第1522話
それからも競った。
いや、抵抗したという方が正しいか。
敵の制圧は当然の事、しかし貢献の割合から見た時、メデューサが7、リンフィアと琴葉が3ほどであった。
7:3
2対1でこの結果では、大敗と言っていい。
ある程度狩ると、メデューサは2人を外で傍観していた。
この状況でも今だに敵が攻撃に手を止めない。
忠誠というには、あまりにも度がすぎた戦意であった。
(これでも手を止めないとは、あちらさんはよっぽど徹底的に洗脳をしているようだね)
リンフィアの希望もあり生かしてはいるが、それが彼らのためになるかと問われれば、メデューサは首を傾げるだろう。
いっそこのまま、と手が出そうになるが、メデューサはピタリと手を止めた。
目だ。
戦いながら目を向けられている。
しかし、それは必死になって戦っているリンフィアの目ではない。
リンフィアはメデューサを信頼して目を向けていないのだろうが、彼女は違った。
(いい目だ、コトハ。一見アホだが、抜かりがない。アタシの部下のように振る舞いつつも、アタシを警戒している。そして何より………)
琴葉の足元に転がっている魔族を見て、メデューサはニヤリと笑った。
加減がある。
しかし躊躇がない。
それによって、この場においてはリンフィア以上に敵を倒していた。
(要望には全力でってことかね。本気でリンフィア様を王にしようとしているのかい)
メデューサから見れば、琴葉もまだまだ未熟。
だが、荒々しかった。
再現という固有スキルを惜しみなく使い、敵を薙ぎ倒している。
ベースとして、メデューサの身体能力を再現しつつ、相性によって能力を変えている。
そう、たった今も。
数名の短剣使いの魔族の兵士が琴葉に飛びかかりつつ、遠距離からの魔法攻撃を仕掛けている。
タイミング、距離感は当然、威力も厄介。
だが、琴葉は表情一つ変えない。
周囲への牽制も忘れず、常に敵の魔法の直線上に他の敵が入るように意識している。
これは待ちの時間。
ただし、ただ待つだけではない。
周囲に向けている意識は牽制のみでなく、その機会をも探っていた。
そして一つ、遠方からの攻撃を捉え、琴葉の目つきが変わった。
その攻撃が放たれると、琴葉はギリギリまで引きつけ、防御を解く。
次に再現する能力は、固有スキル・加速。
友人の高橋颯太の能力で、読んでの字の如く、加速する。
するとどうなるか。
攻撃の射線上、魔法使いからすれば敵を狙っていたはずの一撃が、加速により回避をした事をすり抜け、先へ。
それは、同士討ちの一撃へと変貌する。
ギョッとした短剣使い—————————浮かび上がったのは、隙だ。
固い防御、盾の奥から覗かせていた牙を剥き出す。
琴葉の能力は攻撃特化に。
瞬く間に短剣使い詰め寄り、両肩、膝を破壊。
崩れ落ちる寸前に数発を加え、意識を奪った刹那、既に琴葉の目は他の短剣使いへと向いていた。
敵は、一か八かと飛びかかっていた。
しかし、地面に着く頃には、彼らはすれ違いざまにくらった琴葉の一撃に沈められ、人形のように崩れ落ちた。
コンビネーションの瓦解は、敵の戦闘能力を著しく奪っていたのだと、否応なくわからされる。
そして、標的………否。
獲物を、琴葉は睨み直す。
戦闘は既に終わった。
これは捕食。
魔法使いは、自覚する。自分は今、喰われる側であると。
もはや戦いの体をなしていなかった。
魔法使いは、自身に施された洗脳と本能からの恐怖をせめぎ合わせ、錯乱したように魔法を放った。
雨のように降り注ぐ魔法の中を呼吸ひとつ乱さず潜り抜け、その中から迫る敵を薙ぎ倒しつつ進み、今、琴葉は魔法使いの前に立った。
「これで最後だね………」
さぞ奇妙な光景だったことだろう。
その魔法使いが最後に見たのは、大勝したはずの少女が酷く悔しそうに俯きながら、拳を振るう姿だったのだから。
そして、同じく戦いを終えたリンフィアと目を合わせると、もう敵は誰も立っていなかった。
「終わった、ね」
「はい………」
結果は勝利。
しかし、デビュー戦としては失敗。
惨敗だった。
「落第ですよ、リンフィア様」
「!」
勝者からの一言。
その意味は重い。
「よき王とは強き王。よく魔界ではそう言われてますが、何も王様に限った話じゃない。上に立つには力がいる。シンプルで残酷。アタシら好みです。それ故、」
メデューサはリンフィアを見下ろしながら言い放つ。
「あなたにはまだ、この街を率いる資格がない」
「………………っ」
「コトハも、一番の家臣をやりたいってンなら、これじゃあ話にならないね」
「ぅ………」
「この椅子は、もうしばらくアタシが座らせてもらいますよ」
リンフィアも琴葉も、もう何も言えなかった。
出鼻を挫かれたショックもそうだが、最終目標ですらないメデューサにすら、こうも容易く負けてしまった事実が、何より受け入れ難かったのだ。
自然を睨みつけることしかできなかった。
だから、気づかなかった。
上から見下ろすメデューサが、小さく汗を滴らせていたこと。
“まだ”、と。
“もうしばらく”、と。
期待を膨らませていたことに。
(まさか、街の恩恵もろくに受けていない子供が、ここまでやるとはねぇ。ひょっとしてこの2人なら、あるいはこの国を………)
と、思ったところで、まだまだ戦いは終わっていないと、メデューサは我に返った。
そう、まだこの街では戦いが起きている。
街の東で、街の住人が外の兵と戦っていた。
どうやら犠牲者はほぼほぼ出ていないようだと、持ち前の探知能力で察知するメデューサだが、ふとひとつ疑問が浮かんだ。
しかし、違和感の正体ははっきりとわからないまま、一先ず他の戦場へと身を移すことにするのだった。
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場面は変わって東の戦場.........から程なくして見える地下への入り口。
息も絶え絶えに、駆けてきた蓮は、この街の複雑さに苛立ちを覚えながらもようやく辿り着けたことに一先ず安堵していた。
というのも、まだまだ街では戦いが続いていた。
戦場を気にかけるが、魔族ほどの緻密な魔力探知が出来ないので、戦いの気配があるかどうかくらいしかわからないのがもどかしいところだろう。
しかし、今一番気掛かりなのは、何をおいてもフィリアだった。
戦闘能力を持たない彼女が生存できるか、この場所の危険度を蓮はまだ測れていない。
主人の安全をここまで確保できなかったことはなかった故にか、どうしても焦ってしまう。
(………落ち着け。彼も馬鹿じゃない。戦闘能力がない者でも問題ない場所なのは確かだろう。だが、)
護衛とは、いついかなる時も備えておかなければならない。
だからこそ、最悪を想定する。
想定してしまう。
そしてそれは、かつて故郷で見た悲劇を思い出させる。
(もう、あんな………あんなことは二度と………)
—————————それが正しい?
「!」
声が聞こえた気がした。
聞き覚えのある声。
思わず振り向くが、誰もいない。
幻聴だ。
だが、あまりの懐かしさに、足を止めてしまった。
そこでようやく、蓮はそれに気がついた。
「………………これは………」
足元に、小さな紙が落ちていた。