第1420話
大群がやってくると、4人は身構えていた。
植物や自然を利用した、多方面からの攻撃。
物量で押し切ろうとしてくると。
しかし、どうやら様子が違うらしいと、違和感を覚えたのは上空のルドルフ。
突如この空間に現れた影は規則的な形をとって地上の3人を囲んでいた。
騎士として兵を率いた経験のあるルドルフは、確信を持ってこれが陣形のタグではないと判断していた。
「殿下!! お気をつけ下さい!! 妙な陣形を—————————」
声をかける前から、全員陣の外への避難しているのを、ルドルフは見ていた。
各々の方法で、どうやら空中に対比した様だと安堵するが、対比したラビたちの、特にラビとミレアの様子がおかしかった。
まるで怯える様に、2人は陣の中心を見ていた。
「なんだ………この神威………」
「尋常じゃない………これが神の使う神威………」
どこから見ているのか、勝ち誇った様に笑い声を溢した罪の神はの声が、何処からか聞こえてきた。
『推察の通り、この世界を破壊すれば君らの勝利さ。だからねぇ、物量押しは得策じゃない。割いたリソースを壊されれば壊されるほど戦力は削れ、世界も壊れる。故に、全てを一つにすることにした』
陣の中心から、植物が芽吹いた。
小さな芽は、瞬きをするよりも早く大木となり、ミレア達の周りの影へと根を伸ばしていく。
影を吸い、そして喰らう様に大木は成長する。
やがてそれが影を食い尽くす頃、その大木は、人の形を成していた。
空にいたラビ達ですら見上げるその大木の吐く息は白く凍え、その表皮は岩の様であり、また腕を模した枝の裂け目からは炎が見えていた。
「なんの冗談だ? このサイズ—————————」
愕然としたラビの視界が、突如黒く染まる。
それが延ばされた敵の拳だと気づいたのは、ぶつかるほんの一瞬前。
避ける事能わず、炎を吹き出した巨木の拳は、そのままラビを地面へと殴り落としたのだった。
「っ!? このサイズでその速度を!?」
「おいラビ!? 無事かッ!?」
『ああ、問題ない』
と、耳につけた砂鉄の通信機から声だけが届いた。
着地地点に残るのは、粘り気のある液体。
スライムの肉体に咄嗟に変化していたラビは、バラバラになりながらもなんとか衝撃を吸収させる事ができていた。
「あっっぶねぇ………」
ドロドロと、元の姿に戻ったラビの表情は険しかった。
あとわずかに間に合わなければ、例えこの肉体でも核を潰されていた。
それほどの速度と力だった。
「なんてことだ………ラビですらこの状態………こんな化け物、一体どうやって………」
騎士道など関係ない。
冷静に、ルドルフは現状自分はどうあってもなんの役にも立たない事を自覚していた。
絶望的なまでの力の差だった。
なのに、3人は誰1人として絶望を見せなかった。
「これは、世界を作る力だ。創生者であり、絶対者である神に相応しい力。力だの鍛治だの戦だの、そんなものとはわけが違う。神はこの世に生まれ、この力を持ったことを自覚した瞬間悟ったよ。俺こそが、真の神であると」
「………なんでそんなにこだわる。お前は人と神の立ち位置に拘ってるけど、そんなもんになんの意味があるんだ」
「わからないか? 人がなまじ調子に乗れば、上を目指そうとする。その結果、神に至る不届な人間が現れ、神の地位は脅かされる。知っているか? 今天界で幅を利かせている【四神】には、元人間もいる」
「「「!?」」」
四神。
それは、あらゆる神の中でも頂点に立つとされる四柱の絶対的な神。
そこに、元人間がいるなどと、誰もが予想をしていなかった。
「その様な力を得て仕舞えば、いずれその神はヒトのため神を害するとも限らない」
「害さないかもしれないだろ?」
