第1502話
—————————魔界
魔族達の領域。
人間界では、その資料は殆ど存在しない。
国交など当然なく、高い壁と山によって、人間界との境界線が引かれていることで、情報が入ってくる余地などないからだ。
そして何より、人間が魔族を忌避し、そして恐れているからだ。
肉体、魔力共に優れ、またそれぞれの種に対応した特異な能力も脅威である魔族は、圧倒的な戦闘種族であった。
触らぬ神に祟り無し。
そんなことわざはこの世界にはないが、関わらない事で人間は己の身を守った。
故に、知らない。
だから、今彼らが見ているこの光景は、予想だにしないものであった。
「………普通だ」
そこは、ただただ普通の都市であった。
姿形は人間と違えど、彼らが眼にするこの街は、人間の街とそう変わりない。
ヒトビトの盛んな声と、活気に溢れた街の雰囲気は、町中を駆け回っていた。
そこは、魔界とは名ばかりの、ヒトの国だった。
「みんなそう言うんです。暗闇の世界だとか、毒沼の広がる死の大地、だとか。いや、そんなところに街作らないでしょ」
そのリンフィアのツッコミはあまりにもごもっともだった。
「………けど、何もかもが同じじゃない。文化とか、匂いとか、雰囲気とか………やっぱり、人間界にない懐かしさがここにあります」
リンフィアは、深く被ったローブの下でふっと優しく微笑んだ。
かつての民、名ばかりの王ではあったが、それでも必死に統治をしようとした。
彼らを幸せにしようとした。
そんなリンフィアにとって、この街の風景は特別なものだろうと、皆微笑ましくなった。
………素直に、とはいかないが。
「こんなふうに街が見られたのは、全部琴葉ちゃんの作戦のおかげです」
「そう、そうなんだよリンフィアちゃん」
うんうんと、やたら強く蓮は同意した。
「俺は今感動してるよ。あの琴葉ちゃんが………左側も右脳とまで言われた琴葉ちゃんがこんなまともな作戦を思いついてるなんて………泣きそうだよ」
「私も泣きそうなんだけども」
そんな酷いこと言うなと憤慨する琴葉の傍、口に出して感動している蓮だけではなく、皆そろって感心していた。
琴葉の策は、確かに有用なものだったのだ。
「認めざるを得ないよね」
堂々と、ローブのフードを取るラクレー。
それに続く様に、皆一斉に、指名手配をされているはずの彼らは、街中で堂々と顔を見せた。
しかし、誰も見向きもしない。
当然だ。
そこにいるのは、人間ではなく、魔族の姿をした、琴葉達だったからだ。
緑、青、赤、人とは異なる肌の色、角、翼、尾。
異形はここでは、風景となる。
「再現の固有スキルによる、魔族の肉体の再現………よく思いつきましたわね」
「他の人への再現ってちょっと時間かかっちゃうけど、出来なくないんだ。これもトモくん様が教えてくれたの」
「知恵の神直々のご指導とは、やりますわね、コトハ」
ようやく望んでいた反応が来て琴葉も鼻が高かった。
「私だけ髪色を変えただけですけどね」
「………金にするあたり狙ってる?」
「さぁ、どうでしょう?」
琴葉とリンフィアは妙に火花を散らしていた。
なんとなく、蓮は恐ろしく思った。
「そ、それにしても感じの良い街だね。あんな状況だって言うのにさ」
「ね。こうやってみると、やっぱ“魔族”って種族名が不思議だよねぇ」
何気なく、琴葉はそう言った。
よくよく考えれば、と言うところではあるが、確かに不思議だと思う。
この名前は、別に人間の主観的な名称ではない。
彼らも魔族を自称する。
己が“魔”であるのだと。
「………みんな、魔族あんまり見た事ない感じかな?」
「ないことはないよ。だって連中、ミラトニアに攻めてきた時に何度か剣を合わせたよ」
「なーるほど。そりゃ知らないわけですね」
奇妙な反応を見せるリンフィアに、蓮は首を傾げた。
でも、脈絡というものはある。
つまり、魔族には、何かある。
そしてそれは、戦いの場では分かりづらいのだと。
そんな考え込む蓮の横っ面を叩くかの様に、大きな歓声、そして—————————
「………………! っぅお!?」
ヒトが、飛び込んできた。
「あ、来ましたね」
と、あまりにも落ち着いた様子でリンフィアはそう言った。
ここだけではない活気あふれた声だけ点っていた人々の声をよく聞くと、日常では耳慣れない打撃音が聞こえてくる。
だが、悲鳴はない。
時折歓声が聞こえ、それらはみな街の音に消されていく。
倒れた魔族の男を、石でも見た様に一瞥して帰り去る彼らを見て、蓮達は思った。
そうだった、ここは—————————
「ようこそみんな。これが、魔界ですよ




