第1513話
ランフィールは一つだけ懸念していた。
あの街に入ったのは、この戦いの直前。
録音機を用意したのはいいものの、ほとんどメッセージは残せなかった。
それは、姉の危機をいち早く察知したからだ。
駆けつけるためには、最低限しかメッセージが残せない。
だから、あえて丸投げという選択肢をとった。
その上で、わかりやすく囮になれば、リンフィアも自分が取るべき最善手に気づくだろうと、ランフィールはそう踏んだのだ。
そして、
「やってくれました姉上。囮を逆転させ、余を隠し、そして敵がゲートの防御を固めざるを得なくする事でゲートの位置を割り出すとは………やはり貴女は最高です!!」
追手が追いつくことはもはやない。
敵のそろそろ気づいたのか、追加で兵を送ってこないだろうと、ランフィールはまっすぐにゲートへと向かっていた。
あとは、ゲートを即破壊し、リンフィアと力を合わせ、残りの敵戦力を町民と共に削ればいい。
見えてきた。
圧倒的不利から一点、逆転勝利への勝ち筋が。
「あとは………む、これは………」
敵の誰よりも早く、ゲートへと向かう気配が一つ。
言葉機出す頃には既にわかっていた。
紛うわけもない。
これは姉、リンフィアの気配だと。
しかしなぜ急ぐ。
それはきっと、自分を急かそうとしてるのだと、ランフィールは一層気合を入れ直した。
「承知いたしました姉上………なれば、余の全力、命を燃やす疾走をば—————————」
と、屋根伝いに移動をしていたランフィールは、大通りに降り立ち、グッと膝を曲げた。
ミシミシと、地面が、筋肉が、魔力が、来るべきその一瞬が訪れるまで軋んでいく。
そしてその一瞬、その瞬間、
「いざ!」
破裂音、爆音を置き去り、跳躍する。
景色は一変し、はるか上空、見下ろす先は目指していたゲートのある裏通り。
そこからはよく見えた。
集う敵の魔族たち、目当てのゲート、その場面を作り上げた親愛なる姉の姿。
「あ…………」
よく見えた。
だから固まってしまった。
不可解な行動をとる姉の姿が。
リンフィアは、敵が少ないゲートへと、ひたすらに向かっていた。
ダメだと、ランフィールは悲鳴のように叫んだ。
ゲートはある程度強い耐久力がある。
考えなく壊せる代物ではない。
が、ランフィールはハッとした。
そう、伝えていない。
例のゲートが、破壊困難な代物であると。
こうなれば、致し方ない。
作戦はどうせバレている。
ならばいっそ、大声で教えるのが最善だと、叫ぼうとしたその瞬間、
「ランフィィィィイイイル!!!」
「!」
先に叫んだのはリンフィアだった。
予想外の展開。
だが、これで終わらない。
予想外は、連続する。
全てがひっくり返る。
その一つとして、まず明らかになったものは、
「ちょっと行ってきます!!」
「—————————は」
姉の狙い。
破壊ではない。
そもそもやろうとしていたことが違う。
想像だにしていなかった。
姉が、リンフィアがやろうとしているのは、
「姉う、え—————————」
——————————————————————————
「まんまと、騙された」
この展開は、シルエットからしてもまた、予想外の展開だった。
リンフィアの狙いはゲートの破壊でない。
彼女は、ここへくること、つまりゲートの通過を目的としていたのだ。
「初めから、この予定だと?」
「なんだと思ってたんですか?」
当のリンフィアはキョトンとしていた。
防げないわけだと、シルエットは苦笑する。
破壊が目的でないのだから、殲滅のために包囲網など作る時間はむしろ逆効果だった。
大急ぎで兵を戻し、ゲート周りに固めれば、この状況を防げたのだ。
だが、そんなことも予想も出来なかったのは………いや正確には、予想もしなかったのは単純に、予想なんてする必要がないからだ。
ゲートの侵入、それはすなわち、本拠地への単独潜入に他ならない。
死ににきたようなものだとシルエットは半ば諦めていた。
「シルエット様………」
「手出し、いらない。捕らえたも同然。ただ、少し話す。興味、ある」
シルエットは兵を退かせた。
知りたかった。
こんなことをする目的、その意図を。
単なる興味本位だが、それでも興味を持つという現象そのものがあまりないシルエットにとって、この状況は楽しさをおぼえるものだった。
「お話してくれるんですか? 助かります………けど、一つ言ってもいいですか?」
「言ってみろ」
「あなた、指揮官なんですから、直接現場にいた方がいいですよ。仮にあなたが戦場にいたら、ランフィールのことが見逃さなかったと思いますので」
「それはまぁ、そう。だが、その仮定、無意味。俺………………面倒、嫌い」
深く沈むような声で、シルエットはそう言った。
何よりも、嫌いだと、突き放すように、憎むようにそう言った。
過去と感情の乗せられたその重い言葉を聞き、リンフィアは、
「やっぱり」
「?」
パン、と手を叩いてそう言った。
そして同時に、アイテムボッスクを開いた。
周囲の兵は当然警戒を強めるが、シルエットはむしろ手をとめた。
この期に及んで何をするつもりなのか、興味はまだ尽きなかった。
「私の勘も意外と馬鹿にならないなぁ。お陰で無駄足無駄死にみたいなことにならなくて済みそう、ですっ」
と、取り出したものをシルエットに投げ込んだ。
武器か、兵器か、それとも賄賂の類か。
大人しく手に収まったそれを見て、そこらの考えは全て、微塵も残らず消え去った。
「………………馬鹿な」
「じゃ、交渉しましょうか」
その囁きは、とても甘かった。
全てを投げ打ってまでも、従う力を持つまでの誘い。
それだけの力が彼の手には、“ゲーム機” にはあった。