第1489話
前回、この力を使った時、俺の意識はなかった。
意思をもこの力に委ね、雑念を消すことでなんとか使える程度だった。
だから少し不安だったが、安心した。
どうやら、この力は俺を認めてくれたらしい。
「背中の輪っかはちょっと派手過ぎると思うけどな」
「っ………この神威………君は本当に、ただの特異点なの?」
「さぁね。一応俺の親父は、ここ出身の神、らしいぜ?」
冗談、と一瞬惚けた顔を見せるが、しかし納得した様子だった。
突拍子もない話だと思うが、この輪っかはそれを信じるだけの力を確かに放っていた。
神の子………あのクソの子というのは気に食わんが、これをくれたあの過去の“シューメイ”の後継者だというのなら、そう悪くはない。
「多分ここで終わりだからな、言っとくぞ、コウヤ」
「は?」
「俺はもう、王手をかけてるぞ—————————」
その瞬間、カラサワの右腕が弾け飛んだ。
全身を含む広範囲の空間を指定した消滅させようとしたのだが、流石ここの神。
書き換えを瞬時に無効にしやがった。
「ぅぃ、いぎッ………こッ………の………………反則野郎め!!」
「ぅおっ!?」
我ながら間抜けな声だったと思う。
痛みがあるが、いい加減慣れてしまったのだろう。
先に出たのは驚きだった。
今の攻撃………いや、今のは空間転移を利用して、俺の足のある空間のみを別空間に移動させたのだ。
流石に、油断できない。
だが、これも結局小手調べ。
次のタイミングで、恐らく一気に全てが始まる。
長い戦いが終わる。
「「——————————————————」」
読み合い、ではなくこれは準備だった。
奇しくも準備は同時に終わり、同じタイミングで転移のため姿を消した俺たちは、
「「ッッ!!!」」
数秒後、その中央で、拳をぶつけ合った。
飛び道具も、激しい剣戟もない。
お互いの能力を衝突させた。
そして、
「「っ………………」」
力は、全くの互角。
つくづく、嫌になる。
「試合続行ってことで………ほいっと」
「!」
地面から足が離れて、浮遊感に全身が包まれた。
天地逆転。
周辺の重力を反転させる改変を加えたことで、俺たちは青空へと落ちていった。
しかし、驚きは一瞬。
カラサワは即座に姿勢を取り、拳を大きく振り上げた。
すると、巨大化したカラサワの拳が俺を叩きつけ、地面へ真っ逆さま。
どうやら、フェアリアはご丁寧に大気圏まで作っていたらしい。
「今更だけど、ファンタジーなことするな、俺」
見上げれば闇の世界、体が凍りつくなか、反転を解除。
隕石を用意しつつ、雲の上で悠々と歩いているカラサワを視認。
改変を開始する。
雲に質量を持たせ、金属化させ、それらは一斉にカラサワへと牙を向いた。
こんなもの、と手をかざし、真正面から受け止めようとし、ふと—————————
「ィ!?」
背筋を伝う冷たいものが、本能を刺激し、カラサワは突き飛ばすように手を払い、首を傾けて一撃を交わした。
『触れたものを融解する』
その特性を見破ったかは定かではないが、カラサワは反射的に身を翻し、雲の一撃を回避したのだ。
「威力増強、出現魔法数3000」
「対応、追撃」
「「射出」」
連続して魔法を射出、しかしカラサワも即座に魔法具を持った分身を作り、対応してきた。
頭上では絶えず魔法が敵を狙って放たれ、また敵からもどんどん射出されていた。
にしても、滑稽なものだ。
力一つで状況が変わる。
運命を変えられる。
俺みたいなのがいるのに、何故この力が妖精たちに与えられなかったのだろうか。
「………」
「っ………何笑ってるんだ」
空間の揺らぎを察知、座標を指定し、手を向ける。
意味はない。
しかし、精神的に手を向けるという行為はやはり有効だ。
力の向くべき方向を、視覚的に決められる。
「おーおー勘違いしてんな」
「!?」
ただ一度、振りかざすだけで、ほんの一瞬空を、大地を覆っていた力は消え去った。
