第1490話
「へ、へへ………金髪の奴、人の身体好き勝手ボロボロにしやがって………後で、文句言ってやる………」
「もう………っ、勝ったつもり………?」
「お前も………わかってんだろ? 目も耳も、もうろくに使えねぇ………でも、アイツイカれてっから、そっからでも動けるんだ。どうなれば、どっちが勝つかははっきりしてんだろ」
「!」
膝に手を突き、先に立ち上がったのはコウヤだった。
カラサワは、ただただギョッとしていた。
戦いに対する意地もあるだろう。
負けず嫌いは、兄にも言える事だった。
そうなるふうに作ったのだ。
でも、戦っていてそれ以上に伝わってくるのは、生き残ることへの必死さだった。
この生への渇望は、カラサワの知らないもの。
そして今、互角という状況において、その底力は、とても恐ろしいものに思えた。
「なッ………なんでそうまでして生きようとする!! 作り物風情の君が!!」
時間稼ぎ、苦し紛れにやっと吐いた言葉はそれだった。
しかし、それは存外深くコウヤにも突き刺さった。
何故、何故か。
確かに、本来の役割を捨ててまで、何故そんなに生きたいのか。
高尚な理由はない。
でもそれは、深く考えずとも出てくる、確かなものであった。
「………死にたくない」
「………?」
「みんなと別れるのが怖い、俺が消えるのが怖い、この先待っている、アイツらとの未来を………手放しくない。だから………」
「僕を、殺しても………?」
「………………生みの親の、お前を殺してでも。俺は、生きたい!! 作りもんでも、まがいもんでも、誰でも生きてりゃ、生きたくなる!! だから生きるんだ!!」
もう、迷いはなかった。
原点なんてものを考えたことがある。
記憶がはっきりしなかったせいだろう。
自分は何なのか、彼はそれを知りたかったのだ。
でも、間違っていた。
例え記憶がどうであろうとも、今が無駄になるわけじゃない。
過去は捨てられるものではないのは確かだが、それが全てではない。
大事なのは、今何者なのか。
何者でもない者などいない。
あの時、クローンという過去を持っていたとしても、あの時のコウヤは間違いなく、『皆んなの仲間で、お調子もののコウヤ』だった。
それでよかった。
そしてそれが、生きる理由だった。
紛い物だろうとも、今に生きる理由がある限り、それに従い生きるのみ。
もはやそれが揺らぐことはなかった。
「………」
だったら、自分は?
カラサワはそう考えた。
生きる理由だった兄はもういない。
だから、理由の方を作ろうとした。
何年もかけ、何人も犠牲にして、そしてここまで来た。
その先はきっと幸福だ。
だからコウヤを手放すわけにはいかない。
そう思ってふと、コウヤを見る。
これは誰だ?
これは兄なのか?
自分は兄を作れたのか?
………………作ったとて、それは兄なのか?
その疑問は、頭の片隅にずっと置いていた。
でも今、答えは見える。
見えてしまう。
彼は、コウヤだった。
「ぁ………」
ここにはもう、生きる理由はなかった。
—————————誰のせい?
「ッ!?」
コウヤに触れ続けたせいで、真実を見てしまったカラサワ同様に、触れているコウヤもまた、そのカラサワの悍ましい感情が流れ込んできていた。
あくまでぼんやりと。
しかしだからこそ、その薄さでもはっきり伝わる負の感情は、脅威であった。
ただ、憎悪。
そして、死の渇望。
向く矛先は、ヒジリケン。
自分の全てを奪い、台無しにしたケン諸共破滅に引きずり込もうと、既にカラサワは立つことを諦めていた。
簡単な話だった。
この世界を、消せばいい。
そうすれば全ては崩壊し、瞬く間に皆死ぬ。
それしかないことを知っていた。
「………」
コウヤがふと目にしたのは、ケンから投げられた、手袋の片割れ。
ここは精神世界。
実物ではない。
でも、これを渡された時、正気ではなかったけれど、コウヤは確かに、心が踊った。
対等になれた気がした。
これを見て、少しだけ満足した。
その選択に、迷いなどなかった。
「………………………死にたく、ねぇ。でも、お前らが死んだら、意味ないだろ—————————」
神威は渦巻き、身体へと—————————
——————————————————————————————
ずぶり、と。
一瞬のことだった。
カラサワが痛覚遮断を解除したと思ったら、手に嫌な感触があった。
俺ももう、視界はぼやけている。
