第1505話
隠す気のない闘気にあてられ、魔族達は一斉に振り返る。
ナイフとフォークはいつの間にか剣に、槍に、斧に持ち替えられていた。
しかし、彼らは幸福そうだった。
「みんな笑ってる………」
「私でも、この場じゃラクレーに勝てる人がいないことはわかりますわ。なのに………」
ラクレーも琴葉も、理解できずに戸惑っていた。
力量さは一目瞭然。
勝てるわけがない。
しかし彼らの目は輝いていた。
「おいおい、こんなところに上玉が転がり込んで来たぜ」
「ああ、食い切れそうもねぇ」
嬉々として向かって行く。
そして、端から端まで薙ぎ倒されていった。
「ロマンって奴だろうね」
「強さへの純粋な興味があるから、強い人に強く惹かれるんです。単純なんですよ、魔族って」
「ふーん、わかんないなぁ」
琴葉は興味なさげにその戦いを眺めていた。
しかし、つまらなそうというわけでもない。
その琴葉と、そしてリンフィア達の視線は、1人に集まっていた。
その視線に少し目をやりながら—————————よそを向く余裕を持ちながら、戦っている男が、数人ほどいた。
「何人か、強いのいるね」
「ですね。普通じゃない強さの人がちらほらと」
今のラクレー相手に、少なくとも一撃ではやられずに戦える一般人。
しかもそれが数名となると、その異常さは彼らに違和感をもたらした。
「彼らが普通じゃないのか、それとも何か別の要因があるのか………中々匂うな、この街は………と、そろそろかな?」
一斉に攻めかかる魔族達。
連携などない。
ただただ各々が、戦いたいように戦っている。
だが、今のラクレーは、そんな娯楽に興じる気分ではなかった。
「そろそろ、一気に行くよ—————————」
手の甲から、強い光が放たれたその瞬間、魔族達の視界から、ラクレーは一瞬にして消えた。
残像を振り抜いた武器からは、ひたすらに無の感触。
空振りを自覚し、警戒を周囲に散りばめようとする意思、そこで、全ては途切れる。
1人、また1人と倒れて行く。
強い痛みは首から。
倒れて行く魔族たちが最後に見たのは、剣を納めながら自分たちを見下ろす、圧倒的強者の顔であった。
「久しぶりですね、師匠が呪印を使うの」
「炙り出したい奴がいる」
ラクレーがそう言うと、蓮もすぐさま視線をずらした。
倒れている魔族の1人。
立とうとしている数人ではなく、他の魔族同様に倒れているその魔族にだけ、やたらと注意を向けていた。
「食うだの食わないだの言ってる割に、好き嫌いが多そうだね。あたしは気に入った?」
「………」
誇りをはたきながら立ち上がったその男は、血の混じった痰を吐き捨て、顔を拭った。
傷のわりに、余裕がある。
「中々いいんじゃないの? 結構うまそうだ」
「そう。あのさ、興味本位で聞くけど、今のあたしってこの街ではどれくらい強い?」
「そりゃあ上位だ。11、2%くらいには入る」
「「「!?」」」
「そう」
上位10%
それだけ聞くと、高いように思える。
だが、全住民の上位10%となるとそれは、
「あたしより強いのが、ゾロゾロいるんだね」
「驚かないんだな」
「見張られてる気配はあった。掴みきれないのも。後は勘。………けど、面白くはない」
「そう悲観すんな。アンタらもまだまだ先がある。むしろ、超えてくんないと困るんだよ。なぁ、魔王サマ」
「「「!!」」」
驚くと同時に、皆しらを切ろうと平静を装った。
しかし、そこに確信があることを、誰もしも感じ取っていた。
フードを脱ぎ、素顔を見せて前に立つリンフィア。
すると、
「!」
唯一立っている彼と、まだ意識をある数名は、リンフィアの前で跪いた。
「我らが英雄、ヴェルデウスが処刑されたあの日から、この日が来ることをずっと待っていました。どうか、我々をお救い下さい」
「………あなたは、見覚えがあるような………いや、あります」
だが、覚えがない。
それゆえに、リンフィアは混乱していた。
これほどの強さを持っていた兵士であれば、印象に残る。
しかし、顔はうろ覚えで、名前すら思い出せない。
「私は、かつて軍団長の………ヴェルデウスの部下だった者です。一歩兵であった私のことなどを覚えていただき光栄です」
「歩兵!?………………いや、おかしくはないですよね」
「そう、それがありうるんです。この街では、たかが一兵がかつての将に勝らんばかりの力を持てる。それが、この街の秘密。奴らに………現王室に対抗できる、唯一の道へつながる希望です」
秘宝。
ヴェルデウスの遺産が、全員の頭をよぎった。
彼も同じだ。
力を持たない者が、他を凌駕する力を得る。
その秘密が、ここにあるのだ。
待ち望んだ真実を口に、
「魔王様、すぐに私と共、にぃ—————————」
その彼の首は、宙を舞った。
フィリアは、自然と目で追っていた。
戦わないもの、戦いを知らないものとして、呆然と、眺めていた。
リンフィア達も、眺めているのは同じ。
しかし、気がついたら、武器を構え、その場を即座に離れていた。
「ぁ、れ?」
意識の残る頭が、地面に落ちる。
それはただの肉塊と化す頃には、敵は姿を見せていた。
「影から出てきたけど、この前の人とは別人………けど、強い………」
「油断しないで、レン」
「出来ないでしょう、これは………!!」
先日の影の男、シルエットの分身。
その強さが鮮烈に記憶に残る。
しかし、その記憶は、今、その分身を超える魔族9人の放つ魔力によって、塗り潰されようとしていた。
「今度こそ、逃げ場はないぞ。人間共」