第1516話
突然長く休んでしまって申し訳ありませんでした。
夏休みに入ってちょっと激務続きでろくに書けず何回も書き直していました。
また再開します!
よろしくお願いします!
「ん〜」
鼻歌が響いていた。
ご機嫌だと言わんばかりに声が弾み、口笛まで吹いている。
男は何かを手に、目の前のそれに手を添えた。
「お? おお、お!? おっほ、いいじゃんいいじゃん、知らない反応だ!」
無邪気に、子供のようのはしゃぐ。
喜びを表現するように飛び跳ねると、バシャバシャと水の弾ける音がした。
暗がりのや部屋の中、わずかな光に照らされた死の水飛沫は、赤色だった。
「ふふ〜ん……………あ、魔法具に留守電だ。まーた我ちゃんボッスに怒られる案件か、これ………………っておやや、シルエットが寝返った………? うーわきっちー。アッシー君無しはきついよボッス」
と、男は目の前のそれにそう言った。
それは大きなガラスの容器だった。
男が灯した光に照らされ、中が透けて見えていた。
ボス、と。
男は言う。
その、ガラスの向こう側に向かって。
そこには、液付けにされたエビルモナークの姿があった。
「意識のみを切り離しての通信、だいぶ慣れてきたっぽくて、我ちゃん安心の極み。わかってるって、余計な時間の消費はしないさぁ」
男は大きな丸眼鏡に指を当て、目を輝かせて宣言した。
「このホムンクルスの名に賭けて、最高最悪にクレイジーな我らが神を作り上げましょう。………全ては、人類のために」
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あれから、2週間が経過した。
シルエットを失ったことにより、移動手段が突如として消えたためか、はたまた考えあってのことか、ともかく敵が攻めてくることはなかった。
この2週間、リンフィア達はひたすら戦っていた。
そしてそれは、一行だけではない。
街全体が、戦っていた。
そして今は、その小休止であった。
「本当にすごい街ですわね、ここ」
ただ1人、戦わない存在であるフィリアは、退屈そうに街を歩いていた。
散歩をしたところで見当たるのは、武器屋、防具屋、訓練場、そしてまた武器屋、訓練場。
よくよく見たら頭がおかしい街だと、この2週間で思い知った。
飲食店はほとんどない上に、あるのは全部酒場。
そしてどこだろうともケンカのオプション付き。
そして、
「あらま、人間のお嬢さんこんにちは。ケンカかしら?」
このセリフである。
「あははしませんわー」
「残念………うん? あら、あなたお隣の!」
と、知人を見かけたその瞬間、
「フランソワさんのこめかみに右ストレートォッ!!!」
「甘ァいッッ!!!」
マダム同士の苛烈な戦いが始まった。
無言でそれを眺めるフィリア。
慣れたものだ。
ただ頭がおかしくなりそうだった。
(ヤダこの町)
「粗野な者が多い町です」
「!」
この町らしからぬセリフと共に声をかけてきたのは、リンフィアの弟ランフィールだった。
「貴方は………」
「ランフィールで構いませぬよ。余は王ですが、今は玉座を温めているに過ぎませぬ」
「それは、この件とは関係なく?」
「ええ。決まっている事です」
喉が渇く、口が渇く。
誰の話なのかすぐわかったフィリアは喉が渇く感覚を覚えていた。
あえて触れなかった。
何か妙なものに触れてしまいそうだったから。
「ところで、貴方も散歩ですか?」
「そんなところです。ダラダラ散歩をする事で、楽しみながら作戦を練れるってものですよ」
「!」
ケンと重なる。
フィリアは、似た様な事を言いながら、城の周りを散歩しているケンと会った事があった。
暇つぶし兼散歩だとケンは言っていた。
強く、賢い。
どこか似たものを、ランフィールは持っていた。
「して、見つかってあげましたが、余になんのご用ですか?」
「! わかります?」
「人を中心に目線を散らしていましたから。地下に皆さんがいる以上、貴女が探すとしたら、余くらいのものでしょう?」
ああ、重なる。
だから、少し口が緩んだ。
「私がいると、何かあった時にきっとみなさんが動けないでしょう? それに、彼らが私に何かを任せる様な事は恐らくありません。でも、貴方なら別です」
「ほう?」
「貴方なら、私になんの遠慮もなく何か仕事を与えてくれるはずだと思いました。私にできる事を、貴方なら何か見出してくれるはず」
しばらく、沈黙が流れた。
少し期待を覚えた。
何もできなければ、即座に断られるだろうと思っていた。
だが、ランフィールは何かを考えていた。
そして、
「貴女のいうとおり、余は役割を与えることが出来るでしょう。しかし、それは貴方を残酷な世界に引き摺り込まない様に必死になってきていた彼らの思いを無碍にする行為です。そのあたりは理解していますか?」
ランフィールは的確に、一番フィリアが抉られたくないところを持ってきた。
危険かどうかではないのだ。
躊躇うとすればそこだけ。
だが、
「………承知の上、って私が言っても仕方ありませんね。私からは言い訳出来ません。その上で頼んでいるんです」
もう、止まる気はなかった。
「なるほど。覚悟は軽くないみたいですね。熟考の末の決断であれば、余に留めるつもりはございませぬ。しからば、これを」
そう言って渡されたのは、数枚も羊皮紙と鍵だった。
「我々の都合上、拠点の移動は急務です。しかし、この街から移動すれば、この街の恩恵である《戦闘経験蓄積による成長促進の恩恵》が受けられなくなってしまいます。そこでその問題解消のために、貴方には—————————」
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「ここが………」
指定された場所に向かったフィリアは立ち尽くしていた。
リンフィア達がいる街の地下の、さらに奥底。
最下層とされるその場所に、フィリアはいた。
「あのニールの師であり、かつて魔界で最強と言われていたというヴェルデウスの墓………その裏口」
表に当たるもっと上層にあった。
街の英雄ヴェルデウスを参拝するために用意された神聖な墓地だ。
だが、ここは違う。
街の誰もが知らず、そもそもお参りをする目的を持って作られたわけではない勝手口。
その奥に、秘宝は隠されていた。
「これが、私にできる仕事………」
そう言って、扉を開いた瞬間—————————
「…………は?」
視界から、光が消えた。