。それだけですよ」




 すとんと、蓮は胸のつかえが取れたような気がした。

 

 仲間とは、同じものを守る存在とは限らないのだと。

 目的を同じくして、同じ方向を向いていれば良いのだ。


 ケンと共にい続けて、それを忘れてしまっていた。

 全てを巻き込み、味方となった者皆に信頼され、友人のように大切に扱うケンが、特別だったのだ。

 みんな仲良くなんて、土台無理な話だというのに。

 無意識に、ケンのそれを当たり前だと考えていたのだと、蓮は己を不甲斐なく思った。



 しかし、そう考えたら、割り切ることは簡単だった。

 別に、仲良くする必要はない。


 ただ、その手を借りたい時に借りればいい。

 貸せばいい。


 同じ目的がある以上、どちらが利用しようと、されようと、それはどちらの目的にもつながるのだから。



 ………ただ、それでも。

 蓮はほんの少しだけ、彼を見直していた。





 「それで、どうすればいい?」


 「その逆転を使った援護中心で、背中を守ってください。それならば、こちらは切り札を使わずに済みますから」


 「手抜き宣言とは余裕だね」


 「こんなところで使っていては、この先勝てませんよ。どうか、余に切り札を切らせぬよう、お願いします」




 続々と集まる魔族達。

 その中心で背中を合わせ、2人は武器を構えた。




 「では、参りましょう」


 「承知だ」

 

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