第1484話
戦場は地獄と化していた。
隙間なく飛び交う魔法の群れは永久に俺を追いかけ、カラサワは姿を決しては死角から俺の首を刈りに飛んでくる。
死なない兵隊が俺の行手を邪魔し、怨嗟の声と共にその剣を振るってくる。
だが、俺はまだ死んでいない。
所詮は作りものの兵隊。
いくら力が強かろうとも攻撃は単純で、向かってくる魔法ぶつけて邪魔をすればいい。
透明化ももはや形骸であり、予測のできる俺に死角などない。
ステータスをどれだけ釣り上げようとも、技術はそれを受け流し、そして隙を作り出す。
「なんでだっ!! どうして倒れない!?」
正直こちらのセリフだと辟易する。
しかし、俺が倒れない理由が明確だった。
単純に、チートが下手なのだ。
本当はもっと自由に使えるだろうに、単純な戦法を組み合わせ、ゴリ押しで戦ってくる。
不慣れ故に、俺を仕留めきれずにいたのだ。
「付け焼き刃で勝てるようなら、お前の邪魔なんざ出来てねぇよ。わかんねぇか?」
「減らず口を………!!」
「口数減らさず戦えるのは、お前がくだらねぇもんに頼って戦ってくれるからだよ。全くありがてぇ」
とはいえ、決定だがないのはこちらも同じ。
ずっと平行線だ。
魂を使った精神攻撃でも使うか?
しかし、何が効く?
俺はこいつのことをあまりにも知らない。
兄が地雷なのはわかるが、崩れるほど持っていけるとはまだ思えない。
どうするべきか…………
『困ってる?』
—————————一瞬、つい手止めてしまいそうになった。
戦っている相手と同じ声が、懐から聞こえて来るというのはなんとも奇妙な感覚だ。
ゲロさん………コウヤと同じ、兄を作るためにカラサワが作った奴のクローンのプロトタイプ。
今は手元の剣を媒体に魂を宿し、俺と会話をしている。
「ああ、困ってるな」
『だから逃げて欲しかったんだけど、君はオイラの想像を超えて強くなるから、変に希望を持っちゃったじゃないか………オイラに何か、出来ることはあるかい?』
「出来ることねぇ、んなこと言っても—————————」
いや、ある。
完全になりつつあるこの神の知恵と、命の神との戦いを経て得た魂の活用のノウハウがあれば、一つだけできることが。
それこそまさに、俺が求めていた内側からの崩壊が見込めるかもしれないもの。
攻撃を流しながら、一瞬で熟考する。
それは、リスクだ。
魂は活用できる。
しかしそうなった後、ゲロさんはどうなる?
どう助ける?
武器を払い、身体を浮かせ、続けざまに武器を叩き落とし、着地と共に駆け出そうとする矢先、ゲロさんから言われてしまった。
『リスクは考えなくていい。君はオイラに“貸”がある。だろう?』
以前の襲撃、そしてラビを利用しようとした件の事だとピンと来た。
それでも後ろめたいと思うのは、俺はきっと、もうこいつを死なせることに—————————
『頼む』
「!」
『僕の命は僕のもの、なんだろ?』
俺はもう、何も言えなかった。
もう、何度も見送った。
でも、慣れることはきっとない。
送るたび、納得と同じくらい、いやもっと後悔する。
それでも俺は、こいつの意思を尊重する。
「………今から、お前の魂を奴に打ち込む。やつをとことんまで揺さぶってくれ。精神世界上の事だから、成功すればこっちにも効果は出る」
『コウヤもいるのかな?』
「多分な」
『ならやろう。じゃ、一つだけお願いがあるんだけどさ』
「?」
——————————————————
そのお願いを聞き、決心のついた俺はゲロさんの意思の宿った剣を構えた。
丈夫な武器ではない。
一度きりつければ壊れるだろう。
だが、その一度でいい。
僅かな接触から、潜入は叶う。
「また武器を? 今度は何をするつもりだ?」
上体を逸らし、攻撃を回避。
次の出現地点を予測し、同時に追って来ている魔法の軌道も読む。
最短のルートを算出し、その道に足を乗せる。
イメージに吸い寄せられるように、体を動かす。
全ての絵は頭の中で完成している。
右から飛んできた魔法を飛んで避け、空中で一度減速する事により、2つが衝突。
爆発の中を無視して飛び出せば、複数の魔法がやってくる。
やたら多いのは、時間稼ぎのため。
武器を変えたことが警戒を与えたらしい。
だが、構わず突っ込む。
空間転移にはタイムラグがある。
消えて数秒、実態構築に時間を取られる。
それが好機。
無数の魔法を回避し、雑魚を薙ぎ払い、そして後一歩までに迫る。
予知には当然、その次が見えている。
それは、魔力を込めた全力の蹴りで道を作り、足を引き換えに突破する未来。
こういうもの見るたびに思う。
つくづく、俺向きの能力だな、と。
絵をなぞるだけ。
魔力を込め、歯を食いしばり、向かってくる魔法に思い切り蹴り込んで、後は道を作るだけ。
痛みに喘ぐ間も、血が滴る間もなく、残った足の一歩で辿り着いた先で、俺は剣を掲げる。
「じゃあ、頼んだぜ」
「うん、行ってくる—————————」