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第1515話


 「レン!!」


 「フィリア様!!」




 全力でハグをしようとするフィリアをひらりと躱す蓮。

 素っ気ないのはいつものことだが、今回は汗だくになっているから躱したのだとすぐにわかった。


 しかし、王女はめげない。




 「そのままで、いい!! むしろ!!そのままの方が、いい!!」


 「王室の威厳に傷がつく!! 自重しましょう!」




 熱いカバディを繰り広げる2人をよそに、リンフィア達がとりあえず再会出来たことに安堵していた。




 「2人とも、あまり怪我もないみたいでよかったです」


 「君の弟とやらのおかげ。正直、2人だけだとかなり厳しかった。いや、正確には………」



 ラクレーはなんとも言えない表情で蓮を見つめていた。

 リンフィアには、その視線の意味がわかった。



 「………そういえば、ラクレーさんちょっと強くなった………ような?」


 「そう、それこそが、この街における最大の恩恵。余が手始めに手に入れようとした理由です」




 声のした上を向くと、そこには血まみれになった剣を手にしたランフィールが立っていた。

 実に穏やかではないその様相と力に、皆息を呑んで立っていた。


 姉を除いて、は。



 「ランフィール!?」


 「ご安心なさってください、姉上。殺生はしておりませぬ」


 「そ、そっか………でも無事でよかった………」


 「ぁ、あ、あっ、あっ姉上………………なんと勿体なき御言葉………」


 「大丈夫、ランフィール? はげて来てるよ、化けの皮」




 仮にも一国の王であるランフィールは、なんの躊躇もなくリンフィアの足元に滑り込み、手を掴んで拝んでいた。


 すごい光景だった。




 「あたしシスコンってはじめて見た。本物だ」


 「人の弟を珍しい生き物みたいにいうのはおやめなさいな」


 「そんな遠くから言われても」




 ドン引くあまり、フィリアは凄まじく離れていた。


 と、思い思いに話をしていたが、欲望をなんとか振り切ったランフィールは脱線した話を元に戻した。




 「オホン、失礼。改めまして、余は………」


 「ランフィール、琴葉ちゃんどこ行ったの?」


 「自己紹介をぶった斬る姉上もまた素晴らしい。彼女であれば、先に闘技場へ向かっております。その辺りも含めて、今はどうかお時間を下さいませんか」




 ごめんね、と謝って一歩引くリンフィア。

 そして、改めてランフィールはお辞儀をしながら名乗りを上げた。




 「では皆様。余が当代魔王にして、エヴィリアル帝国の長、ランフィールにございます。姉上との輝かしい思い出話からみなさまに語りたいところではありますが、楽しみは後にとって………」


 「「「いらん」」」


 「左様ですか」




 不機嫌が溢れている。

 和やかだ、“一見は”。


 妙、変わっている、ひょうきん、色々な第一印象を受けた皆だが、ただ一つ思った共通点がある。


 それは、強いということ。

 ふざけている際中でも妙に気が抜けない威圧感が彼にはあった。


 魔王という肩書きに偽りはないらしいと、皆思い知らさせられていた。




 「では、早速余の目的を話しましょう。魔王と申しましたが、事実上余は王ではありまぬ」


 「じゃあ、体面上は王ってことかな?」


 「その通りです。現在、玉座についているのは異世界人どもの首魁、エビルモナークという男です」




 エビルモナーク………魔界の特異点。

 固有スキルではなく、神の権能を持つ存在。


 ケンや天崎 命の例から、その強さはきっと生半可なものではないことは揺るぎない事実だった。




 「余の目的は………いや、その前に一つ、あなた方の目的を確認させて下さい」


 「「「!」」」




 つい、皆目を逸らしてしまった。


 正直に言えるはずもない。

 魔王相手に、魔界を打ち倒すため、など。

 しかし、そこで一つ口を開いた者がいた。



 「魔界の打倒です」




 フィリアだった。



 

