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第1518話


 迫力と努力は釣り合いが取れるものであると、リンフィアは考えている。

 達人の持つ、その経験からくる妙な圧はそれまでの過去の量、そして質から滲み出るものだ。


 そこに才能の差異はあれど、積み重ねた者特有のものがあるはずだった。




 だが、琴葉は何も変わらない。

 数日前と同じ。


 なのに、彼女から漏れ出す力はあまりにも—————————



 「ちょっと待って、これ見た目やばい気がする。ほらほら、みんな立ってよーもう帰る時間だよー」


 「む、無理っす………姉御………」


 「もーだらしないなー。よっこらせっと」


 「!」



 

 ふわりと風が舞い、山になっていた魔族が風に運ばれて入り口へと向かっていく。

 緻密な魔力操作………なんてものではない。


 基本複雑な動きができない魔法に、幾つもの変化を加えないとできない動きを、琴葉はあっさりとやってのけてしまった。




 「これ、どうやって………」


 「リンフィアちゃん。私、バカだからさ、ここからみんなが幸せになるためにどうすればいいのか全然わかんないんだ」




 そう呟きながら自分の手を見つめる琴葉の目には、しっかりと答えが出ているようにリンフィアは思っていた。


 —————————いや、違うのかもしれない。

 唐突に、しかしはっきりとそう思い直した。

 そう思えるくらいには、仲良くなったつもりだった。


 あれは答えが見えているのではないのだと。




 「それでも………馬鹿なんだから私は他の人の言うことを聞いてたらいいって………ケンちゃんの言う通りにしてればいいって、なんかそう言うふうに考えるのはもうダメだって思ったの。へへへ、ごめんね。ごちゃごちゃしてきた。難しいな」




 照れたふうにひとしきり笑ったら、琴葉はグッと口をつぐんだ。




 「私の力って、多分一番に離れないけど、3番にはならないと思うんだ。だって、1番の人の真似っこしたら、偽物だからその人に勝てなくても、3番の人には負けない………って思ってたのに、この街じゃ私は6番目だよ。これがすっごい怖いんだ」




 足りない語彙力で何を伝えたいのか、リンフィアには痛いほど伝わった。

 琴葉の能力は、再現。

 完全再現といかなくとも、それでもコピーとは呼べるほどの代物にはなれる。


 話している理論は正直正しいわけではないが、だが概ね懸念は分かった。


 しかし、そう思っているとは思えないほど、琴葉の表情は負け犬のそれとは程遠いものだった。



 「“1番の真似をしても2番目にはなれない。だったら、真似を続けた先に頂点がないわけじゃない” 。1番の人がそう言ってくれたの。だからね、リンフィアちゃん」


 「—————————!」




 その少女の背に、剣が見えた。

 杖が見えた、弓が見えた、槍が見えた、盾が見えた、魔法が見えた、拳が見えた。


 その朧げな輪郭は全て、彼女が得たもの。

 真似たもの。


 真似の先の頂点。

 選択肢の極み。


 今彼女は、己が進む道をはっきりと示し、そしてそれをリンフィアに突きつけた。




 「今、ケンちゃんはいない。だから、誰かがみんなのリーダーにならないといけないと思う」


 「リーダー………」



 呟く声が強張っている。


 そう、誰かがやらないといけない。

 だが、今は誰も彼もが自分の目的のために動き、バラバラになっている。


 こんな光景を見るのは、初めてではなかった。




 かつて、魔王と呼ばれていた頃、曲がりなりにも王であったリンフィアは、その立場にあるものとして、皆をまとめようとした。


 かつての父のようにとまではいかずとも、精一杯やろうと。

 だが、結果は散々たるものだった。

 国は奪われ、家族は切り離され、数少ない家臣は散り散りになるか、その命を落とし、そして最後に自分自身も、奴隷へとその身を堕とした。


 落ちていく。

 光が遠のいていく。


 そんなイメージが頭から離れない。

 自信も、次第に闇の中へと見失ってしまっていた。



 「………リンフィアちゃん。私ね、ずっと聞きたいことがあったんだよね」


 「なんです?」


 「リンフィアちゃんって、我慢してるの? それとも、何をしたいのかわからないの?」





 不意打ちだった。

 痛いところをつかれたと、顔が引き攣っていた。


 馬鹿だと言いつつも、時折鋭いことを言うのは相変わらずであった。



 確かに、リンフィアには強い自我はあまりない。

 悪く言えば、主体的ではない。


 やるべきだからやる、頼られたからやる。

 立派だが、そこにはわがままがなかった。




 王になった時も、冒険者になった時も、仲間と戦った時も、そこには誰かの目的について行っている自分や、誰かのために戦う自分がいた。






 では、自我はないのか?


