第1410話
もはやコウヤを表に出す意味はない。
引っ張り出していた人格も、主導権を奪い、ここにいるのは完全なるカラサワ・エイトであった。
己を縛る鎖はよりキツく、強くなるが、精神の内側にてコウヤは笑っていた。
ようやく、全てが終わる。
終わらせる者がケンでない事だけが気がかりだったが、一つの終わりはここで迎えられる。
もう、誰も傷つけなくてもいいのだと、コウヤは安心して目を閉じていた。
「これでいい。これで………………え—————————」
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「ぁ、が………………」
罪の神は、カラサワの前で膝をついていた。
理由もわからず動揺している罪の神に顔を近づけ、カラサワは満面の笑みで懇切丁寧に事情を教えた。
「な、何故………」
「支配権が消えたせいで弱くなると思ったかい? 逆さ。僕はこの世界が存在するがために、むしろ制限を受けていた。プレイヤーに対して、全力が出せないようにね」
「………!!」
やられた、と。
罪の神は素直に顔を歪ませる。
そう、カラサワは今まで多くの制限を受けていた。
プレイヤー相手には自分から攻撃できない、殺せないなど。
コウヤを取り戻した後も、それは完全ではない。
制限は当然あった。
だからこそ、プレイヤーという本来であれば勝てる相手を前に敗北を喫したのだ。
だが、既に世界は崩壊している。
制限はない。
カラサワは、本来持つ力で戦うことが出来るということだ。
「さ、親孝行の時間だ。君が作り出した化け物がどれだけ強くなったか見ていきなよ」
「ほざけぇえッッ!!!」
大地が隆起し、雷雲がコウヤを取り囲む。
自在に伸びてきた大樹はまるで意志を持つかのようにコウヤへと飛び出し、炎を纏って諸共とを飲み込んだ。
しかし、
「ッッッッッァアアァッ!!!!」
たった一振り。
一閃は、全てを飲み込んだ。
「っっ………」
支配の能力は使えない。
故に、これは純粋な肉体の力。
しかし、2柱の神の力に加え、元から所有していた名を奪う能力より得た力が加わり、その力は特異点の領域に辿り着いていた。
「唯一幸運だとすれば、君が罰の神じゃないという点さ。NPCやプレイヤー相手に行使できる能力の元は、どちらかというと生物迷宮由来。そっちを奪われていたら僕としても厄介だった—————————」
「 」
怒鳴り声より先に、コウヤは罪の神の首を掴んでいた。
バタバタと動き回る罪の神だが、振り解ける気配は一向にない。
力ではどう足掻いても勝てなかった。
「………さて。君のお陰で崩壊は止まったままだけど、元に戻らないとこの世界は機能しない。どうせなら最後まで戻してくれよ」
「く、っは、はは………………神が、お前に屈するとでも?」
「ああ、どっちでもいいよ」
「!?」
脅しをかけるも、まさかの返答に驚く罪の神。
しかし、ハッタリではない。
首を掴む手から、はっきりと意思を感じ取っていた。
今、自分が殺されていないのは、この男の単なる気まぐれである、と。
「僕じゃ世界の再生は出来ないからね。でも、その出来ない仕事を君がやってくれた。同じ力があるんだから、まぁ時間はかかるだろうけど、でもいずれは完成する。ありがとう。本当にありがとう」
「が、ぁ………ぁ………………か、はっ」
手札はもうない。
優位に立てるものは何一つなく、敗北は決定した。
しかし、神であるプライドが、敗北を宣言する言葉をせき止めていた。
わかったと、たった4文字いうだけで、この場は逃れられる。
なのに、たったそれだけが出来ない。
そのために、命を失う—————————
「話さないのなら、腕を貰いますよ」
「!」
プレイヤー、それも聞き覚えのある声。
取るに足らないと、向かってくる攻撃を受け止めようとした。
しかし、カラサワは咄嗟に手を離し、飛び退いたことを自分でも驚いていた。
「随分と、禍々しい様相だ。リンフィア・ベル・イヴィリア」
「こう見えて、魔王なもので」
黒くたなびくマントの下は、禍々しく輝く黒い甲冑。
尾や翼にまで纏うその鎧は、神威と魔力を宿し、鎧とは名ばかりの殺気と害意を宿していた。
「凄いな。まるで生き物だ。動かず、呼吸すらないのに、確かに殺すと言っている。これ、君の神威でいいのかな?」
「言う必要が?」
「はは、そりゃそうだ。じゃ、戦う?」
「いいえ。あなたとは戦いません。悔しいですけど、私じゃ勝てませんし、何より外へ行かなければならない事情が出来ました」
「外?」
つまり外界。
とはいえ、カラサワからすれば肩透かしもいいところ。
戦う気がないと言われた以上、特に手を出すこともなかった。
「じゃあ、さっさと行ったらいいよ。まだ壊れてる場所があるからさ。そこから外へ出るといい。ところで、その用事って?」
「帰省さ。私同様にね」
と。
それは男の声だった。
特に強くもない気配に警戒心すら抱く事なく接近を許していたカラサワだったが、その姿を見るや否や、反応を丸ごと変えた。
「………!! これは驚いたな………」
「驚く事は何もないだろう。穴が開いたから入っただけさ。シンプルな話だろう」
柔らかく、優しげな声。
しかし棘は隠さず、敵意は見せつけるようにして、睨みつけていた。
王として、最も恥ずべき屈辱を味合わされた彼にとっては、まだ足りないほどである。
だが、今はそれを抑え、かつての妖精王は数十年ぶりの挨拶を交わした。
「気分はどうかな? カラサワ・エイト」
「何をしに来た? クルーディオ・フーガ」
クルーディオ・フーガ。
かつて、故郷をおわれ、羽を失った妖精王だ。
「穴を通っただって? 馬鹿なことを言うなよ。壊れたとはいえ、僕が作った肉体を持たないあなたが、外からは入れるはずがない」
「そうだよ。だからこれは借り物の肉体さ。ただし、現地住民の肉体を借りてるのだけれどね。疫病とやらで肉体を失った子の身体を借りたのさ。ちなみに侵入者はもう2人いるよ」
「侵入者………あぁ………」
カラサワにも、リンフィアにも心当たりがあった。
そう、流とウルクだ。
「最近知り合った友人の中に、魂を使う達人がいてね。実験ついでに先に入ってもらっていたのさ。そしてつい先ほど、確保していた肉体に私の魂を宿してもらったんだ」
どうやって入ったのか細かい説明を聞いていなかったので、リンフィアとしては合点がいった。
妖精王を招くための準備だったのだ。
「なるほどねぇ。で、要件は何かな?」
「要件と言うほどのことは無いさ。所詮羽を失った王になど出来ることはない。せいぜい伝言だけでもやろうと思っていたのだけれど、丁度いい用事が出来た」
指の向く先は、いつの間にかカラサワから距離をとっている罪の神に向いていた。
「罪の神を、私の中に移す」