第1496話
軽々しく口にしたその“死”は、その軽さとは裏腹に、どこまでも実感が伴っていた。
あまりにも重いその殺気は、平和な現代人であれば、浴びるだけで鼓動を止めてしまいそうなほどの強さを持っていた。
以前ならば、彼ら勇者達は耐えられなかっただろう。
そう、以前ならば。
「みんな、いつものだ!!」
「「「了解!!」」」
颯太の掛け声に合わせ、優、七海、涼子、美咲の3人は即座に散った。
ロロロの四方を囲うように離れた4人に対し、颯太1人がロロロに対面していた。
そして、
「速攻行くぞ!!」
声と共に、颯太は地面を蹴った。
加速の固有スキルは、颯太の体感時間を加速させ、全ての動作と思考を加速させる。
鍛え上げた超人的速度で、颯太はロロロの周囲を駆け回っていた。
これは結界。
縦横無尽に駆け回ることで、己を壁とする。
ほう、と。
ロロロはその意図を瞬時に察し、拳を握る—————————その刹那
「!!」
鋭い剣の雨が飛来する。
縦横無尽の速度の壁をすり抜け、正確に、止めどなく。
しかしロロロは軽々躱す、が、手は出なかった。
最後から迫る、見えない刃への防御に手を回していたのだ。
『右、6cm。その後2m左方に移動しつつ、60度回転。視線を下に7度傾け、その正面に3発』
優の【超鑑定】によって算出された位置に、見えない武器を投げ込むのは、【透過】を持つ涼子。
透過の能力は、存在の透過。
涼子が意識をしていない相手は、涼子を認識できない。
つまり、敵を意識すれば透明なまま攻撃は出てきない。
故に、ナビゲーターとして、優が超鑑定を使っているのだ。
意識なく放たれるその刃は、接近によって気配を察知しなければ防げない。
怒涛の攻撃、止まない不意打ちと壁の前で、ロロロは、
「ハハァ、これはこれは………中々に」
—————————するり、と。
「「「!?」」」
ロロロはその檻から、すり抜けるように脱出を果たしていた。
「! 腕に傷………けど、」
歯噛みする七海。
切り札で付けられたのは、精々腕への傷が一つ。
しかし、ロロロはむしろそのことに驚嘆していた。
「いえ、正直に申し上げましょう。これはなかなかに想像以上です。代理となる国を倒して力を吸収することがなかったというのに、ここまでやるとは」
「チッ………もう一度—————————」
加速………再び駆け回ること1秒。
その1秒でも、颯太はロロロから大きく離れる事が出来た、筈だと思考する。
しかし、そのイメージは現実と乖離する。
信じ難いもの、余裕な顔で並走しているロロロの姿を前に、颯太は唖然としていた。
「シンプルかついい力です。しかし地力不足故に加速したとてこの程度。獣人は特別な能力はない代わりに、究極の身体能力を持つ。シンプル故に強い」
攻撃がくる。
すぐに理解した。
だが肝心のその攻撃、拳は見えなかった。
1番の得意であり、唯一突出した速度で劣ると悟った颯太は、身体を固まらせてしまった。
自信が瓦解する。
そして、思い出す。
「諦め癖、まだ治ってないね。お仕置き追加で」
「な………に—————————」
見えなかったロロロの拳を掴み、ぴくりとも動かさないようその腕を止めるラクレーの姿を見て、思い出す。
自分の得意は速さ。
でも、それすらも、1番ではないのだと。
(馬鹿な………私が身体能力で劣るなど………!?)
「戦闘は体力、思考、センス、技術、運、全ての総合力で行うもの。極振りはこだわりじゃない。妥協だよ」
「こっ、この………言わせておけば………っ」
よりネズミらしく、獣の血をたぎらせ、姿を変えていく。
何もかもが強化される。
なのに、腕は依然動かない。
「この前の戦争であたしは思い知った。まだ足りない。力が? 魔力が? 技術が? いいや、全てが。だから極める。全てを極める。あたしは何も妥協しない」
「っ………………」
手の甲の呪印が輝く。
ルーテンブルクとミラトニアとの奇跡の混合児、天人。
リンフィアは知っている。
その力がいかに強力かということを。
しかし、それでも理解できていなかった。
この力が、どれほどまでに強いものかという事を。
「もういいね?」
「ダメです。貴重な情報源だから生かしといて下さい」
「そう」
「あ」
あっさりと、ラクレーは手を離した。
正面から弟子にダメと言われ、少し拗ねたようにそっぽを向くラクレーを見て、蓮はやれやれと頭を振った。
「すみませんでした師匠。だから機嫌直してくださいよ」
「もう好きにしていいよ」
「じゃ、私が捕まえときますねー」
と、前に出たのは、なんと琴葉だった。
リンフィアはつい、手を伸ばそうとしたが、見透かしていた琴葉は、手のひらをリンフィアに向け、にこりと笑った。
「見てて、私の成長」