第1501話
「これ………かなりマズイな………」
知恵の神からは、あれ以上の情報は得られなかった。
まともに会話が出来ないほどの弱体化は、蓮にも想定外だった。
「でも、まるで希望がないわけじゃないです」
「ボルゾド………だっけ?」
耳聡く聞いていた琴葉の問いに、リンフィアは静かに頷いた。
「確かに………彼らはあの場所と秘宝を知らない可能性は高いです。問題は、鍵を開けられるかどうかですけど………」
「鍵、か」
一筋では行かなそうな気配を、蓮は早々に感じ取っていた。
当然、ただでとは行かないらしい。
「ボルゾドには、竜剣のヴェルデウス………ニールの師匠が残した墓があるんです。噂では、そこにヴェルデウスの残した秘宝が眠っているとか………」
「お宝かぁ。すごいの?」
「身体の弱い魔族を、たった一年で魔王の右腕にさせた秘密がある、って言ったら凄さがわかりやすいですかね」
「「「!!」」」
リンフィアは思い返していた。
かつて、エヴィリアルの宮殿にいた頃、ニールに稽古をつけていたヴェルデウス本人から聞いた話だった。
私は弱かったと、そう切り出した彼の話を、当時のリンフィアはまるで信じていなかかった。
負けなし傷なし、無敵の騎士長、なんて歌を子供が歌うほどに、当時のヴェルデウスは強かった。
だからこそ、聞き流していた。
でも、それを覚えていたのは、忘れるなと、本人から強く念を押されていたから。
結局今まで忘れていたが、すぐに思い出せるくらいに、強く言われていたのだ。
彼がこの状況を予感していたとは到底思えないが、それでも救われた。
「方針は固まったかな」
「うん、行くっきゃないよ」
蓮と琴葉のその言葉に反対する者は誰もいなかった。
目標は、ボルゾド。
5人の向かう先は、敵国に決まった。
「行きましょう。勝機はそこにあります」
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「………」
影の消滅は、当然本体にも伝わる。
光の差さない真っ暗闇の部屋で、シルエットは目を開いた。
この闇が、彼には心地よかった。
失敗はしたものの、日のさす外から戻ってきたことに安堵し、シルエットはゆっくりと再び横たわろうとした。
しかし、
「失敗したネ、シルエット」
扉から刺す光が、シルエットの安堵を消し去った。
不快そうに目を細めながら、嫌々ながら返事を返した。
「ナイトメア、お前のせい。厄介な敵、洗脳できてない。討伐、手間かかる」
「引きこもりクンは、相変わらず喋るのへたっぴダナ。部屋貸してやってるのにサ。まいっか。伝言ダヨ、影貸しの依頼」
「はぁあああああああああ………またか」
シルエットを隠すことなく堂々とため息をついた。
いつものことだとは思うが、仕事をこうも面倒くさがられると、ナイトメアとしても気が滅入るというものだった。
「ちょっとはヤル気だしなヨ」
「仕事如きにやる気を出すなど愚の骨頂、元来動物というのは本能のままに生きるのが定めでありその性質に従うのであれば自由にこそやる気を見出すべきであるだろう」
「きもーい」
「心外。しかし、間違い言ってない。どうせ敵、弱い。一気に潰す、最善」
部屋の光が、闇に呑まれて行く。
荒れ狂う神威の中、ナイトメアは平然と息をつき、シルエットの手にそっと触れた。
「………それが無理なのわかってるデショ?」
「チッ………」
影が静まる。
再び入る日の光に目を細め、シルエットはすねるように布団へ潜った。
「この仕事、厄介」
「そうだネ。こっちは殺せず、向こうは殺せる、確かに厄介ダヨ。けどそれも、彼らを得るまでの辛抱サ」
日のさす光の先、壁に貼られた紙があった。
やる気ないシルエットが僅かばかりにやる気を起こした唯一の仕事。
魔族についた彼らにとって、全てを終わらせる鍵。
そこに書かれた名前は二つ。
リンフィア・ベル・イヴィリア。
現魔王の姉にして、先代の魔王。
そしてもう一つの名は—————————獅子島 蓮
「彼らさえ得られれば、その先に待っているのは、楽園サ。だから協力してヨ。あの子達が、ボルゾドで厄介なものを得る前に」
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時を同じくして、リンフィア達は同じくボルゾドに向かうための準備をしていた。
道具も心構えも問題ない。
後はどの様に潜入するか、それを決めるために、五人はテーブルを囲んで話をしていた。
「では、まずエヴィリアルにどうやって入るか、だけど………」
「やっぱ見つかったらまずそうなんですか?」
「そういえば、リンフィアちゃんは知らないのか。洗脳は一般人にもかけられててね。俺たちは皆お尋ね者だよ」
と、蓮は丁寧に作られた手配書をリンフィアに見せた。
いよいよ味方はいないのだと、実感が小さく汗になって滲んでくる。
すると、
「ふっふっふ、それについてはいい考えがあるんだ」
ドヤ顔で、琴葉がそう言った。
「………それで、作戦の方はレンに」
「ふっふっふ、それについては………」
ラクレーの無慈悲なシカトにめげず、琴葉は続行した。
「もう一回言うんですね………」
「師匠、一度くらい聞いてあげても」
「コトハだぞ」
「言葉の重みがすごい」
納得しかける蓮だが、首を振って琴葉の方を向いた。
「琴葉ちゃん、今はアリの手も借りたい」
「いくら私が馬鹿でも今のことわざが違うのはわかったよ。へん! でも今回は自信があるもんね」
琴葉は不敵に笑った。
そして、その真意は—————————