第1504話
逃げた五人は、リンフィアの指示の元、酒場へ駆け込んだ。
焦ったように飛び込んでさぞかし注目を浴びるだろうと思っていた4人、リンフィア以外の4人だったが、ここでもやはり、妙な違和感だけを感じ、客の視線は他所へと散っていた。
「とりあえず、酒場なら問題ないでしょう。ここでは食欲が一番膨らみやすいですから」
「さっき言ってたよね、欲がどうとかって。私馬鹿だからよくわかんなかった」
「コトハでなくともはっきりとは要領を得ませんでしたわ。一体魔族とは、どんな種族なんですの?」
と、フィリアは尋ねる。
リンフィアは頷いて、席について説明を始める………その前に、
「カモフラージュのために料理頼んでおかないとですね。すみません! 注文お願いします!」
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「カモフラージュ………って、ここまでする必要ある?」
山盛りの皿の前で、若干引き気味に蓮はそう尋ねた。
「飲食店で何も食べないと悪目立ちしますから。特に、この魔界では」
「悪目立ちするべきじゃない。うん」
肉を頬張りながら、リンフィアはそう言った。
そして、しょうがないと言い訳を得たラクレーは、テーブルの皿を全てからにする勢いで食べていた。
そんな中で、リンフィアは魔族について語り始めた。
「魔族とは、ヒトのもつ欲が、どの種族よりも深いのが特徴です。それは多くの場合抑えることが難しいほど大きいんです。基本、我慢はしません」
「じゃあ、好き勝手する種族って事?」
「はい。それが魔族です。自分はもちろん、他人の勝手も黙認する。これがこの特性と共に歩んだ魔族が得た日常と、暗黙の了解です」
街中の喧嘩、そして歓声、ボケっとしている琴葉以外、理解した様子で頷いていた。
「戦いの欲だけじゃないですよ。例えばここじゃ食欲は膨らんでる魔族が多くいます。ものすごい勢いでしょ?」
そう言われ、周りを見ると、確かにどこか目が血走っていた。
普通に食べている者もいるが、それでも動けなくなるまで食べている印象だった。
そしてそれに、まるで気付けない。
日常かのように、自然溶け込むその異常を知覚し、何かが背筋を伝うような感覚を、“人間”の彼らは感じ取っていた。
「一応、訓練すれば抑えられますけど、してもあまり意味ないと考えるのが魔族なので、基本はよくのままに生きてます」
「でも、リンフィアちゃんは………」
「私は半魔族ですから、欲が弱いんです。けど、それでもヒトよりは大きいと思いますけどね」
だからさっきの小鬼は、自分が半魔なのかを聞いてきたのかと、蓮の疑問が一つ解消された。
「ラクレーちゃん先生も魔族なのかなぁ」
「ひと」
「ならもっと変じゃん」
さて、と。
ある程度食べたリンフィアは机に前のめりになって改めて話し始めた。
「本題はここからです。欲が強い魔族ですけど、共通で持っている欲があります」
「それは?」
「力です。魔族は、強さに対して共通して常に欲を持っています。だから、魔族は種自体が強く、恐れられている現在に繋がったんです」
でも、と続く。
「この街は、そんな魔族から見ても結構特殊なケースなんですよね」
「まぁ………言われてみれば」
ラクレー、それに続いて蓮も周りに目をやった。
まるで冒険者ギルドだというのが、蓮とラクレーの感想だった。
ここはただの酒場。
一般客も多いはずだろう。
しかし、ここにいる魔族は1人残らず武芸を身につけた、または戦闘経験の深い戦士だった。
果たしてそれは、酒場だけだろうか。
ここまで語れば、結果はわかるだろう。
この街の“ヒトビト”が、どのような特性を持っているのかが。
「ここは、ヴェルデウスが力をつけるために、戦いに飢えた魔族だけを集めて作った街。戦闘都市・ボルゾドです」
異常に晒され、殺気に浸り、不可解を胸に落とし込み、一行はその都市の名を胸に刻んだ。
直球且つ端的、そして耳慣れない言い回し。
だが、その戦闘都市という異様な名称があってしまう、そんな場所であった。
「暴力の街なんてものじゃないです。喧嘩から始まり、問題解決、娯楽、教育に至るまで、ここでは戦いこそが全て。強さが全てを決めるんです」
「異常ね」
「でも、それで案外街が回るんですから、魔界は狂ってるんです。戦うだけなら滅びますが、戦うために栄えてるから滅びない。全てが戦闘なんじゃなくて、全てが戦闘に帰結する。ここはそういうところですよ」
ふーん、と。
興味なさそうに食事を頬張る。
食べて、食べて、食べ抜いて、そして満足そうに皿を置き、ラクレーは言った。
「情報収集、するなら手っ取り早い方法があるね」
「ええ、そうです」
ため息をつきながら、蓮はフィリアをそそくさと席から離れた場所へ誘導した。
そして、
「ふーっ………………………ッッッ!!!」
「「「!!!」」」
食事に没頭し、その本能、生体までもが食事へと意識が向けられた彼らの手が、ピタリと止まる。
それは、より大きな欲へ。
魔族は、そこへと吸い寄せられる。
美味しそうだと垂涎する。
「お宝知ってる人、この指とまれ」