第1425話
戦場を飛び交う2つの閃光。
異形を身に纏い、獣のように戦う戦乙女は、友の力を借りながら、神に挑む。
資源と能力に身を任せ、自由に戦っていた罪の神は一転して、身を守りながら戦っていた。
神経をすり減らし、冷や汗を滴らせながら足を運んでいく。
全てが致命傷。
ダメージがあらゆる能力の低下につながる今の罪の神は、逆転の一手を狙い、防戦に回るほかなかった。
しかし、緊張感はラビとて変わらない。
時折混ぜてくる鋭い一撃に鼓動は揺らぎ、恐怖心が敗北を囁いてくる。
無駄な一手が崩壊につながる緊張と焦燥は、罪の神にも劣らないものだった。
だが、ラビは1人ではない。
彼女を包むように宙を舞い、雷鳴を轟かす小さな粒が、ラビを守っていた。
自分の護りは眼中に入れず、ミレアは全ての力をラビのサポートに注いでいた。
故に、ラビは一層負けられなかった。
虚偽がなければ、この戦場で死ねば終わりなのは、王候補であるミレアだけであるにも関わらず、己が身を危険に晒してまで支えてくれるその覚悟に、ラビはどうしても応えたかった。
決意を元に、拳を振るう。
掠めるたびにギョッと顔を引き攣らす神を見るたびに、もう少しだと言い聞かせ、激痛を無視して足を進める。
何度も、何度も、はち切れそうな腕を振るう。
何もない白い空間を、縦横無尽に駆け回る。
しかし時に隙が生まれ、急所を狙う一撃を、神は突く。
されどそれは、ほんの小さな雷鳴と共に、掠め、逸らされ、神の腕は空を切る。
そして舌打ちを打つ頃には、再び神を堕とすべく、獣の拳が振るわれる。
数刻前までの派手さも、規模もない。
しかし、その意思、勝利への渇望は、これまでになく高まっていた。
そんな戦いの様に、罰の神はかつての自分と罪の神との戦いを重ねていた。
妖精を統べる神と、生物迷宮を統べる神。
同じ国で統治を行う者同士、兄弟と呼び合った時もあった。
しかし、そんな絆はまやかしだった。
裏切りの末に、生物迷宮は故郷を失い、そして新たな神を生むためだけに生きる種族となってしまった。
もしもあの日勝っていたら、何かが変わっていたのだろうかと、考えない日はない。
そしてそんな人間のような悩みを持つ度に、罰の神ははどこか罪の神に敗北感を感じていた。
より完璧に、神としてあろうとすればと夢想する。
もしかすれば、生物迷宮たちに神を目指させているのも、後継を探させる以外に、どこかで不正を正せる上位者を作り出そうとしていたのかもしれない。
だが、それもまたまやかしだった。
ヒトは、神に打ち勝てる。
ここはそういう世界であり、この世界のヒトは、そんな可能性を持っている。
だから、あとは信じるのみ。
ヒトの勝利を。
「ハァ………ハァ………何故だ。何故勝てない!? 力は勝っていた………なのに何故!?」
片膝をつき、息を切らしながら、敗北に近づく自分を、罪の神は受け入れられずにいた。
神の言う通り、力は勝っていた。
初めは4人とも、圧倒されていた。
だが、ここまで来た。
犠牲を払い、命を賭け、全てを注いでここまで来た。
そして、それが答えであった。
「それがわからないから負けるんだぞ」
「何ィ………!?」
「もはや驕りですらない確信が、全てを見誤らせた。ああ、確かにお前の心はヒトじゃないかもな。それは油断ですらないんだからな。けど、結局その力はヒトの延長線上にある。だから負ける」
「そんなはずがないッッ!!」
地面を叩く力は相変わらず凄まじい。
しかし、もはや誰も表情ひとつ変えやしない。
そして、そこに足を踏み入れ、ミレアは告げた。
「だったら貴方はヒト以下です。顧みて、項垂れて、それでも立ち上がって、前に進むことが出来るヒトと違って、貴方はそこから動かない。成長しないんですから」
「成長だと!? そんなものは神には不要だ!! 神達は神であるが故に完全、絶対なんだ!!」
「!!」
不意打ちのように、鋭い剣のように変異した木製の腕が真っ直ぐにラビへと伸びる。
しかし、不意打ちはミレアには通じない。
砂鉄は既にラビの後方から飛び出そうとしていた、が、ピタリと動きを止めた。
視線の先、ラビを視たミレアの眼に映っていたのは、全てを理解し、動き出していたラビの姿だった。
「だったら勝手にそう思ってろ」
「っ!?」
枝を掴む異形の腕。
引っ張られ、身体を浮かせた罪の神の目の前にあったのは、ヒトの拳だった。
打ち込まれ、叩きつけられた拳が地面にめり込む。
出来上がったもう一つの小さなクレーター、そこにラビは何度も打ち込む。
仲間の仇、同胞の仇、先祖の恨み、そして自分の怒りを何度も何度も打ち込んで、怒りのままに拳を振るった。
「そこから一生背中を見て、何で負けたら理解ができないまま、永遠に後悔しろ。大馬鹿野郎が」
—————————終結。
横たわっていたのは、諸悪の根源。
そしていつの間にか、その神の下に広がる拳の跡は、何よりも大きくなっていたのだった。