第1497話
まるで雑魚扱いなこの反応に、ロロロは少なからずプライドが傷ついていた。
荒っぽい性格は獣人の性と言っていい。
しかしそれでも飛び出しはしないのが、ロロロが国が滅びても生き延びた理由だった。
獣人らしからぬ小賢しさと冷静さ。
それがロロロの強みであった。
だから、最善を探す。
そして来た。
人質に出来そうな、異世界人の女が、琴葉が目の前に来た。
紛れもないチャンスだと、ロロロは舌なめずりをする。
「わーぺろぺろしてる。リップクリーム欲しいのかな?」
(………なんだこの女は)
緊張感のかけらもない。
頭は悪そうな上に、子供っぽい。
未熟という言葉が口を開いているかのようなその表面に、ロロロは首を傾げる。
そして、さらに不可解なのは、そんな表面の奥、何か恐ろしいものが瞳を覗かせているということ。
毛が逆立つような感覚が、そこにあった。
(知っている。こういう感覚を、私はよく知っている—————————)
その瞳に、かつて国を滅ぼした元凶、琴葉と同じ異世界人の、冷たく鋭い瞳を見た。
声を上げる。
威嚇とも取れる。
悲鳴とも取れる。
身体をつき動かすのは恐怖。
しかし、純粋な感情は余すことなく力を引き出し、これまでにないほどの速度を、ロロロに与えた。
颯太たちは、ただただ息を呑む。
それは、どう足掻いてもどうにもならない力を持っていた。
そして、駆け回るネズミに、琴葉は、
「わぁ、すごいね。うん、こんな感じかな?」
同じく、速さで対抗し、ロロロに並び立った。
「!?」
これで2度目。
純粋な身体能力で勝るはずもない人間が己に並び立った。
だが、怒り任せに掴み掛からなかったのは、ほんのわずかに琴葉の速度が劣っていたから。
とは言え、それも一瞬—————————
「うーんでも微妙かも」
「—————————は」
—————————そして、抜き去る。
視界から琴葉を失い、ギョッとしたロロロは、即座に気配のする方へ振り向く。
だが、追いつかない。
翻弄され、置いていかれ、気がつくと、ロロロの脳内に諦めが鎮座していた。
とうとうそれがはっきりと、諦めるという行動に出た時、琴葉はロロロの前に姿を見せた。
手には光剣。
その構えは隙はなく、どこまでも洗練されていた。
ロロロには僅かに見覚えのあるある動作、動きの癖だった。
身体能力に重きを置く獣人であるが故に、気づいた。
気づいてしまった。
それは紛れもない、ラクレーの動きだと。
同時に、琴葉の能力についても悟った。
「き、君は………」
「うん」
刃のついていない剣が、振られる。
それは顎を掠め、ロロロの意識を奪う。
意識の沈む中、最後にロロロは言葉を聞くことになる。
純粋無垢に、未熟であるが故に、琴葉はただ真っ直ぐ、ロロロに対して遠慮のない侮辱を吐いた。
「ラクレーさんいるのに、あなたの真似しても意味なかったや。しょうもないし」
固有スキル【再現】
身体能力、スキル、技、自然現象、魔法。
見たものを真似、再現する能力。
ロロロは当然、スキルの名など知らない。
だが、その概要は心得ていた。
この言葉の意味もわかってしまった。
意識よりも先にプライドが崩れ去り、その後を追うように、ロロロは意識を手放した。
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「「「えげつない」」」
「えー」
賞賛と思いきや、飛んできた罵倒に琴葉はブーイングを立てていた。
「ことりん、敵には意外と容赦ないよね。………たまに味方にもズバッと言うけど」
「?」
なんでもないと七海は頭を振った。
純粋故の鋭さに、琴葉は無自覚であった。
「でもびっくりしました。あんなに強くなってるなんて」
少なくとも、戦争の時とは比べ物にならない成長に、リンフィアは驚いていた。
「真似っこだけどね。本当は一個の力に頼るのってあんまし良くないらしいけど、私の場合はこれだけ鍛えてたらいいってラクレーちゃん先生が。これだけ鍛えれば………………あの、あれするから」
「………【再現】は応用がいくらでも効くから。使い慣れさせて、基礎的な身体能力を上げればコトハは勝手に強くなる。神威も身についたしね」
「だって」
「なるほど」
と、ラクレーの方を見てリンフィアは頷いていた。
「じゃ、尋問は俺と師匠でやっておくから、みんなあとは休んでていいよ」
「あ、それなら私も………」
「いいよ、リンフィアちゃん。君はちょっと休んでたほうがいい。俺は今日何もしてないから」
言葉を出そうとしたが、リンフィアはグッと堪えた。
妙な言葉の圧に、なんとなくそうした方が蓮のためになるのだと、リンフィアは思ったのだ。
「じゃあ、お言葉に甘えますよ」
「うん、じゃあ後で」
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そして数分後。
蓮は別室にいた。
そこは、血まみれの部屋だった。
みなで言わずとも、この風景が、部屋の用途と過去をもの語っている。
「貧乏くじね」
「そうでも無いですよ。こう言うの向いてるって自覚がある以上、やってる方が慰めになりますから」
「やらないといけない事をやってる、って?」
「そんな感じです」
これから尋問するとは思えないような柔らかい笑みで、蓮はラクレーにそう返した。
「(そう、向いてる。敵にだけ残忍なケンのやつでも、俺ほどは向いていない。俺は、やるべきと思えば、敵と確定していなかろうとも躊躇はない) 疑わしきは罰する。その罪は、ちゃんと背負いますよ」
小さく頃を漏らすロロロ。
次第に蓮の目つきは変わる。
「ここからは、こいつ次第ですけどね」




