第1493話
行き道は終始暗い雰囲気だった………ということは無く、むしろマイペースなラクレーにリンフィアは少しほっとしていた。
「てんちょー特製のクッキー。たべる?」
「いいんですか?」
「いいよ。あげる。一個だけね」
「あ、ありがとうございます」
一つをリンフィアの口に放ると、後は抱えられたままバクバクとクッキーを幸せそうに頬張っていた。
しかし、これも不器用ながらラクレーの気遣いだとはリンフィアもわかっていた。
まぁ、運ばれておきながらクッキーを食べて顎で指示出すのは流石の図太さだとリンフィアも思ってはいるが。
「んぐんぐ………そこ右だね。それにしても、また強くなった?」
「はい。妖精界でも色々あったので、みんな強くなりましたよ。多分ラビちゃんとミレアちゃんは、成長で言えば私よりうんと伸びたと思います」
「ふぅん、いいね。あたしそろそろ、アンタたちとも戦って見たかったんだよね」
と、そう言っているラクレーの魔力は、以前よりさらに高まっていた。
ルナラージャとの戦争で、ラクレーも非力を感じていたのだ。
国内最高の剣技に加え、天人。
彼女も特別だったが、戦争末期のリンフィアにはやや劣っていた。
しかし、今ではわからないと、そう思うくらいに急激に力を増していた。
「ラクレーさんも随分鍛えたんですね」
「まぁね。………ファルグやギルの仇、取りたいから。ユースルにも借りを返さなきゃだし」
ラクレーの下女だったレイ・ルイの師匠にして、学院の教師、そして自身もまたラクレーの部下であったファルグは、先の戦争で、口にした事を現実にする固有スキルを持った異世界人、王条に殺された。
同じく三帝の1人である、【万宝】ギルファルドを殺したのも、今王条同様に、魔界の勢力にいる。
そして、ラクレーの実の弟であるユースルも、魔界のために働き、主神を切り替えた事で生存し、今は敵となっている。
この先迎える戦いに、ラクレーはどこまでも前向きになっていた。
「あ、ついたよ。レジスタンス本部」
「はーい………………………え?」
今、聞き流し難い名称をサラッと流され、リンフィアはつい聞き返してしまった。
そして相手はラクレー。
察しが悪く、何に首を傾げられたのか、数秒かかって、返事をした。
「今ミラトニア、崩壊の危機だから」
「ぇ、え—————————」
混乱は、余計に深まるばかりであった。
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「おぉお………………こ、こんなのが地下に………」
小さな仕掛け扉を潜り、地下へ。
どんなものかと思いやって来たそこは、驚いた事に小さな街になっていた。
道は整備され、花壇や水路までついている石造りの地下街。
小綺麗な煉瓦造りの家の並ぶ景観は、なかなかに見応えがあった。
「ギルが放置してた地下リゾート地を、ケンが引き継いで一瞬で作ったらしいよ」
「通りで景観が馬鹿みたいに凝ってると………」
「案外ズバッというね、リンフィアちゃん」
と、懐かしい声が聞こえて来た。
振り向くと、そこには美少年が立っていた。
「やぁ、しばらく振り」
「レンくん! お久しぶりです………って」
と、挨拶をしてすぐ、蓮の変化にも気づいた。
いや、気付かされたと言うべきだろう。
何せ、ラクレー以上の成長を、その魔力から感じ取ったのだから。
「その神威………お互い、力をつけたみたいだ」
「神威まで………………レンくん、状況はどうなってるんですか?」
「拠点にはみんないるから、行き道に話すよ。ほら師匠、クッキーばっか食べてないで行きますよ」
「んぐんぐ」
見慣れた日常の光景。
相変わらず、ラクレーに手をやている様子を見て、リンフィアはどこかほっとしていた。
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「そんな………獣人界が!?」
獣人界の消滅。
そのニュースは、初っ端から聞くにはあまりに重かった。
しかし、悪いニュースはそれだけにとどまらない。
「獣人界どころじゃない。今やこの世界に残る国は、代理戦争のせいでミラトニアとエヴィリアルだけだよ」
「え………!? 魔界の他の国々は………!?」
「エヴィリアルに合併されたか、消されたか………いずれにしても、先日の獣人界陥落一報以降、彼らの狙いはこの国に集中した。そして………………ここにいる人以外の人間は、一夜にして洗脳を受けた」
「洗脳って………………まさか、固有スキル!?」
蓮は黙ってその問いに頷いた。
「助かったのは、逆転の固有スキルを持った俺と、俺のスキル効果を受けた数人だけ。その後も少しずつ、俺のスキルを使って洗脳状態からの逆転を図ってるけど………この通りだよ」
この通りだと手を向けられた街は、確かに閑散としていた。
これだけの大施設なのにまるで人の声が聞こえてこなかったのは、そのせいだったのだ。
洗脳………そう聞いて、真っ先に思い浮かんだのは、先刻のニールだった。
「じゃあ、ニールも………」
「! ニールさんにも会ったの?」
「はい。多分、その洗脳を受けてました」
「くそっ………………俺が向かっていれば………」
剣の柄を握りしめ、蓮は悔しそうにそう言った。
この不運すらも、何か悪い方に向かっていると思ってしまいそうなくらい、状況は芳しくなかった。
次第に空気は重くなり、蓮も黙り込んでしまった。
しかし、
「よかった。みんな生きてるなら、何とかなりそうですね」
むしろリンフィアは、ホッとした様子だった。
意外な反応に目を丸くする蓮だが、決して俯かないリンフィアの顔を見て、いつの間にか笑っていた。
「………はは、流石はアイツの選んだ子だ………っと、ここだ」
「ここが………」
「そう、うちの本、ぶっ—————————」
横にすっ飛んでいく蓮を、リンフィアは唖然と見ていた。
とはいえ、これもまた懐かしい光景。
倒れている蓮にしがみついている彼女、フィリアを見て、リンフィアはどこか肩の力が抜けてしまった。
「レン!! お出かけするなら私に言ってくださいと日頃から………あら? あらあら!?」
「お久しぶりです、フィリアちゃん」