「慌てんなよ。でも、こっからは俺が仕切る」
「っ………ぐぅ、っ!?」
そして、今度は俺が放った力が、フェアリアを覆った。
絶えず襲う激痛に、俺も小さく汗を滴らせる。
しかし、必要な痛みだ。
拳を握り、痛みに耐えながら、俺は力を使い続けた。
「何を………した………!?」
「すべての地域に、常時状態異常ダメージと激痛を与える毒性を付与、って言ったらゲームっぽいか?」
「馬鹿な、そんなことをすれば、君やあのおばあさんもそのダメージが………!!」
「安心しろ。婆さんにはこの毒の抗体をくれてやってる。後は何も考えず毒撒けばいい話だ。ちなみに解毒は無意味だぞ。お前が力を使うためあれこれ計算してるうちにも、この空間は更新され続ける。上書きは不可能だ」
「正気じゃない………」
「お前を倒すためだ」
喋るたび、内臓が軋む感覚がわかる。
気分は最悪、だが最高だ。
これでやっと、こいつを倒せる。
しかし、ただ我慢比べをするつもりもない。
ちんたら待つ必要はない。
ここで倒し切る。
今度こそ。
「それでも、勝つのは僕だ」
「だったら手ェ動かせよ。お前を斬っちまう前にな!!」
賢い戦い方をする余裕はなかった。
こちらは毒を維持するのに力を使いっぱなし、向こうは慣れない痛みに耐え切れず、遮断するのに力を使いっぱなし。
魔法も神威もない。
純粋な肉弾戦が、この戦いの幕引きとなろうとしていた。
「「うぅうぉぁあああああああああああッッ!!!」」
ガードはしない。
致命傷のみを避け、体術混じりに斬りかかる。
首への一振りを鍔で受け、押し除けると同時に斬り下ろす。
しかし浅い。
左前方へ身体を屈ませ、足元に入り込んだカラサワは、武器を短剣に変えて素早く脇腹に切り掛かった。
が、
「!?」
膝と肘で刃を受け止めそのまま反対の脚で蹴り飛ばし、追撃。
仕留める、と渾身の力を込め、倒れているところに振り下す—————————が、寝返りをうちながら、切り替えた大剣が地面ごと斬り上げて来た。
流石に大剣と片手剣とでは力負けし、俺はそのまま宙へ打ち上げられた。
飛行は出来ない。
毒が解除される。
どうするか………いや、問題ない
「ハッ、誤ったな、っぁ………あ?」
状態異常確認、視界の狭窄。
筋肉の硬化。
そうだろう。
痛みを遮断している以上、異変には気づきにくいものだ。
神経に及ぼしているダメージの加減を、奴は把握できていないだろう。
「さて、そろそろか?」
「ぁ、ぁああが、ァ………ぅぁああァアアアッッ!!!?」
パニックから、能力の使用を中断してしまい、痛覚が戻ったのだろう。
今の状態をまともに感覚として受け取るのは、恐らくだいぶ辛いはずだ。
今のうち、斬り込ませてもらう。
「ふゥッッ!!!………………!?」
と、まずは腕から切断しようとした瞬間、目が合った。
怒りと、生気に満ちた目だ。
そして気づくと、剣は空を斬っていた。
なるほど。
どうせ痛むのなら、回避のために空間転移をしたというわけか。
思った以上に、しぶとい。
「ゲホッ………ああ、クソッ………」
視界の歪みが凄まじい。
吐いた血の色が七色に見える。
こちらも、思った以上に消耗が激しい。
まぁ、向こうも同じらしいが。
「ハァ………ハァ………………」
「中々やるじゃねぇか、カラサワ」
「ハハハ………いい加減、君も倒れればいいのに………」
「倒れねぇさ………………やっと、お前の死に顔拝められるんだ………だからとっとと、くたばっちまえぇッッ!!!」
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本体がどれだけ瀕死であろうとも、精神世界にいる魂が傷つくわけではない。影響があるのは、本体が死んだ時だけだ
だが、こちら側ももう、満身創痍であった。
両者共に膝を突き、武器すら落として息を切らしている。
いつ倒れてもおかしくないほどに、消耗しきっていた。