第145話
「………」
デュラハンは馬から降りると、蓮を真っ直ぐに見据え、剣を抜いた。
「なるほど………首がなくても騎士って事かな」
馬に乗ってないならありがたい。
こちらも可能なら1人対1人の一騎打ちの方が戦いやすいのだ。
「………………!」
デュラハンは凄まじい闘気の混ざった魔力を蓮にぶつけてきた。
「ぐ………この感じだとやっぱり、強いな」
蓮はデュラハンと正面から向き合って改めてそう思った。
その立ち居振る舞いがモンスターとは思えない。
尊敬に値する程だ。
デュラハンというモンスターは、とある条件下で低確率で発生するモンスターだ。
特殊なモンスターの発生にはこのように条件の付く場合がある。
強い意志を持った戦士が死んで、その魔力が混ざることでデュラハンが生まれる。
霊のようなものだ。
その念はデュラハンの糧となり、これを強者たらしめる。
つまり相手は、ただのモンスターとは違い、圧倒的身体能力を得た戦士の亡霊だ。
ほかのSランクモンスターと比べてもその違いは大きい。
当然一筋縄ではいかないだろう。
「………真っ向勝負では絶対に勝てない。力でいくな。技で戦え」
蓮はそう呟いて己を戒めた。
蓮は剣を構え、精神を集中させた。
「ふぅーっ…………」
しばらく、その状態が続いた。
剣を構えてじっとその時を待つ。
そして、それは訪れた。
「………ハァッ!!」
蓮はデュラハンの間合いのギリギリ外まで走って行った。
「………………ッッ!!!」
その距離まで行くと、デュラハンは一歩踏み出して蓮に攻撃した。
蓮はその太刀筋を大体予測し、なるべく最小限の動きで三発の攻撃を避けた後、懐に入り、剣を突き刺した。
「フッ!」
「………」
デュラハンは刀身を持ってきて、突きを防ぎ、するっと懐に入り込む。
すると、お返しだと言わんばかりに蓮の喉元をめがけて剣を突いた。
「………っと!」
蓮はスッと首を倒し、斬られないようにガードし、上から押さえつけた。
「ぐっ………!」
「………」
鍔迫り合いになったが、これでは押し負けるので、少し工夫をする。
「っあ!」
「………!」
蓮の体勢が崩れ、地面に倒れていく。
すかさずデュラハンが蓮の首を狙って剣を振った。
その瞬間だった。
「このタイミングッ!!!」
蓮は足をデュラハンに当て、『逆転』を使用。
「取ったァァアア!!!」
そのまま剣を振る蓮。
デュラハンには首がないので角度を変え、肩を斬り込むことにした。
しかし、
「なっ………」
蓮が『逆転』を使うために当てていた足を軸にして回転し、そのまま背後に回るデュラハン。
連続で『逆転』は使えない。
だから、相手の攻撃を予測する。
ポジション、現在の剣の位置、体の動き、
それらから推測し、完全に勘頼りで攻撃を防ぐ。
「ここかッ!!」
蓮は体を浮かし、わざと弾き飛ばされ、距離をとった。
地面に手を当ててブレーキをかけ、すぐに立ち上がる蓮。
「ハァ、ハァ………痛ッ………ハハ、死ぬかと思った………」
蓮はすでに体力をギリギリまで削ってしまった。
しかし、デュラハンにはそのような様子は見られない。
「余裕ってことかな………無茶苦茶だなぁ、モンスターっての…………わっ!!」
デュラハンがもうすぐ目の前まで来ていた。
蓮は横に体を捌き、カウンターを狙った。
「セェアッ!!」
デュラハンは正面でそれを受け止め、すぐさま攻撃に転じ、そのまましばらく斬り合った。
「速いッ………!」
蓮は出来るだけ無駄を省いて何とか食らいついている。
攻撃は躱すのを主として、まともに受け止めることだけはしないよう注意を払っている。
「………」
「う、おおおおおおおお!!!!」
訓練でも出したことの無いような速度で攻防を行う蓮。
しかしそれは体に多大なるダメージを残すことになった。
そして、限界は唐突に訪れた。
「っ!?」
一瞬の硬直。
本当に一瞬、動きが完全に停止した。
デュラハンはその隙を逃すわけがなく、蓮の胸元に一撃を加え、そのまま吹き飛ばした。
「ぐぁあッ!」
その先の岩に叩きつけられ、傷口や口から大量の血をこぼした。
「ごふッ………………!」
ズルズルと岩を滑り落ちていく。
「あー………失敗したなぁ。俺ともあろう者がペース配分を忘れて負ける何て最低だ………くそっ」
デュラハンはゆっくりと近づいてくる。
蓮の目の前まで行き、すぅーっと剣を振り上げた。
「俺はここで死ぬのか………?」
『絶ッッッッ対に! 生きて帰りなさいッッ!! 約束ですわ!!』
「っ………………!!!」
フィリアの言葉が頭に浮かんだ。
蓮は奥歯を噛みしめ、剣を握り込んだ。
「………違う。まだだ。約束を守らないと………殿下が………フィリア様が………!」
蓮はデュラハンの一撃を受け止めた。
本来は全力の状態の蓮でも受け止めきれない一撃だった。
しかし、それを満身創痍の蓮が何故か受け止めた。
『逆転』
SSSのスキルの効果が、ただ単に力の方向の逆転や位置の逆転というものだけのはずが無かった。
これは、結果の逆転。
押し負けるという結果そのものを逆転させた。
そして、
「ああああああああああ!!!!」
蓮はデュラハンの腕を切り落とした。
全ての力を使い果たした蓮は、膝から崩れ落ちそのまま倒れ込んだ。
「………!」
デュラハンは蓮を見つめた。
首のない騎士が、畏敬の念を込めた視線を蓮に送っている。
「俺は………約束を………」
デュラハンは飛んでいった腕から剣を離し、もう一本の手で剣を握った。
そして、今度こそ蓮に一撃を、与えようと剣を振るった。
「………」
その剣が蓮を斬ることはなかった。
ある人物が剣を受け止めたのである。
「あ………だ、れ………?」
「………ラクレー」
蓮は、自分より小柄な少女がそう答えたのを、消えそうな意識でギリギリ聞き取った。
そして、信じられないものを目にしている。
自分がまともに受けきれなかった一撃をよそ見をしながら片手で平然と受けている。
「君、弱いけど、剣の腕はすごいね。潜在能力はあたしと同等かもしれない」
ラクレーは剣をスッと離すと、デュラハンの腹部を蹴り、数十メートル吹き飛ばした。
「な、ぁ………………!」
そして、
「おやすみ」
ラクレーは一気に距離を詰め、デュラハンを跡形もなく切り刻んだ。
蓮は思わず見惚れた。
傷は深い。
意識は朦朧としている。
それでも、あの美しい太刀筋を忘れられそうもない。
ラクレーは蓮のところまでやってきた。
「死ぬには惜しいね。君、名前は?」
「蓮………」
「そう………もし、強くなりたいと思ったらあたしを探してみてよ。剣を教えてあげる」
ラクレーはポーションを蓮に与えると、どこかへと去って行った。