 「申し遅れました。私は、フィリア・ミラトニア。ミラトニア王国の王女にして、現状残る最後の王族です」


 「なるほど………それは、本気ととっても宜しいか?」



 呑まれる—————————と。

 後退りそうになる。


 だが、踏みとどまった。

 誇りと責務が、背を押した。




 「それが、国と民を守るために必要であるならば」




 堂々とした姿だった。

 それを見た蓮は、嬉しそうに微笑んでいた。




 「そうですか。であれば目的は同じです。理由の方も」



 強張っていた体から、緊張が抜け、フィリアは大きくため息をついた。

 重くなった瞼をなんとかあげてふと見つめ直すと、ランフィールの目が優しくなっていたことにフィリアは気づいた。


 お眼鏡には叶ったらしいと、安心した。




 「余は、現王を打倒します。国と民のために。しかし、今のままではお互いに実現は出来ないでしょう」


 「どうして?」


 「おそらく、そちらの目標は洗脳の解除によって、戦力を整えることでしょう、剣士殿?」




 ラクレーは黙って頷いた。

 言いたいことは理解出来ていた。


 それは無理だと。

 正確に言えば、解放したところで、魔界に対する勝機はないと。

 一般兵ですらラクレーと張る強さなのだ。

 まともに戦える戦力は、もはやこの国に殆ど残ってはいない。




 「余であれば、打倒可能な戦力を提示する事は可能です。ただ、余1人となると、戦力を用意することが困難なのです。しかし、あなた方がいれば話は別だ」


 「………」



 「っ………」



 ラクレーが無言で目を向けた先は、フィリアだった。

 この場で判断すべき相手を、フィリアに任せたのだ。




 ——————何故、と。

 フィリアは反射的にそう考えてしまった。


 役立たずに対して、何を期待しているのかと。



 だが、それは甘えだった。

 今、フィリアは幸運を得たのだ。

 戦えない自分が出来ることを、ラクレーに示してもらったのだ。



 だから考えた。




 この提案、拒否する理由はない。

 むしろ、唯一の正解と言えるだろう。


 それなのに、何かが後ろ袖を引っ張っていた。


 その舗装されすぎた道を、歩くことに躊躇いを持ったのだ。



 そして、ゆっくりと目を瞑る。

 思い返す。


 ランフィールは、正直怪しい。

 けれど、優しい目をしていた。

 どちらを信じるべきか、早急に判断は下せない。



 だったら、




 「聞かせて下さい。我々が、どうすべきなのかを」




 餌だけ食べて、逃げればいい。

 ランフィールの意思はこの際関係ない。


 それが垂らされた釣り糸の先に付けられたものだとしても、提示されたものの価値は変わらない。

 これだけは絶対に喰らう。


 そしてその上で、調べるのだ。

 この違和感の正体を。


 戦えないフィリアが出来ることは、そういう判断を誰より早くやって、道を謝らないようにすることだと、今理解した。




 「ありがとう、王女殿下」


 「これしかありませんから」




 自分に出来ることも、今取れる選択肢も、とは言わなかった。

 いずれにせよ交渉はまとまった。


 ランフィールは、契約を結んだその口で、作戦を示した。




 「まぁ、作戦を提示すると言っても複雑なことではありません。要するに、“奪って味方につける”。向こうはマイナスでこっちがプラスになることで、大きく差を縮めようという話です」


 「録音機で聞いた内容だよね。敵主戦力の内、懐柔可能な異世界人を味方につけて、向こうの戦力の対抗する、だよね」


 「素晴らしいです姉上」




 早すぎて油で揚げているような音がする拍手が鳴り響く。

 真顔がシュールだった。




 「そう、問題は異世界人。だからこそ、こちらも異世界人で対抗する。………ただ、正直シルエットについてはこちらの想定外でして」


 「それって、」


 「ええ、懐柔できると思わなかった人物、もっと言えば敵のメイン移動手段を潰して戦力の削れてしまった今回の戦いは、予想外の大金星です。スタートダッシュは、最高と言えるでしょう。おかげで予定も改善出来ました」




 では、と。

 ランフィールはリンフィアの方を向いて、少し前の質問の返事をした。




 「大きく時間が稼げた今、目下の主戦力である皆さんを鍛える時間が出来ました。その出だしとして、作戦を聞いても多分理解出来ないであろうコトハ殿を先に鍛えさせていただいております」


 「悲しいねぇ。悲しいくらいに事実」


 「幼馴染には容赦なく刺しますわよね、レン」



 「作戦を理解出来ない以上、先にこの街の恩恵を受けてもらって、彼女から後で皆様に説明を………ハッ、」




 ランフィールは目を見開き、過ちに気がついた。




 「説明………出来そうですか?」


 「説明出来ると言ったら嘘になるけど」


 「けどの後何か続きます?」


 「いや、どうしようもない断崖絶壁だった。希望がなかった」



 「「「酷すぎる」」」



 

 意外と琴葉も雑に扱う蓮だった。

 いつの間にか、皆緊張が消えて素直に笑っていた。


 それでも、頭の片隅にはこれから先のことをがよぎっている。



 リンフィアは、その笑顔が少し止まってしまっていた。




 これからやるのは、クーデターだ。

 かつて自分が受け、全てを奪われたあの事件の再現、いや復讐と言える。


 懐柔は、きっと自分が鍵であると、リンフィアは自覚していた。



 相手は魔族。

 一番の重きを欲望に置く存在。


 リンフィアには、その望みがわかる。

 だから、望むもの(それ)を用意する。



 そうやって、今は小さいこの一団を大きくして、魔王に下剋上を挑む。




 (どうか、見守ってください………ケンくん)

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