第1511話
作戦などなかった。
事情の説明だけで声は途絶え、バタバタと音が消えてくる。
そこから先、魔法具からランフィールの声が流れてくることはなかった。
「こっ、ここに来て丸投げ………ですか!?」
「………いや、なんとなく事情はわかりました」
意識を街全体に張り巡らせたリンフィアは、頷きながらそう言った。
「あの子、多分—————————」
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「………意図にお気づきになられたころでしょうか」
説明不足は自覚の上、限られた時間に残した録音でどれだけ伝えられたか、今は信じる他なかった。
だが、
「いえ………きっと姉上であれば………」
ランフィールはまるで疑わなかった。
姉が全てを理解し、自分の示した意思を汲み取ってくれると。
それは、盲目的なまでに。
危うさもあるが、しかしそれ故に、ランフィールは余計なことを考えずに敵に向かうことが出来た。
自分はここで、敵を引きつける。
たった数人でもリンフィア達が苦戦した敵の、それも大勢を相手に剣を構えていた。
そう、彼の役割は問題解決ではない。
そのための、囮だ。
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リンフィアは、フィリアを連れて急いで外へ出ていた。
もう地図は頼れない。
しかし、頼らずとも敵は既に一つの場所を中心に集まっていた。
「リ、リンフィア!! 本当に、あの連中を相手にあなたの弟が囮になっているのですか!?」
「気配が集まってますから間違いないです! けど、やっぱりそれもどれだけ保つかわからないです。急がないと、ランフィールがやられたらいよいよ勝ち目はないでしょう」
「でも、急ぐと言っても—————————」
そもそも何をどうするのか、どうすべきなのか、フィリアには皆目見当もつかなかった。
しかし、妙だと思った。
やけに迷いなく、リンフィアは移動している。
目的地が決まっているかの如く、方角は一定であった。
「………リンフィア、今どこに向かっているのですか?」
「影ですよ。ゲートを探してるんです」
「!」
なるほど、と。
ようやくフィリアはリンフィアの行動の意味に思い至った。
そう、塞げばいいのだ。
ゲートがなければ、敵はこれ以上増えることはない。
後は、ランフィールとリンフィアが少しずつ敵兵を削り、町民の戦いへの欲求を利用すれば、少人数でもここを制圧できる。
まさしく時間との勝負。
あの一瞬でよくそれを考えたものだと、フィリアは感心した。
だが、
(私でも考えつくということは、多分敵も………)
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「………また、減ってる」
手に持った計測器を片手に、寝そべっているシルエットは、減少した数値を見てそう呟いた。
億劫そうに目を瞑っては、指を振って影を出す。
そして、
「………おかしい。精鋭数名。対象では、撃破無理………イレギュラー、発生」
起き上がり、さらに影を出す。
用意されていた兵士に魔法具を付け、さらに様子を見た。
そこでようやく、シルエットは異変に気がついた。
「………反応消失………同一箇所………イレギュラー、多分単体から数名………………これ、囮」
ベッドの端まで移動し、足を地面につく。
計測器を片手に、シルエットは街の地図を見て考える。
囮、それはまず間違いない。
では、何故囮など作っているのか、どこに狙いがあるのか。
そう考え、シルエットは囮の位置を見た。
そこは、街中で最もゲートから遠い場所。
つまり、本命は遠い場所に—————————つまりゲートのそばにいる。
「狙いは、影………」
敵の狙いは影の除去。
戦力投入の阻止だと、シルエットは判断した。
だが、ふと疑問に思った。
であれば、敵は影を封じる方法を知らなければ意味はない。
その方法がなければ、敵の行動は一切が無意味になるからだ。
しかし、敵の行動には迷いがない。
短期決戦必死の囮に、1番の戦力になるであろう強さの者を設置している時点で、ある種行動に確信を持っていることに、シルエットは疑いを持っていなかった。
つまり、
「奴ら、ゲートの設置数限界と、メインゲートとサブゲートのからくり、知っている」
—————————メインゲート。
それは、超遠距離からも出現可能なゲート。
大抵、兵を送る時はこちらを使うが、当然制限もある。
使用中は影が一切使えないことと、一度設置されたゲートは固定されるということ。
そしてゲートを破壊された場合、そこから半径10km以内にゲートの再設置が不可能になること。
サブゲート。
それは、メインゲートと近距離に展開可能な別のゲートのこと。
こちらはいくつか展開可能ではあるが、影を預けた他所による直接の設置が不可欠。
強力ではあるが、どちらも制限はあった。
誰の仕業かはこの際後回しでも良かった。
今シルエットにとって重要なのは、仕事の時間が来たということ。
性格的に面倒だと思うであろうシルエットだが、しかし今彼は、不気味に笑っていた。
理由は単純。
自分が動かなくていいこと。
そして、その上で、自分の好きなことができるということ。
地図上に、彼は空想していた。
使い捨ての兵士、見えない敵と、正体不明の強力な敵。
やりごたえは十分。
これは、彼にとって、ゲームであった。
「タクティクスは、嫌いじゃない………」