第1422話
巨大な拳が迫る。
大きく、強く、そして速さもある。
しかしミレアにはラビほどのパワーもなければ、レギーナのような速さもない。
まして、接近戦は範疇になかった。
肉弾戦において圧倒的に不利。
だからこそミレアが狙われた。
「………これなら、外れませんね」
銃のように指を構える。
それは最大のライバルにして、友人の得意武器。
相打ち上等の一撃に乗せるのは、そんな友人から託された願いだ。
雷属性の特質はその速さ。
発動速度、射出速度、共に最強の属性。
故に、身動きが取れず固まってしまい、そしてサポートと言うには範囲の広すぎる“この技”は、後衛であり、雷属性を得意とするミレアにとって相性が悪かった。
しかし、ラビが弾き飛ばされて、その救助のためにレギーナが離れ、ルドルフは上空にいる今、邪魔は入らない。
雷二級魔法レールガン
その理論をもとに、妖精の属性操作、神威による自然操作、砂鉄を利用した磁力の増幅、そして限界まで練り上げた雷が、今ミレアの指先に溜まっていた。
罪の神は回避しない。
わかっていて拳を向けた。
そして諸共受けるつもりで、その拳を放ったのだ。
食らってもいい。
それはミレアも同じこと。
敵のように怪我は治らない。
しかしそれも構わず、ミレアは一才の防御を捨て、攻撃のみに全力を注いだ。
狙いなど定めない。
その指先に、ただただ力を込め、恐怖も怒りも勇気も、全てを乗せた光が溢れ出す。
拳が指に触れるその直前、光は質量を持ち、雷を走らせながら、その拳に突き刺さり、そして、
(!!………………ああ)
拳は、止まらなかった。
拳は膨大な光を押し除けながら、勢いは死ぬことなく、地面へと突き刺さる。
そして、割れる。
衝撃に耐えきれなかった大地が、悲鳴を上げる。
果てまで続くほどの亀裂が、その威力を物語っていた。
圧倒的な破壊の光景。
それを、ラビは上空から見下ろしていた。
「ミレア姉………」
「愚かだねぇ。差し違えて一体何に—————————?」
拳が上がらなかった。
大木の腕には痛覚がない。
だから、異常としてそれを感知するのに、時間がかかってしまった。
そして、それすらもミレアの策略。
大地に突き刺さる拳の、空洞の中で、ミレアの笑い声はこだました。
「ふふ………さぁ、行きなさい」
「最高にやってくれたな!!」
血反吐を吐きながら、ラビは動かない肩に一撃を加えた。
剣のように変質した両腕は、休むことなくその木を刻み、そして、
「レギーナァッ!!!」
最後の一太刀は、再びその腕を体から切り離し、
「今度こそ、壊し尽くす!!」
レギーナはまたも、その腕を粉々になるまで破壊をした。
きっと治されるだろう。
しかし、問題はない。
その確信は、神威を感じ取れるものならわかっていた。
腕を切り取られ、破壊した罪の神からは、確実に神威が減っていた。
これこそが、この空間を維持するためのリソース。
減るほどに、終わりは近づき、そして減るほどに、弱くなる。
「どんどん削りましょう!!」
「「おおッ!!!」」
「くッ………」
すぐさま腕を生やし、攻勢へ転じる罪の神。
しかし、ここへ来てその巨体が仇となっていた。
巨体故に、敵の動きの把握が難しく、また逃げ回る的が小さいせいでうまく当たらない。
攻撃が、ブレる。
そしてそのブレは、同様は心にも影響する。
そして削られるほどに、リソースが消え、身体能力が下がっていく。
攻撃力、速度ともに、既に2割以上削られてしまっていた。
維持をするためには、この巨体を解除しなければならない。
しかし、通常状態では、攻撃の用いる自然がリソースになり、壊されるほど削られていく。
だから巨大化し、新たなリソースを出現させずに戦っていたのだが、このままだとそれは負け筋に繋がる。
罪の神は、着実に崖へと追い込まれていた。
「こんなはず………………こんなはずが………」
追い込まれ、やがて正気すら差し出しそうになってくる。
呻きながら振るう拳には、もはや恐怖だけが残っていた。
冷静であれば、この戦いは何の苦労もなかっただろう。
しかし、ここにいるのは戦いとは無縁の存在、神。
人の土俵に立ったという最大の失敗が、とうとう残った正気を奪った—————————
「………………………」
しかし、それは決して、ラビたちにとって都合のいい話ではなかった。
戦いにおいて、リソースの削り取りは自殺行為。
だから、保守的な罪の神が正気のときには絶対にとらない行動がある。
その最後の手段を、神は取ろうとしていた。
「!」
そして、それを誰よりも敏感に察知したのは、ルドルフだった。
行動は迅速に、そして最善を。
今彼は、誰よりも先を見て、駆け出していた。
「殿下!!!」
「!!」
ルドルフは叫ぶ。
この戦場で、あらゆる面において劣るルドルフが、唯一勝るもの。
それは、戦の経験であった。
決闘や討伐ではない。
人を敵にして戦う戦争。
ルドルフは、その面において、多くの経験があった。
だからこそ、巨木の上で浮かべた神の表情を見て、悟った。
あれは、自爆の兆候であると。
そしてそれは正しく、急激に魔力と神威が膨れ上がり、罰の神の幹から、光が溢れ始めていた。
諸共を消しさろうとする意思を、その経験は嗅ぎ取った。
思考も、行動も早かった。
譲り受けたグリフォンを手放し、ラビの元へ向かわせたルドルフは、端的に指示を、最後の言葉を主人に遺した。
『殿下、2人の保護をお急ぎ下さい………自由を得たあなたを、お待ちしております。レギーナ様』
『っ、ルドルフ—————————』
国の威厳など、彼にとって二の次であった。
彼の使命であり望みは主人を護る事。
そして、ただひたすらに彼らの幸福だった。
姉の不幸を嘆く妹を、ルドルフは見過ごせなかった。
国を想い、家族を想い、命を懸ける姉をルドルフは見過ごせなかった。
なんということのない、そんなありふれた事が、ルドルフがこのフェアリアにかけた願いだったのだ。
勝利は叶わなかった。
だが、希望は見えた。
あとはただ、役目を果たすのみ。
『後は任せた、お前たち』
ブツン、と。
凄まじい衝撃と魔力が、通信を断ち切った。
そして、レギーナに護られたラビ達を、爆炎が飲み込んだ。