第1488話
「………」
怒りがあった。
何十年もかけてようやく辿りついた夢の成就を壊された、底なしの怒りだ。
しかし、同じくらい懐かしさもあった。
ゲームを作ろうとしていたんだ。
当然、ゲームをしたことだってある。
カラサワは、兄とはよく対戦ゲームをしたものだ。
腕前は互角。
大体兄が勝ち進め、天狗になっているところで、カラサワが逆転する。
そして焦った兄が取り返すの繰り返し。
そんな、日常の一コマを、こんな命のやり取りの合間に思い返すと言うのは奇妙な話だが、しかしカラサワは、コウヤに兄の姿を見ていた。
「………いい加減、諦めろよ」
「あ?」
「頼むから、もうこれ以上、僕の邪魔をしないでくれ!!」
半狂乱になりながら、怒り任せの猛攻を仕掛けてきた。
隙が広がっているのがわかる。
それだけに重い。
だが、カラサワへは、不思議と情は湧かなかった。
「そう思うなら、奪うべきじゃなかったな」
「!」
カラサワの剣が上へと跳ね飛ばされる。
丸腰になったカラサワの首にコウヤは剣を近づけ、怒りのままに告げた。
「お前の邪魔をしてんのは、お前だよ」
「ッッ………………!!」
「!」
懐に入られ、剣を振るスペースを失ったコウヤは、カラサワを振りはらい、距離をとった。
一瞬の油断のだった。
再びカラサワは剣を取り、状況は再び睨み合いに戻る。
しかし、タダでは戻らなかった。
「っつつ、折角のチャンス、流石にパーにはしねぇよ」
「くっ………」
左目を抑えるカラサワの手から、滴っていた。
傷ついた眼球は、既に僅かにしか像を写さない。
使い物にはならなかった。
「ぶっ殺すって言ったはずだ。俺はやる時はやるぜ?」
「………結局長々と説得した僕が甘かった………………ここは精神世界だ。傷つけたところでそうそう死なない。だからもう、標本にしてあげるよ、コウヤァア!!!」
同じような怒声。
しかし、今度も剣には理があった。
怒り任せではない。
その怒りを確実に成就するための、攻撃だった。
「どうせヒジリケンは死ぬ!! そうすれば、外の連中はみな僕の言うことを聞くほかないんだ!! アテが外れたな」
「さぁどうだろうな。俺はどうも、あいつが負けるってのが想像つかない」
—————————なぁそうだろう、金髪
そう、何処かへと問いかける。
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最強かどうかは知らない。
でも、負けないことは知っていた。
奇跡を起こす男なのだと、コウヤは信じている。
そしてそれはコウヤだけではない。
「………期待を、想いを背負うってのは、案外重たいもんでさ」
「は?」
「その重さが、1人だと何処かへ行っちまいそうな俺を、ここに押さえつけてくれるんだ。俺は居ていいんだって、思わせてくれるんだ」
「何を言っているんだ?」
わからないだろう。
こいつはずっと孤独だった。
いかに大きな組織を作ろうと、クローンを作ろうと、それは決してカラサワの孤独を埋めはしない。
ただ他人が近くに居合わせているだけ。
だからわからないのだ。
「コウヤが腐ってないのも同じだ。あいつにも、そう言う自分を見てくれる奴がいた。そしてきっと、その中には死んじまった奴もいる…………死んでなお、そいつに恥じないようにしてる」
ここまでいっても惚けるのなら、はっきり言ってやろう。
「お前は、兄貴に恥じない生き方が出来てるか?」
「………………」
「だから俺は、お前を否定する。ここで、終わらせる」
地面に手をつき、神威を引き出す。
たった今、エルの通信が入った。
どうやら、戦いは終わったらしい。
これでようやく、外が使える。
外を、壊してもいい。
「いくぞ?」
「!!」
その瞬間、俺とカラサワは、巨大なゲートに引きずり込まれ、視界が暗転した—————————
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—————————視界に光が戻る。
その瞬間、俺たちの目の前には、ボロボロになったフェアリアが広がっていた。
「あ、あなた………どうして…………」
声を上げたのは、生物迷宮の老婆だった。
俺たちの戦っていた空間は老婆の迷宮なのだから、なんらおかしいことはない。
しかし、説明をしている暇はない。
俺はカラサワに警戒をしつつ、老婆に手を触れ、
「青い鯨の指示に従え」
「え—————————」
そのまま、空間転移で移動をさせた。
「空間転移………ん?」
遠くの方から地響きが聞こえる。
聞き慣れはしない、しかし耳に残る天変地異の音。
どうやら、ちょっと無茶をした弊害が出たらしい。
「気にすんな。移動させただけだ」
「どうして、場所を変えた?」
「俺の能力はまだ不完全でさ、思い切り使うと空間に歪みが生まれて、あの迷宮がぐちゃぐちゃになっちまう。そうなりゃ、婆さん死んじまうだろ?」
ルナラージャの国土が崩壊した理由はこれだ。
先代命の神との戦闘の際に、改変が全く使えないにも関わらず、神の知恵をフルに使ったせいで、空間が崩れた。
しかし改変をいくらか習得した今なら、その衝撃を抑えられる。
「なるほど。もう崩れてるこの国ならいいと」
「どうせなら、夢の跡に墓立ててェだろ?」
「そうだね。君の墓の周りで国を再興するのも面白そうだ」
エルの誘導に従い、全員婆さんの迷宮に入ってくれた頃だ。
そろそろ、いいだろう。
神の知恵、フル稼働だ。