とはいえまだ戦闘中。
解くわけにはいかない、のに、
「 」
俺の中の何かが背中を押し、俺は躊躇なく毒を消し、視界はクリアになった。
見たくないものが、そこにあった。
「………………………………」
思考が、破綻する。
何をするべき、何をしたい、何がどうなった、
何も分からない。
何故、何、
俺、は
「…………大丈夫」
その声で、俺は戻ってきた。
コウヤだ。
コウヤの声だ。
早く、助けないと。
剣が突き刺しているのは心臓。
対処はそこからすればいい。
クリアになった思考はスムーズにその後すべき行動を計算した。
………もう一度した。
また、何度も。
続けた。
しなおした。
納得しなかった。
やり続けた。
認めなかった。
何度も、繰り返し、俺が求める結果が出るまで。
「いいんだ」
弱々しく、背中を叩かれる。
良いはずがない。
『助けなれない』なんて計算、認められるわけがない。
きっと故障だ。
弱ってるから、頭が馬鹿になってるだけだ。
視界だってまだ、
「もう良いから、泣くな………」
「え………?」
いつぶりだろうか。
俺は、枯れたと思ったものを、取り戻していた。
止まらなかった。
それが何か嫌だった。
まるで、俺が認めてるみたいで、すごく、怖かった。
「お、おれ、っ………俺、何………」
「“お前が”やったんじゃない。俺も自分で、こうしたんだ。俺たちが、倒したんだ………」
違う。
倒してない、倒したくない。
俺が刺してるのは、コウヤだ。
それが倒れたなんて、あって良いわけない。
「ケン」
俺の肩を掴むその手は、力強かった。
もう死ぬとは思えないくらい。
だから少し安心して、俺は黙ってその目を見れた。
「約束しろ。俺みたいに、間違えんな。お前は俺に勝った男なんだから、俺よりずっと凄い奴になれ。例えこんな状況になっても、生きて全部救える奴になって、その先の景色を、いつか俺に語ってくれよ」
それは、いつか俺が投げつけた白の手袋と対になる黒い手袋。
決闘の証。
形はどうだろうと、それは勝負だった。
コウヤは俺に、勝負を挑んだのだ。
「………約束する」
「へへ………………それでこ、そ………金髪………」
「ぁ、ぁあ………っ」
力が抜け、俺の肩にもたれ掛かる。
すぐ側なのに、その息遣いはどんどんと聞こえなくなっていく。
「金、ろーるちゃん………銀髪ちゃんと仲直り、出来た………かなぁ………」
「っ………ああ、もう大丈夫だ」
「そっかぁ………極道ぼ、ずたち………手伝って、やれなくて………悪いなぁ………」
「違う、お前も………お前も一緒に魔界を………!!」
「でも、じゆー………人も、おじょう、様も、ようせ、たち………みんな、たすけ………れた………へ、へへ………上出来、だ」
駄目だ。
やめろ、居なくなるな。
お前も、愛菜みたいに………お袋みたいに………!!
「迷路、ちゃん………青髪………ちゃん………………いっしょ、また………………ぼうけ、した………かった」
「おい、おい、しっかりしろよ!! まだ諦めんなッ! 生きろよ!! 生きろ!!」
手が、消える。
指先から、葉になっていく。
止まれ、震え。
心臓も、息も、何こいつが死ぬみたいなことなってんだよ。
止まれよ。
受け入れてんじゃねぇよ。
俺は、
「俺、は………きん、ぱつ………おれ………」
受け入れたくない。
でも、見送らないといけない。
だから、今、言葉すら出せない俺の親友に、俺は、その先を答えた。
「お前は、俺の相棒だ!! これまでも、これからも!! ずっと俺の相棒だ!!」
「………………」
最期に、俺の手を握った。
全部聞いて、コウヤは握った。
崩れていく。
葉が、空へ飛んでいく。
「ぁ、はっ、は………やめろ!! やめてくれ!!!」
崩れていく身体を、ボロボロになった身体で必死にかけ集めた。
全部掴んだ。
飛ばないように、なくならないように。
みっともなく、俺はかき集めた。
「いくな………俺を置いていくなよ!!」
もう、この腕には何もなかった。
必死にかきあつめたそれは、何も言わなかった。
「ぅ、う………くッ…………ぅ、ぐ…………ぅぅっぁあああああああああああああっ—————————!!!!!!!」
かつて、一生分流したと思った時と同じくらい、俺は声をあげて泣いた。
声が枯れるまで、俺の慟哭は、どこかに届かせようと必死に、終わりゆく世界に響き渡った。




