第1415話
俺が生物迷宮の老婆と再会したのは、つい数分前のことだった。
その際既にベヒーモスも一緒にいたため、3人で向かうことにしていた。
正直、この偶然に俺は救われた。
救われてしまったのだ。
今、コウヤをダンジョンに閉じ込められたのは、その時の作戦と、身を挺してこの状況を作り出したベヒーモスのおかげだった。
(………もう、逝ったか)
ベヒーモスの気配は完全に消えてしまった。
だが、後悔をしたところで、その感情の行き場はない。
何よりこれは、奴の望んだ最後だったのだ。
初めは俺も止めるつもりだった。
知己がその身を犠牲にするなど、何をおいても許すわけにはいかなかった。
何より、五色獣が全滅した今、エルの家族になり得るのは、こいつをおいて他にいなかった。
それゆえ、無茶は阻止しようと思っていた。
だが、それを他でもないエルに止められてしまった。
『もう、休ませてあげてほしいのです』
全てを理解し、悲しみ、悔やんだ上で、何一つ残すことなく全てを受け入れた声だった。
神器を探す際、エルはベヒーモスと行動を共にしていた。
だから知っていたのだろう。
奴はずっと、死に場所を求めていた。
終わりのない任務に疲れ果て、唯一の心の拠り所である仲間も皆死んだ。
その気持ちは、少しはわかる。
もう、楽にしてやるべきなのかもしれないと、俺は納得してしまったのだ。
(………お前はずっと、死に場所を求めていたんだな、ベヒーモス。だったら、あの世で見ててくれよ)
俺が出来るのは、せいぜい元凶の首を墓前に添えるくらいだ。
「ま、首切っちまうとコウヤが困るからしねーけどな」
しかし、無論簡単ではない。
どうやら、空間が崩れ、罪の神の力を根こそぎ奪ったことで奴は制限なく力が使えるようになっている。
この手の震えを武者震いだと言い張る相手もここにはいない。
正直に、俺は少し奴に恐れを感じているらしい。
「怖い?」
心を読むように、カラサワは言う。
きっと、コウヤも聴いていることだろう。
だったら、腹を見せてやることに躊躇いはない。
「ああ、怖いな。ここで失敗すれば、俺のダチは永遠に救えない」
「死ぬのは怖くないの?」
より強く、より濃い殺気を生み出すカラサワ。
俺の震えはまだ止まらない。
だが、それが強くなることもない。
何も変わらず、しかし俺はこう答えた。
「死ぬのは怖いな」
「へぇ?」
「消えるのはかまわねぇけど、俺が死ねば、俺の手はみんなのところに届かなくなる。俺はなぁ、コウヤ。臆病者なんだよ」
どこかで見ているコウヤの目を向いて、本音をぶつける。
返答はない。
でもどんな顔をしているのかは想像がつく。
それはきっと、目の前で愉快そうな顔を浮かべているカラサワとは真逆の、少し困ったような顔だろう。
「ふふ………………凄いな。嘘がないように見える。自分の生への執着のなさは、いっそ“あの神様”よりずっと神様らしいよ」
「本気で凄いと思ってんのかよ?」
「うん、思ってないね。だから、目指せると踏んだんだ。僕は昔、神様でもなければ人は生き返らせられないって言われたことがあるんだ。だから嬉しかったよ。ここでなら、僕はそれになれる」
俺は、否定はしない。
こいつもまた、天化人の素質を持っている。
だが、それでも神は万能ではないと知っている俺は、ついつい口を出してしまう。
「………悪ィが、死人は生き返らねぇよ」
「だから、作るんだよ。僕の大好きな兄さんを」
「目ェ覚ませ。そいつはお前の兄貴でもなんでもない。そいつはな、彼女もろくに作れず、お調子もんで、ちょっとバカで、でも果てしなく優しい俺のダチのコウヤだ」
ピシッ、と。
俺の頬に亀裂が入った。
「!」
「時間稼ぎはうまくいったらしいな」
「時間稼ぎ?」
「ああ、ソフトの解凍、的な?」
「! ………そうか、見つかったか」
悔しがる様子はなく、カラサワは素直にそれに”感心“していた。
「恐れ入ったよ。ヒトの身体を再現するだけでなく、物質化させて小さく収納するとは。そりゃ強制的にそこまで肉体を好きに出来るんだから制限もかかるわな」
「君が以前やったように、元の肉体の力を持ってくるスキルだったり、魔力や神威の出力にはどうしても肉体は不可欠だからね。組み込ませてもらったよ」
「やっと、この窮屈な身体から出られる。本気でお前を、八つ裂きに出来る—————————」
ゆっくりと腕を上げ、頬に出来た亀裂を指先で軽く小突いた。
そして、亀裂は全身に回る。
その隙間から溢れ出る魔力は、今の俺を遥かに凌駕する。
ようやく、カラサワの顔色が変わった。
「………なるほど。これはこれは………デスマーチの予感がするね」
どうも、桐亜です!
妖精編もいよいよラストスパート。
キリのいいところで、私よりお知らせです。
予告していた通り、本日より数日間休ませていただきます。
ここまで読んでくださっている読者の方には、ひたすら感謝です。
本当にありがとうございます!
そして度々休んでしまって、大変申し訳ありません。
その分、来年から頑張っていきたいと思うので、どうか引き続き応援よろしくお願いします!
それと、来年から始まる新章をどうか楽しみにしていただければと思います!
ではみなさん、良いお年を!