第1480話
この国での俺は、俺であって俺ではない。
能力の制限、成長の制限を受け、果てしなく弱体化していまい、これ以上なく無様を晒した。
だが今あるのは、俺本来の肉体………いや、それ以上のものだ。
先代命の神ですら、神の知恵をフル稼働させた俺に何もできず敗北をした。
そのくらいには、強力である自負がある。
だから、この頬に走る凄まじい痛みは、衝撃は、俺にとっても貴重なものだった。
そして、こんなものを送ってくれる奴が俺の仲間だという事に、俺は歓喜を覚えていた。
「喧嘩は、好きじゃねぇ」
「………知ってる」
お互い、即座に取り出した剣を構え、斬り結ぶ。
これまでの敵ならば一体何人殺せたかわからないほどに、その剣筋はかつてと比べ物機ならないほど冴えていた。
刹那に浮かぶ無数の可能性。
選びとった最高の一点を空に描き、剣を走らせる。
それでも、それは首には届かない。
なのに、笑ってしまう。
「好きじゃねぇのに、身の上と俺の性根が、そんな事情関係なしに厄介事を呼んできた。この世界にくる前からずっとだ。競うのは嫌いじゃねぇけど、本気を出せた試しはあんまなかったし、こっちじゃもはや無かったって言っていい。だから、今俺は最高の気分だ」
むき出しになった歯は歓喜故か、それとも強く食いしばるが故か。
命を掠めるたびに汗を滴らせ、身体が強張る。
なのに、気分は高揚し、緊張で暴れる心臓をより高まらせる。
でも、
「けど同時に、今すげぇ嫌なんだ」
「!」
どこかで後ろ髪を引かれるような思いがある。
この夢のような時間が、これきりになってしまう可能性があるせいだ。
別に殺し合いじゃなくていい。
俺の隣に誰かがいると、そうでいてくれさえすれば。
でも、これはどう足掻いても殺し合いだ。
終わりはやってくる。
「夕暮れの公園ってのは、こんな気分なのか?」
「なんの話だ」
「まともな幼少期を送れなかった、はみ出しもんの空想だよ」
そんな感傷に浸りながらも、脳は冷静に戦況に把握する。
魔法に生物、天変地異さえ次々起こるこの戦場で、俺はそれらの現実を捻じ曲げるべく、力を使う。
魔法が現れれば術式を乗っ取り、獣が生まれれば生きてはいけない空間を生み出し、武器が生まれればその刀身を消し去る。
全てを生み出す神の如き力を、俺同じく神より得た力によって消し去る。
創造と破壊、その裏で交わされる原始的な剣の混じり合い。
人の身でありながら神の如き力を使おうとする俺たちにぴったりな決戦だ。
「どの道、外にでちゃえばかなわねぇさ」
「あ?」
鍔迫り合い。
力は互角………いや、互いに力の変動が絶えず行われ、超えては超えられる。
奇跡的なバランスで、今お互いの剣は止まっていた。
「俺が強いのは、この世界にいるからだ。自分が作り出したここだから、俺は存分に戦える。でもお前は違うだろ? お前はこの先、外でも力を振るえる。そしてどんどん強くなる。きっとお前に追いつく奴はいるだろうけど、それは俺じゃない」
「………」
「でも、忘れないで欲しいんだ。そんだけの力を持とうとも、お前に追いつく奴は必ずいる。お前が永久に全てを背負うことはないんだ。そいつをお前に教えるのが俺の………」
言いたいことは、よくわかる。
1人じゃないとコウヤは教えてくれているのだ。
そして、本当に俺に望みを示してくれた。
立ちはだかってくれた。
だが、
「勘違いすんな、コウヤ」
押し込む。
空間を作り変え、摩擦や重力を変化。
圧力を俺の有利になるよう変化させ、対応しようとするコウヤの力の上書きし続ける。
「んなもん、役目でもなんでもねぇよ。ただ、ケリをつけようぜって話だ。コイツは、ただのケンカだ」
「!」
迷いを突き、一気に剣を弾く。
やれる—————————いや、まだ油断はできない。
そう思わせる気迫に、ビリビリと震えを感じていた。
そうだ、それでこそと、吹っ切れて追撃を繰り出すが、足場が僅かに崩れ、力が抜けた。
なんということはない。
コウヤは、的確に俺の足場になっている地面に改変を加え、崩したのだ。
追撃としてはなった剣はコウヤを掠めるも、好機はついに遠ざかった。
「いくぞォッ!!」
「ああ、来いよ!!」
傷はどんどん増える。
痛みはますばかり。
でも、なぜか倒れる気はしない。
「懐かしいな、金髪! 最初は、カイトで戦ったっけな!!」
「ああ。俺が勝った!!」
ここへきて間もない頃、初めての敵はコイツらだった。
久方ぶりに肝を冷やしたのを、いまだに覚えている。
受け止める剣は、ずっと重い。
頭もずっと動いてる。
自由で際限のない力は、選択肢を無限にする。
たったいくつかの武器しかなかったあの頃とは比べ物にならない。
罠に気を張り。
剣を受け続け、こちらも絶えず魔法を放ち、生み出される全てを排除しながら、本命へと手を伸ばす。
「いろんな奴がいた!!」
「いろんな望みもあった」
ここまで俺たちを引き上げたのは、そんな奴らとの戦いだ。
王になるべく集った幾人ものプレイヤーと剣を交わした。
同胞が苦しまない世を作る、憧れた存在を目指す、ただ狂気を求める、自由を求める。
様々な理由で王を目指していた。
妖精だけではない。
人の王、生物迷宮の王。
王以外の者。
様々な望みに触れた。
「でも、それもこれでも、全部あいつの手の上だった………!!」
そう、それらは全て、叶わせるつもりもなく見せられた夢だった。
全ては、兄と再び夢を追うためだと、同じくそんな風に夢を追う者の手で作られた幻想だった。
コウヤの剣に、力がこもるのがわかる。
「金ロールちゃんも、迷路ちゃんも、青髪ちゃんも、みんな真剣だった!! 自分の望みもあっただろうさ。けど、同じくらい位、自分以外の誰かのために王になろうと頑張ってたんだ!! だから俺は、あいつが許せねぇ………!! けど、」
ああ、わかる。
こいつの手は止まらない。
止めたくないんだ。
きっと、俺でもそうする。
「俺もお前と同じだ。この戦いだけは、譲りたくねぇ」
「ああ、それでいい!!」
お互いの腕が、宙に吹き飛ぶ。
苦悶の表情を互いに浮かべ、掴んで距離を取る。
普通ならば失血死だろう。
身体中の傷も尋常ではない。
だが、体も心もそれを許さない。
ここはゲーム。
ならば、コンティニューはプレイヤーの特権だ。
「おい金髪」
「あ?」
「矛盾してるけど………俺はお前を絶対ぶっ倒す。だからお前も、死んでも俺に勝て。勝って、全部救え」
苦しい矛盾だ。
しかし、苦しむ必要などない。
何も考えず、向かってくればいい。
俺も、ただお前を倒す。
俺が、勝つ。
「言われなくても、俺が勝って、またテメェとケンカしてやるよ!! コウヤ!!!」