第1519話
「うわ、これ………」
「お祭り騒ぎですね。流石というかなんというか」
琴葉と共に外へ出てみると、戦闘狂揃いの住民達が、こぞって街の外へ向かっていた。
強いものも弱いものも、老若男女関係なく、皆本能に従って足を進める様はやはり魔族というものだ。
ただ、
「これ、まずいですね」
と、リンフィアは遠くを睨んだ。
それだけ強かろうと、大半の住民はこの先の敵兵に打ち勝てない。
よしんば勝てたとして、混戦で生き残り得るのは僅かな者のみだ。
『聞こえるか』
ここぞというタイミングで、シルエットから声が飛んできた。
「シルエットさん!」
『送る。どこがいい』
「それなら、敵の真ん中に………いや、でもその前に街のみんなをどうにか………」
ぶつぶつと唱えながら考え込むリンフィア。
実名共にリーダーになった以上、前に立つものとしての使命を果たすのだと張り切っていた。
だが、それでも迷いが見えるのは、やはり街の住民のことが気がかりだからだ。
いずれこの街の者たちを立ち上がらせて、この国と戦うことになるのだから、犠牲を出すわけには行かない。
王としての民への心遣いはひとまず置いておくとしても、しかし合理的な面でも犠牲は抑えるべきであった。
「ここは一旦街の人たちを………」
『おい』
「は、はい!?」
急に声をかけられ跳ね上がるリンフィア。
『何迷ってる』
「いや、その、これでも一応街の人たちの安全を考えないとですから、ここはまず慎重に考えないと………」
人を引っ張るという普段しないことに頭を回しながら発する言葉には、どこかまとまりがなかった。
しかし、焦りながらも意図はまっすぐで、言葉を聞けば誰にでもリンフィアのしたいことはわかる。
—————————故に、わからなかった。
『? 何、言っている』
「はい? いやですから、街の安全を………」
『………待て、知らないのか?』
とシルエットはそう言って、琴葉も状況を飲み込めた。
リンフィアが何に悩んでいるのか、それをどうすれば解決するのか。
答えは琴葉が持っていた。
「リンフィアちゃん、それだったら敵のど真ん中に急いで行ったほうがいいよ。じゃないと、デビュー戦が地味ーになっちゃう」
「さっきから、2人とも何を………」
「魔族のこと、魔界のことはリンフィアちゃんのが詳しいかもしんないけどさ、この街のことは多分私の方はちょっとよく知ってるんだ」
人差し指をリンフィアに向け、琴葉はこう言った。
「リンフィアちゃんはまだ、“ボルゾド”を知らない」
そう言われても、リンフィアにはその意味がわからなかった。
だが、細かい理由は聞けない。
何故なら、琴葉に細かい説明など、不可能だからである、
(なんで自信満々なのか聞いても無駄そうなので、どうにか確認したいですね………)
チラリと目を向けたのは、シルエットが声を届けるために送ってきている小さなゲート。
ただこちらはこちらで、会話のやる気がないので期待できなかった。
なので、
「じゃあもう、信じますよ、コトハちゃん。シルエットさん、敵本隊のど真ん中にお願いします!」
『わかった』
リンフィアは、大人しく琴葉を信じた。
影に飛び込み、去った彼女は、“その”光景を目の当たりにすることはない。
しかし—————————
——————————————————————————
一方、ここは街の西部。
こちらでは既に魔族の侵入は始まり、入り口付近で戦いが始まっていた。
町民が敵兵と剣を交え、血を流している。
ただし、一方的ではあるが。
「これは………流石にまずいだろう」
急いで地下から出てきた蓮は、その光景に焦燥を覚えていた。
彼らは将来の貴重な兵。
ここで失うわけではいかないのだ。
「師匠、いきましょう」
「それ以外ないでしょ」
剣を構え、敵に向かって駆け出した蓮。
そして、己の変化にはっきりと気がついた。
身体が軽くなっていた。
初撃も難なく直撃し、振るわれる敵の一撃も問題なく回避している。
この街の恩恵は、この短時間でも大きく効果が現れていた。
それだけに、ひっくり返せそうもないこの状況に、一層不安を覚えていた。
(くそっ、明らかに戦力が足りない。それに………)
街の反対側で、大きな戦闘の気配を感じていた。
誰かが戦っている。
こちらもあちらも混戦であるせいで誰が戦っているかはわからないが、よく食い止めていた。
(向こうでの死者もできるなら出したくない………ここは、)
剣全体を覆っていた刃を刃先に集中させる。
それを見たラクレーも、即座に同様の魔力運用を始めた。
「いいの?」
「ええ、半殺しで—————————」
すーっと、空気に何かが溶け込んでいく。
周囲の魔族達も途端に息が荒くなり、その原因に自然と視線が集まる。
蓮を、ラクレーを見た彼らは、2人に目に視線を集めていた。
そして、
「—————————わかった」
大きく見開いた目から、意思が飛んでいた。
目から目へ、殺意の受信。
呑まれた者たちは身体を硬直させ、その一瞬、ラクレー達は懐へ刃を送っていた。
そこから繰り出されるのは、ラクレーが得意とする剣技。
一瞬にして、万の斬撃を放つ技。
「「【万裂羅】」」
血飛沫が戦場に舞う。
腕を裂かれて剣を落とし、足を裂かれて膝を崩し、胸を裂かれて戦意を砕かれた。
ほんの数日にして、この結果。
これがボルゾドの秘宝の力かと、2人は内心驚いていた。
しかし、
(10人………思った以上に防がれてる)
それでも、撃破できたのは10名。
2人合わせて20だが、蓮に依然余裕はなかった。
この技はそうそう連発が出来ない。
そんな切り札を切ったのに、削れたのは2割程度。
一見多いが、おそらく敵の中でも弱い部類の者がやられたのだと考えれば、まだまだ先が長い。
それに、一度見られてしまった。
「これじゃ—————————」
ドンっ、と。
耳を殴られたような爆音が、後方から聞こえてきた。
「「「うぉおおおおおおお!!? すげえええええ!!!!」」」
「!?」
なんだなんだと、振り向く蓮。
そこには目を輝かせる魔族達の姿があった。
「兄ちゃん、見ねえ顔だがやるじゃねぇか!! なんだ今の技!!」
「こうしちゃおれんわい! わしらも戦わねば、獲物が皆消えてしまう!!」
「おうとも! そうとくれば………」
ガヤガヤと、まるで祭りのように騒ぐ魔族達。
緊張感のかけらもない。
思わず気を削がれそうな光景だ。
しかし、むしろその逆だった。
妙な熱が、蓮の中で沸っていた。
それは蓮だけではないと、ラクレーを見て、そして魔族たちを見てもわかった。
「いくぞお前らァ………祭りの時間だァアッッ!!!」
爆発する魔力を見て、2人は確信する。
この街で、何かが起こっていた。




