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第1498話


 数時間の拷問の末引き出した情報を綴った赤く湿ったノートを手に、蓮は廊下を歩いていた。

 やけに重く感じるその湿り気を、いつしか紙通りの重みにしか感じなくなったのはいつだっただろう。


 蓮はそんなことをふと思う。

 そして、それを決して悪いことでないと思うこの状況は、きっと異常だと考える。


 でも、その異常をとっくの昔から背負っていた男がいたことは、蓮にとって、何よりの異常であり、非情な現実であった。



 「ん?」



 妙な騒ぎ声が聞こえてくる。

 蓮にとってよく知っている声が言い争っていた。




 「ダーメーでーす!! 我慢してください!!」


 「いっつも来てるって言っているでーしょー!!」


 「じゃあそろそろ懲りて下さいよ!!」



 フィリアに引きずられながら、リンフィアまでやってきた。

 ()()()()()の光景に、蓮もラクレーも驚くことなく2人の方へあるていった



 「フィリア様、ここへは来ないようにとあれほど………」


 「情報の精査は私の担当でしょう? 資料を」




 半ば奪うような形でノートを取ったフィリアは、まじまじとそれを眺めていた。

 華やかな王族とはまるで似つかわしくない居場所で、しかしどこか慣れたように、メモをとっていた。



 「随分と張り切りましたのね」


 「………わかりますか?」


 「私の愛は視力5倍増しにしますのよ?」


 「そりゃあDHA豊富な愛ですね」



 軽口を吐いてみせる蓮。

 もはやそこに堅苦しさはなかった。


 だから、遠慮なく思いの丈を吐き出せた。




 「俺たちは、ケンに頼りすぎてるんですよ。どの国も、特異点とそれ以外の差は大きいけど、この国はそれが特に顕著なんです。いや………それ自体はどうでもいい」


 「それが自分の親友であることが、あなたは許せないですのね」


 「………立場じゃないんです。あいつが、ヒジリケンという男が、そういう場所に立たされている事が、俺は許せない。あいつは、どこまでも自分を犠牲にしますから」



 ずっとそうだったと、何度も過去を顧みてそう思う。

 蓮の記憶にあるケンは、いつだって自分よりも自分の大切なものを優先していた。


 そしてそれが、単なる自己犠牲や自己愛の無さが原因ではないから、蓮は何もいえなかった。




 「はぁ。我が仮兄(あに)ながら世話のかかる人です。あの歳になって、まだ人に安心させてもらわないといけないなんて」


 「厳しいなぁ」


 「私の仮兄を名乗る方なのですから、厳しくされて当然です。だから、私が救うのも当然ですわ。仮妹(いもうと)ですもの」




 「—————————!」






 脳裏に蘇るかつての記憶

 心の底から好きだった、その女の子は、目の前の少女と同じことを言っていた。



 (愛菜………)




 生まれ変わりだとは蓮も聞いている。

 顔は似ていても、性格や話し方は違う。

 でも、こういう節々で感じる彼女は愛は、同じだった。


 魂に染み付いているのだと、蓮は小さく、しかしどこか寂しそうに笑った。



 (こういうものを守るために、お前も無茶してたんだろうなぁ………ケン)


 「ふふ」




 「私たちのけものですねー」


 「こいつらは揃うとこんな感じよ。ファリスが前にブチギレたときは………うん?」




 ふと、違和感を感じた。

 足元に、妙な振動—————————いや、妙なではない。

 それは段々と大きくなっていった。




 「な、何!?………………っ!? これ、気配が………」


 「どんどん増えてる………さっきみたいに、直前までは察知なかった………けど、確実に誰かが暴れてる」


 「!? まさか、固有スキルか!!」




 気配を遮断する類のもの—————————ではない。

 それはすぐにわかった。


 となれば、正解もすぐにわかる。



 「多分、空間を自在に移動する系統の能力………このアジト、バレてます!!」


 「「「!!」」」




 リンフィアの仮説はもはや疑うべくもなかった。

 ロロロの侵入も、思えば不可解なもの。

 直前まで気配はなく、気がつくとそこにいたのだ。


 つまり、直接送り込まれている。

 そう、今も。



 自然と意識は上を向き、そこでの惨状が伺える。

 敵は暴れている。

 何故?


 答えが出る頃には、蓮は血相を変えて走り出していた。



 「っ、ぁ………みんな!!」



 だが、すぐさま手を掴んで止められる。

 強く振りほどこうとするが、その手はしっかりと蓮を掴んでいた。




 「師匠………!!」


 「今はまだ、戦うべきじゃない。冷静になって」


 「俺は冷静ですよ。だから、まだ間に合うってわかってるんです。あいつらの固有スキルがあればきっと全員で………」



 

 その口を塞ぐように、ラクレーは手に持った紙を蓮に見せた。




 「………!!」




 そこにはたった二言。

 こう書かれていた。


 “勝てない。逃げて”


 と。

 これは、優の文字だった。

 しかし、優の姿はない。


 だが、姿を見せずにこの紙をラクレーに渡す方法を、ここにいる4人は知っている。




 「師匠………………………優と涼子が、ここにいるんですか?」


 「………()()




 過去形だった。

 もうここにはいない。

 しかし死地に向かう仲間を放っておけるはずもなく、蓮は腕を引き剥がそうとする。


 だが、それを止めたのは、フィリアだった。




 「逃げましょう、レン」


 「しかし!!」


 「あなたの仲間を、あなたが見下さないで!!」


 「!!」




 その言葉は、今の蓮には深く突き刺さった。

 今の優たちは、自分たちと同じなのだと、わかってしまったのだ。




 「………逃げましょう、レンくん。みんなの気持ちは、多分私たちが誰よりも理解しなくちゃいけないんです」


 「っ………………クソッ………………クソォ…………っ」




 ヒジリケンがいない。

 そんな中で戦う過去最大の敵。


 その初めの一手は、あまりにも絶望的なものであると、リンフィアはようやく実感を持ち始めていた。


 まさしく、一寸先には闇が広がっていた。

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