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第1499話


 想定していなかったわけではない。

 万一に備えての避難経路は備えてあったし、実際今はそれに救われている事実はある。


 次の拠点もあるにはあるし、今出ているレイやルイとはそこで落ち合える。

 まだ終わったわけではない。



 しかし、いざこんな状況になってしまって、蓮たちの心には深い爪痕を残していた。

 外出している2人を含め、仲間は現在6人。


 半数近くが、ほんの一瞬で生死不明となった。



 

 「………………」




 足取りは重かった。

 日常を、大切なものの中で温まった心に、今彼らは冷や水をかけられたのだ。

 怒りも悲しみもぶつけるべき相手はここにはいない。

 そこから逃げることに、怒りはさらに募る。


 どうしようもなかった。

 だが、




 「………よし、もう落ち込むのはやめだ」


 「!」




 頬を叩いて、蓮は前を向いた。




 「他の勇者も、現状囚われているばかりで、死んだ人はいない。多分、みんな無事だ。だったらまだ救える」


 「けど、最悪も想定してないと後がきつい。わかってる?」


 「………今はこう考えさせて下さい。俺にも、前を向く理由くらいは欲しいですから」




 ラクレーはそれ以上何も言わなかった。

 裏返すと、蓮もわかっているのだ。

 わかった上で希望を持つ。

 恐れながら、諦めないと口にする。



 「それでいいと思いますわ。今はとにかく脱出を—————————」


 「!」



 そして、一呼吸。



 「待って」



 と、ラクレーは皆を止めるように一歩前へ出る。

 追随するように、蓮も剣を構えて前に出た。




 「師匠」


 「わかってる。これ、あたしでも厳しい………」




 蓮の視線は前に、しかし意識は絶えず後ろのフィリアに向いていた。

 守りたい。

 だからこそ、冷静に今のフィリアが足手纏いだと理解していた。


 ゆえに、最適解は、




 「リンフィアちゃん。フィリア様を頼む」



 1人がつきっきりでフィリアを守り、残る戦力で迎え撃つ。

 現状取れる最善手であった。



 「………………気をつけて」


 「ああ」




 目を合わせ、小さく会釈をした蓮が前を向くと、そこには奇妙な影がいた。

 そう、まさしく影というべき、人の形をした黒い塊。


 リンフィアはすぐさまデバッガーを想起させたが、その動きには理性を感じた。

 あの理性を持たない化け物とは違い、そこには意思がある。

 力もあった。

 ひしひしと、空気を変える重苦しさを持った強い力だ。




 「急ぐよ。こんなのに時間はかけられない」


 「はい!!」




 有無を言わさず先手。

 一撃必殺の剣を構える蓮と、二の手三の手を携えた柔らかい一撃を構えるラクレー。


 性質を違えど、その剣は決して軽くはない。


 勝たねばならないこの状況と、溜まりに溜まった怒りを込めた両者の一撃が、一斉に放たれる。




 「「!?」」




 そして、止められる。

 耐えるように震えながら、2人の剣を受け止めていた。

 軽々、とまでは言わないが、問題は止められたこと自体にあった。

 速度重視の剣も、力重視の剣も止められた。


 その意味は重い。


 しかし、退けない。

 2人は続け様に剣を振るう。

 敵は防戦の一方ではあるが、凄まじい剣戟のなか、余裕がないのはむしろ蓮たちの方であった。


 影には表情ひとつない。

 しかし、意図はわかる。

 この影のやろうとしていることは、時間稼ぎだ。




 「レンくん!! それの目的は時間稼ぎです!! 早く倒さないと………」




 わかっているという言葉も出ないほどに余裕はない。

 それほどの手練れ。




 『ソウダ、急ゲ。デナケレバ、貴様ラモ、捕獲ダ』


 「はっ、喋れたのか。人じゃないと思ってたんだけどね」


 『ソノ通リ。オレ、名前、“シルエット”。デモ、影ノ分身。本体、違ウ。出力ハ半分程度』


 「な—————————」




 まずい、と。

 冷静に判断していたのは、外から見ていたフィリアだった。

 このシルエットという者の能力がどういう者かははっきりしないが、少なくとも、ここにいる影は本体に及ばないということは確かだった。




 「上ノ階、イルノ、ミンナオレ。貴様ラ、オレ1人ニ、負ケタ。コノ意味、ワカルカ?」


 「ば、馬鹿げてる………」




 理不尽な宣告だった。

 ラクレーも蓮も、変わらず果敢に攻めるが、蓮は特にその剣の精彩を欠いていた。


 心の揺れが、止まらない。

 それは鋒へ伝わり、筋がブレる—————————ただし、数手のみ。



 「………? ッ!?」



 ようやく掠めたと思ったのは、その鈍い剣から不意打ちのように放たれた、本来の剣。

 闘志が、戻っていた。



 「………でも、ここで折れる選択肢は、俺にはない。だったらせめて、その半分だけでも砕く」


 「ハハ、オレノヨウナノガ後何人イルト思ッテイル」


 「だから、アンタを潰して前に進むと言っている………………っ!?」




 後ろから伸び、肩に置かれたその手に、蓮はギョッとした。

 目を向けると、そこには少女のか細く柔らかい手が伸びていた。


 しかし、今一瞬見違えたその手はまるで—————————




 「うん、それでいいと思います。だから、ちょっと交代です」




 怪物のように大きく見えた、その訳を、前に出たリンフィアを見て、蓮ははっきり感じていた。

 殺意を纏ったような禍々しい黒い鎧を纏っていく。

 しかしその禍々しさとは裏腹に、かけらの恐怖も感じられなかった。

 

 だが、目の前の影は、これ以上なく強く警戒をしていた。

 しかし、リンフィアは複雑には構えない。

 傲慢に、自由に、気ままに、正面から行くという宣言にも等しい助走をつけ、今、




 「………馬鹿ナ。現地ノ者ガ、コンナ力………イヤ、ソノ姿、マサカ………ッ      」




 首をその手に携え、前へ。

 切り離された胴体は、ゆっくりと糸の切れた人形のように倒れ、崩れていく。




 「まだ、聞こえますか?」




 首だけになった影を持ち上げ、消えていく影の体の上でリンフィアは囁く。




 「その玉座、せいぜい温めていて下さい」




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