第1409話
コウヤと罪の神の待つ平原。
全てが崩れ去り、そこはもはやどこでもない。
一つの世界の残骸であるその場所は、すべての決着の地であった。
原住民はみな脱出し、傷ついた者達は仲間の無事を祈り、その行く末を見届けるのみ。
舞台に立つ戦士は、すでに数えるほどに。
ケン
リンフィア
ラビ、及びレギーナとルドルフ
生物迷宮の老婆
ベヒーモス
そして、コウヤ、罪の神。
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飛竜の背にて。
「この辺りの退避は済んだわね」
「うん。もういいと思うよー」
周囲を確認し、メルナに頷くウルク。
ケンの頼み通り、残った原住民の避難を促していた。
「後は残党狩りか」
「他にも残ってる奴がいるかもだから、その辺もかな。おっさん、アンタまだ本調子じゃねぇんだから避難の方頼んますよ」
ゼロと流は武器を持って身体をならし始めた。
「ご、ごめん………………おおおお、お酒きれちゃって………」
「あちゃー、こりゃマズイ。ルージュリアちゃん、おじさんのサポートお願いできるかな。出来ればお酒の回収も」
「ええ、承りましたわ」
【ノーム】・ルージュリア・“G・R” 改めてヒスティも、それぞれ行動を決めていた。
彼らはすでに舞台袖。
各々が目的を遂げ、仲間の帰りを待つのみ。
しかし、舞台袖にも役割はあった。
「いいかお前達。残党狩りはヒスティと流を中心に、残る妖精の退避はウルクと【ノーム】主導だ。情けねぇが、俺たちじゃもうケン達の足手纏いだ」
傷ついた身体を軋ませながら、ゼロは無念を口にする。
しかし、拳を下ろすことはなかった。
「だが、俺たちがやれることはまだある。それは、ケン達が心置きなく戦える環境を迅速に作ることだ。最後の戦いだ!! 死ぬ気でかかるぞ!!」
「「「オォォッ!!!!」」」
「行くぞッ!!」
ゼロ、流、ヒスティは、地上に残り、火事場泥棒のように暴れる残党に向かって飛び降りた。
邪魔をしないこと。
邪魔をさせないこと。
それが、この地で彼らがやるべき最後の仕事だった。
(勝って連れて帰って来い、ケン。俺たちはまだ、本懐を遂げていないんだぞ)
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「神々の争いが、一つの種の終わりにつながり、しかし途絶えず微かに残っていたその火種も、君によって奪われた」
「………」
「罰の神・罪の神・生物迷宮・その王・五色獣・妖精王の力を宿す者………そして、君。妖精界の歴史に関わる全てが、この地に集まろうとしている。いくつ決着がつくかわからないけれど、多くの物語がここで終わるだろう」
僅かに声が弾む。
コウヤの喉元で震える鋒は、高揚より生まれたもの。
そして、刃はゆっくりと離れていく。
「君のことを一つだけ褒めれるとす・れ・ば、この世界を作ったことだよん。ここは異空間。神の力は混ざってるけど、いや混ざってるからこそ都合がいいけど、大事なのはここが大別すればダンジョンだってこと。つまり、神どもの管理する領域から外れた空間さぁ。………………イヒヒヒヒハハハハハ!!!!!」
剣を地面に突き立て、罪の神は壊れたように笑い始めた。
声は響く。
返答はない。
人間も、妖精も………否。
あらゆる生き物は、この場所から脱した。
残るは神擬きと、ヒト擬き。
大地を震わす歓声も、大気を震わす万雷の喝采もない。
答えるのはそう—————————この世界だった。
「全ては、あるべき姿へ」
光が、溢れる。
崩壊した地面から湧き上がる奇妙な光が、どんどん罪の神へと取り込まれ始めた。
下卑た笑い声と、欲を塗りたくったような顔をしながらも、その姿は神聖。
ヒト同様の本質をもちながら、神として君臨するこの世界の神のチグハグさが、これ以上なく表に出ていた。
「最高だ………崩壊したことで、この世界はすでに支配者を失った!! 元よりこの世界を作ったのは神の恩恵を受けたヒトだ!! 支配権さえ失えさせれば、今の神でも乗っ取るのは容易い」
「……………!」
崩壊を始めたはずの世界が急速に姿を取り戻し始める。
全てではないとは言え、穴が塞がっていく。
だが、重要なのはそこではなかった。
崩壊が、止まった。
死を迎えるだけの世界が、その死を拒絶したのだ。
目の死んでいたコウヤさえ、目の色を変えて周囲を見回っていた。
「神は“運命の神”ほど馬鹿じゃない。邪魔する神々をいちいち相手にするのではなく、作ればいいだけだ。初めは小さくとも、いずれは大きくなる。そうすれば、神は!! 未だかつて現れたことのない、唯一神に………」
「………」
その瞳に映るものはいつかの未来。
人が夢と呼ぶそれを、白昼で脳裏に巡らせた。
しかし嗤うものはいない。
—————————だが、笑っているものはいた。
「ははは………」
「………ん?」
「こんな空っぽの世界で、アンタ一体何しようって?」
「ここは独立した世界。崩壊しちゃってるけど、問題ナッシング。ヒトなんぞ放っておけばポンポン増えるからねぇ。残った連中を使って適当に増やしてけば、まぁ千年も待てば十分増えるだろうさぁ。幸い、作り物の肉体である以上、遺伝的な問題もなさそうだしネ!」
「また、やり直せると?」
「問題は器である世界と、中身である被支配者がいること。それさえクリアできればどうでもいい。ところで………」
突き立ていたはずの刃に、神は手をかける。
そして数歩後ろには、同じく武器に手をかける男がいた。
「欲に塗れた汚らしい目が、見えているが?」
「そいつは、テメェも同じだろうが。神サマよォ」
やり直せる。
それだけで十分だった。
十分に、彼は立ち直れた。
全てを失ったはずの男は、全てを取り戻す道を見つけた。
全てなどと大層なことを言うが、結局はたった一つの小事。
だからこそ、行動はシンプルだった。
「返せよ。それはもう、僕のものだッ!!!」
「ヒヒヒハハハハハ!!!ようやく会えたねぇ!! エイトきゅんよォ!!!」