第1500話
黒い鎧は砂のように分解されていき、リンフィアが纏っていた凄まじい魔力と神威も霧散していった。
当然、その力に蓮もラクレーも驚く。
しかし、誰よりも驚いていたのはリンフィアだった。
戻ってきて初めての神威を伴った全力の変身は、フェアリアにいた頃よりもずっと力が優っていた。
「これは嬉しい誤算かな………でも、言ってる場合じゃないですね。3人とも、一箇所に固まって下さい。追手が来ます」
「追手?」
「はい。さっきの影、多分空間を飛び越えて移動が出来ます。影から影へ………ワープの能力持ちは、きっと彼です」
「「!!」」
リンフィアは確信を持っていた。
というのも当然の話だ。
魔族ゆえ夜目の利くリンフィアのリンフィアは、このくらい通路の中でもはっきりと影が現れる瞬間を見た。
影がから影へ。
それがあの影のもう一つの能力だった。
「それじゃあ、八方塞がりでは………」
「違いますよ。どうやら、私たちにはまだ頼れる仲間が残ってるみたいです」
「「「!!」」」
突如現れる気配、それ同時に武器を構える蓮とラクレー。
しかし、振り返った先にいたのは見知った気配だった。
「やっぱさっきの魔力、リンフィアちゃんだった! 早く私の影踏んで!!」
「わざわざ力垂れ流した甲斐がありました。行きましょう!!」
固有スキル“再現”
琴葉は映し取ったシルエットの固有スキルで、ここまでやってきたのだ。
4人は琴葉の指示通り影を踏むと、そのまま地面へと吸い込まれるように消えていった。
そして、その数秒後、誰もいない廊下でシルエットは小さく舌打ちを打っていた。
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「「「………………」」」
逃走には成功した。
新しい拠点にもなんとか無事に辿り着いた。
しかし、リンフィアを除く4人の頭にあるのは、たった一つの事実。
完全敗北であった。
敵はたった1人。
それも手抜き。
その1人に全勢力のうち半数を奪われ、拠点を壊され、なお格の違いを見せつけられた。
立ち直ると言った蓮も、少しばかり現実を見ずにはいられなかった。
しかし、それは決して後ろ向きにではない。
前に進むため、最善の一手を打つため、蓮は振り返る。
琴葉も、ラクレーも、このままじゃダメなんだと、もう前を見据えていた、が、
「これじゃ、ダメだ。このままだと、どう足掻いても勝てない」
「うん、そうだね………」
だからどうしたい、どうすべきだとは、琴葉は言えなかった。
改めて振り返って思うのは、八方塞がりな現状だった。
あまりにも、手札がない。
「………ひとつ」
そんな中で、手を挙げたのはフィリアだった。
「幸い、あてがないわけではありませんわ」
「「「!」」」
手札………というよりは、その札のある場所だった。
確定ではない。
しかし、選択肢として、フィリアは一つ提示をする。
「知恵の神を、頼りましょう」
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“トモを頼れ”
何げないある日、フィリアはケンにそう言われた。
自分がもし近くにいないとき、蓮でもどうにもならないとき、もしもどうしようもなく困ったら会いに行けと、ケンは言った。
トモとは知恵の神こと。
軽々しく名前をつけてそう呼ぶ無礼さは相変わらずだったなと、フィリアは思い出すように笑う。
そしてやっぱり、いつも彼は頼りになると、どこか安心していた。
いなくたって助けてくれる頼れる兄。
フィリアの心の中にある何かが、強くケンを呼んでいたから、フィリアはこの伝言を思い出し、今5人は拠点の一室にいる。
「これは、木彫りの人形?」
不用意に触れないよう、覗き込むように見回しながら琴葉はそう尋ねる。
目の前には、精巧に作られた木像があった。
「神様ですけれどね。こういう場所には備えておけと、仮兄さんが口うるさくて」
「相変わらず気の回るやつ」
呆れたような、感心したような声でラクレーはそう言った。
「で、どうすれば呼べる? レン」
「いえ、俺は何も………」
期待しているようなしていないような視線を琴葉に向ける蓮。
そして帰ってきた返答はある意味通りと言えば期待通りだった。
「あれだよアーメンとかなんまんだぶとかいうんだよ」
『異教徒盛り合わせだねぇ』
色々と危険だったと、頷いてしばらく。
数秒経ってふと、5人は思った。
誰の声だ、と。
「「「!?」」」
『や、おひさ』
声はくぐもっていた。
それも、だんだん遠くなっている。
「か、神様!? 声が………」
『ぶっちゃけ、今もう僕消えかけなんだよね。だから要点だけ言うね』
思念体すら出ないこの状況。
消えゆく神威に緊迫感を感じているのか、皆すぐ傾聴した。
『今いる君らのうち、あと1人でも死ねば、代理戦争の敗北が決まる。捕縛も避けて』
つまり、消える。
背筋の凍るような宣告だが、言葉はまだ続いていた。
『魔界、………ボル、ゾ…………ド………………地下』
「!」
「え!? な、なんて………………あ、か、神様!? 神様っ!!」
琴葉が木像を掴む頃には、既に声も気配も消えていた。
悔しさに歯噛みしながら、一向に晴れる兆しの見えない現状に皆が打ちのめされる。
その中でたった1人、リンフィアだけは、違った顔を見せていた。
どこか遠く、深い記憶の底から拾い上げたものを、ぼうっと眺めていた。
「ボルゾドの………地下………………」