「いや、するさ。そしてそうなれば、簡単に世界はひっくり返る。フェアリアが、その良い例だ。そうなれば、この世界は終わりだ。導き手を失ったヒトの向かう先は滅亡だよん」
少し瞼を閉じれば、確かに思い返せる崩壊した世界。
ある意味では調和の取れていたこのフェアリアが滅びたから、同様に神を目指す人間がというこの神の主張は、いささか間違っているとも限らなかった。
「………の割に、お前ら神様どもは何にもしないよな」
「そう。それだ。それなんだよ、生物迷宮の子。神はそれだけが気に食わなかった。何もしないから、ヒトは神を蔑ろにする。故に、神はこの戦いを始めたんだよ」
だんだんと、ラビ達は理解をしていた。
ヒトを下だとし、神を天井とするこの神の思考が。
禁忌を冒してまで、兄弟を裏切ってまで向かおうとしたその到達点と、それを作る理由を、皆確信したのだった。
「だから神は、俺が直接統治出来る世界を作り出す。そこでは皆神を崇め、そしてあらゆる不幸は起こり得ない。神を信ずる限り、全ての者が平等に幸福を得る。公正なる幸福な現実。神の目指すフェアリアは、そんな世界だ」
幸福。
それは誰しもが願うもの。
不幸はなく、もしも誰もに平等に幸福が降り注ぐ世界があるのならば、確かにそれは楽園だと言える
それだけの力を見せつけられ、よもや出来うるかもしれないことに、ここにいる全員はなんの疑いも持っていなかった。
絶対的な支配。
それは既に、この世界で見えていた。
管理者が妖精を支配し、力を持って犯罪を抑制する。
組織こそいるものの、それさえなければ圧倒的に平和であることは間違いないだろう。
そして、そんな世界を壊したのは、神に等しい管理者の制約を受けない人間、プレイヤーだ。
罪の神が恐れているのは、まさしくこの構図だった。
神を恐れぬものが、神を壊し、支配が消え世界に混沌が訪れる。
いや、訪れたのだ。
故に納得はできる。
何で世界の壊れる様を、彼らはその目で見たのだから。
………でも、誰1人として、そんな楽園に食いつくことはなかった。
「建前だけは立派だな、神様」
「………何?」
「もしもお前がヒトを想ってそれをやってるなら、受け入れる奴もいるだろう。けど、ついてくる奴はどこにもいない。なんなら、お前自身がコソコソやってる時点で自覚してるはずだぞ。結局、お前は神様ポジションが気持ちいいからそこにいたいだけだ」
その通りだと、皆頷いていた。
「お前みたいなのに治められる世界なんて、ワタシはごめんだぞ。だから、お前はここでぶっ潰す。もう、会話はいらねぇよ」
「………………そうか。では、死ぬと良い。先祖によろしく。忌まわしき一族よ」
大きく、ゆっくりと拳を振りかぶる大木。
急ぐ必要はなかった。
どこにいようとも、その拳は当たる。
それだけの面積が、避けようもない速度で迫ることは、もう決定していた。
そして、
「じゃあねぇ、兄者」
再び、影は差す。
視界を埋め尽くす大木の拳は—————————
「そりゃ、ワタシのセリフかな」
ピタリ、と。
拳が一瞬にして止まる、そして、衝撃がこの仮初の大地を震わせた。
「!?」
巨大な拳に突き合わせる様に繰り出されたその無骨な拳は、ゴーレムのそれだった。
しかし、巨大。
不自然に膨れ上がったその腕は、巨人のそれであった。
腕には龍の鱗、獅子の体毛、クラーケンの吸盤、そして数えきれないほどの強力なモンスター達の印が組み合わさった奇妙な腕が、その巨体を押し返していた。
「お前こそ、あの世で謝ってこい。お前がそのくだらねー企みを成就させるために死んでいった、その全部に、皆んなに!!!」
「な、にッ………!?」
肩を引き、再び加速した拳は、その大木に深く突き刺さる。
そして、
「お前がくたばれ!!! このクソ野郎がァッ!!!」
その奇妙な拳の放つ衝撃は、大木の腕を引き裂き、一瞬でバラバラにしたのだった。