 そう己に問う。








 —————————ある。


 少なくとも、ケンの仲間になってから、リンフィアは己のわがままで動いことはあった。


 命の神との戦いでケンを助けに行った時、ミレアの目を覚まさせるために一騎打ちに臨んだとき、あれらは少なくとも、誰かのためであっても、それ以上に自分の望みがあった。



 これまで違っていた周囲に逆らって、自分の勝手に動いた。

 だから、さっきの質問の答えるのであれば、





 「ぁ………………わからないんだと、思います………”どうしたらいい“で考えてるから、どうしたいで動けないんです。わがままで失敗するのが、怖いから」


 「ふーん、そっかぁ。それじゃあさ——————」





 琴葉の言葉が、せき止められた。

 喉の元の声を押さえつけるように、鋭い意志がナイフのように喉への向けられた。


 琴葉もまた、リンフィアの背に影を見たのだ。

 琴葉のような多彩さはない、ただ一色。

 ただし、どこまでも広く強い一色だ。


 多くを持つのではなく、一つを突き詰めた力。

 それは間違いなく今自分に向けられているのだと、琴葉は静かに息を呑んだ。





 「—————————でも、これだけは譲りたくないです。この国の悪意が、私の仲間に向けられている今、一番前に立って血を流すのは、私です。私が、私の手で止めるんです。効率とか、策略だとか、そう言ったものを考えた時、ふさわしいのはもしかしたら私じゃないかもしれない。王様なのに、民とは違う仲間を守ろうとしている私が、この国の行く末を左右するのは傲慢かもしれない。でも、それでも私なんです。この道を切り開く刃にかける手は、私の手じゃなきゃダメなんです」




 そう言って、リンフィアは拳を握った。

 強く、血が滲むほどに。


 リンフィアはその血をそっと拭った。


 そう、その半身は魔族のもの。

 このわがままもその血故かもしれない。

 でも、この望みは紛れもなくリンフィアが全身で叫んでいるもの。


 人の血も、魔族の血も、どちらも揃ってわがままを肯定していた。


 ならばこれは、本当の望みなのだと。リンフィアは改めて確信し、その拳を握り直した。



 なるほど、これは動かせないわがままだと、琴葉は笑っていた。

 だがそれで………それ“が”良かった。

 



 「リーダーになるの?」


 「やります」




 戦いそうな雰囲気すらあったと言うのに、それはリンフィアの中で決まっていることのようであった。




 「じゃ、仲間集めないとだよね。へへへ、私一番乗りで」


 「琴葉ちゃん!………………ん!? あれ!? あ、いや、リーダーは?」


 「おー、リンフィアちゃんもなかなかのトリ頭かなぁ」




 本当に忘れていたのかと、琴葉は豪快に笑った。




 「いやー、それこそ私がリーダーって結構最悪じゃん?」


 「はい………あっ」


 「あって言っちゃダメだと思うんだよ」




 まーいいけど、と流しつつ、琴葉は話題を変えた。

 変えざるを得なかった。


 外から、凄まじい量の魔族の気配がしていた。

 おそらくは—————————



 「ここ、いたか」



 と、ふと現れた小さな穴から声が聞こえる。

 シルエットの声だった。


 ゲートを作り、声だけを届けているらしい。




 「この町、攻められてる」


 「はい、遠いですがたくさんの気配があります」


 「入り口、だけ、出しとく」


 「はい、ゆっくり寝てて下さい」




 まだ、手伝わせるほどの信用は得ていないと判断したリンフィアは、自分だけで戦うことに決めた。

 仲間がバラバラな以上、どうしたものかと悩みそうになったが、気がついた。



 リンフィアはもう、リーダーなのだと。




 「作戦は?」




 どこまでの頼もしい笑みでそう聞かれ、リンフィアは同じく笑顔でこう答えた。




 「いっぱい倒す、です」


 「馬鹿でもわかる名案だね。じゃ、よろしくねリーダー」


 「はい。まずはここで、このチームの華々しいデビュー戦を飾りましょう」




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