第1412話
もともと、一筋縄で勝てるとはリンフィアも思っていない。
それどころか、勝つのも厳しいというのが目算だった。
魔力以上に、体力の消耗が著しい。
助けるというのにとんだ置き土産を残したもんだと小言を言いたくなるが、それは後に取っておくことにしたらしい。
ともかく、長期戦は不利。
となれば、取れる手段は一つだと、極端かつシンプルな策をリンフィアは講じた。
それが、一撃必殺。
今ある最高の一撃を、ミレアに叩き込むのが、唯一救出への近道だと、確信していた。
「銃………異世界の武器かなァ?」
「見た目以外はほぼ、原型ないらしいですけどね」
それを見るや、罪の神はフンと鼻を鳴らす。
所詮は武器頼り。
どうということはないと、たかを括った。
人らしいと言えば人らしい油断。
しかし神らしいとも取れる人に対する侮り、傲慢。
勝ち誇るこではなく、勝つことが決まっているかのように、神は振る舞う。
だからリンフィアは勝機を見出した。
「ふーっ………」
魔力は溜めない。
ただ準備をする。
油断を無駄にしないために。
難しいことはない。
今ある全てを一瞬に込めて放つ。
ただそれだけ。
ただし、全力。
後先は考えない。
どうせ壊れる武器。
どうせ手放す肉体。
だったらくれてやる。
全部を壊してでも、救いたいものがあるから。
「ッ—————————」
進化する肉体は、その意志を汲む。
力に特化していた身体は、魔力放出に特化した身体へ。
大きく立派な鎧は薄まり、代わりにバイポッドとなる足と、銃身となる腕を強化。
膂力は魔力への耐性へ変換され、地面に足が固定される。
(な、何だ—————————)
驚く罪の神。
しかしまだ驚いているだけ。
警戒には、至らない。
ならば良しと、銃を持ち上げる。
ただ一撃。
全魔力、神威、肉体を“準備”する
まだ溜めない。
これは助走ですらない構えの段階。
しかし、最高の構えをとる。
イメージは居合い。
全ての要素を一点に。
そしてようやく、最適の肉体—————————第四進化形態・銃式を完成させたリンフィアは、全てを一つにする。
「これが、私の最高の一撃—————————」
腕を振り上げ寸分の狂いもなく照準は神の眉間に。
しかし準備ではなく、完了
ピタリ、と。
標的と標準が直線で繋がった、刹那未満の極小秒。
それは放たれ、ようやく神は視認する。
「ぁ、な………」
黒い太陽が、見えた。
それは反射的に警戒心を抱かせ、油断を吹き飛ばしうる、禍々しさを持っていた。
何より、不可避のそれは、確実に罪の神に恐怖を抱かせた。
アルティマシードは、その僅かな一瞬の間の恐怖を読み取り、人智を超えた速度で自然の壁を築く。
だが太陽は、自然を飲み込む。
傍若無人に破壊を生み出し、意の向くままに侵略する、魔王が如く。
「ぐ、ぎがぁああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
太陽が消える。
当然ながら、殺すには至らない。
だが、それは十分に、神の余力を奪った。
「い、ま………だぁあああああァァッッ!!!!」
その雄叫びと共に、鎧は崩れ、銃は弾けて壊れていく。
魔力を失い、意識が朦朧とするなか、リンフィアは閉じていく目で、クルーディオの姿を確かに見た。
駆けていくクルーディオ、その顔は、どこまでも感謝で満ちていた。
(ありがとう。私に、償いの機会をくれて)
結果として民から安寧を奪ってしまっことを、クルーディオは悔いていた。
いや、この先も未来永劫その悔いが消えることはないだろう。
しかし今、この時だけは、彼は間違いなく救われた。
その身を犠牲に、希望を守ることが出来るのだと、ようやく彼は、少しだけ自分のことを許せた気がした。
その感謝と、仇への怒りを、憎悪を、全てを拳に乗せ、クルーディオは進む。
そして、ボロボロとなった罪の神に触れる。
「共に罪を償いましょう。我らが主よ」
「ぁ—————————」
何かが抜け出し、クルーディオの身体へと溶け込む。
自我が消え、次第に意識も薄まっていく。
しかし恐怖は無かった。
むしろ安堵したような表情で、怨敵を受け入れていた。
「………最後、に」
クルーディオは、リンフィアから予め受け取っていた通信機に、通信をかけた。
「ケン君………リンフィアちゃんは、送り………かえ、す………魔界が、今………」
『大丈夫だ、何と無く把握した。アンタの後のことは、“あいつら”に任せろ。だから、ゆっくり休め。王サマ』
「………ありがとう」
罪の神の神威の一つ、“裁定”。
対象を正しい状態へ帰すその力を、消えそうな意識の中、クルーディオは最後の力を振り絞ってリンフィアの真下に放った。
外界と繋がる穴となり、リンフィアはゆっくりと沈んでいった。
「ミレア………後は、君達に………」
そして、クルーディオの意識は完全に消えた。