第1487話
目つきが変わった。
危機感を持ったということだろう。
どうやら向こうも、いよいよ戦い方を考える気になったならしい。
こちらとしてはありがたくない話だ。
「どうやら、もう格下には扱えないらしいね」
「今頃気づいたのか?」
「悔しいけどそうだね。僕の作った世界でこうも自由に出来るとは、脅威に値するよ」
薄ら笑いはもう消えた。
いよいよ本気。
つまり、終わりは見えてきた。
でも、この戦いを終わらせるのは俺じゃない。
俺の役目はとりあえず、ここでコイツを屈服させることだ。
「チートが通じない以上、慣れないことはやめにするよ。僕はいつも通りの戦い方で君を殺す」
「そうか」
ならばこちらも、そろそろ口数を減らして戦いに集中しよう。
—————————剣を構えて数秒。
呼吸を読み合い、隙を待つ。
予知といっても万能ではない。
次々変数が出てくるこの世界では、物理学上のラプラスの悪魔は実質破綻している。
予測が出来ているのは、そこに魔法や神威のパラメータを加えて計算し、神の知恵をフル活用した行動予測と統計との兼ね合いから、最も可能性をあるごく近い未来を予測している。
とはいえ、初撃は読めた。
3、2、1………………………
(ここだ—————————)
初手。
転移による背面打ちを防いだ瞬間、異変に気がついた。
これは、分身だ。
複数体の同時操作ならともかく、単体なら可能だと気づいたらしい。
「チッ、野郎………頭使っ………ッ!?」
転移………いや、魔法の転移だ。
そして本体は、左から飛んで来ていた。
「っ!?」
魔力を剣に流し、別方向へ魔法を飛ばす、が剣がグッと地面に引っ張られる感覚があった。
思わず声を上げつつも、なんとか体勢を戻すが、これはマズイ。
重力付与のデバフ付き………早速予知から外れてきた。
すぐに重力付与を解除するが、旗色が悪い。
戦い方がガラッと変わっている。
「ゼァアアアッッ!!!」
受け流すごとに腕が持っていかれそうになる。
しかも、磁力付与と重力操作で、受け流しを邪魔しに来ている、っ
「後ろッ!?」
と、背後に意識をやると、そこには何もいなかった。
予知が知られたのだろうか。
しかし、その術はないと可能性を捨てようとしたが、ある男の影が頭をよぎった。
—————————密偵だ。
レアスキル、密偵。
おそらくは再現が可能。
こいつ、予知を、
「変数は、厄介だろう?」
「クソッ—————————」
と、今度は上空から魔法の雨が降ってきた。
なんとか合間を縫って回避するが、カラサワはもはや避けていない。
無視してくらい続け、俺を追いかけてきた。
「魔法と剣の変則攻撃。これだ、これがこの身体の………いや僕の戦いかただ」
「テメェのじゃねぇよ」
「!」
連続展開中の術式を改変し、射出される魔法のターゲットカラサワに固定—————————を、無視された。
「いいや、僕のだ」
「!?」
魔法の雨がこちらへ向かってくる。
行動の先読み………おそらく、その類のレッドカーペット。
ここはこいつの世界。
不確かな俺の予見とこいつの予知がぶつかれば、どちらが負けるかは目に見えている。
「こりゃ、理不尽過ぎんだろ………」
——————————————————————————————
「はぁ………はぁ………」
「はぁ………っ………」
精神世界。
今ここの主人となっているカラサワとコウヤの衝突、そしてカラサワの動揺もあってか、精神世界は通常の形から大きく崩れつつあった。
足場はボロボロになり、空間には亀裂が入っている。
まるで、今のフェアリアのようになっていた。
「へへ、まさかここにきて最後が純粋な斬り合いなんてな………」
「邪魔を………邪魔をするな!!」
「そうはいくかよ………みんなが待ってんだ!!」
剣がぶつかる音が響く。
スキルも、神の力も、チートもバグもない。
ただ純粋に、己の剣をぶつける。
視線を図り、隙を斬りつけ、防ぎ、躱す。
ある一撃が腕を斬りつけ、すれ違いざまにお返しの一撃を叩き込む。
それもまた敵の首に赤い筋を残すのみで、戦況は動かない。
ただただ互角であった。
「君に帰る場所なんかない!! 君はここで、僕の兄の器になるんだ!!」
「ああ、テメェはそう言うだろうな。確かに、ほんの一瞬、俺はそれが運命だと受け入れそうになったよ。所詮俺は作りもんだってな!! けど、そんな考えは一瞬で消えてなくなったよ。それくらいに、あの場所は俺を支えてくれる居場所なんだッ!!」
感情を乗せた大きな一撃。
身体を大きく捻って繰り出したそれを、カラサワはギョッとしつつも回避し—————————隙を見る。
ガラ空き、ここだ。
そう言わんばかりの気迫を剣に宿し、振るったその瞬間、痛みと共に視界が黒く染まった。
「っ!?」
目を瞑る前、視界にとらえたのはコウヤの左手。
刃こぼれした剣の破片を、懐に潜り込むタイミングで目に放たれたのだ。
「随分熱くなってるな。んな大振りただでするかッ、ぁ!?」
隙を突くべく上空に飛ぼうとしたコウヤの足を、カラサワの剣が掠めた。
目潰しもまた、カラサワには百も承知であったということだ。
「偽物風情が、調子に乗るなよ………!!」
「このッ………!!」
視界は回復し、再び打ち合う。
こちらの状況は、拮抗していた。