第1407話 妖精界の記録Ⅲ
そもそも自分をベースに作り始めた理由は、ヒトの創造という行為が不可能だったから。
カラサワは、自身のクローンをまず作ることで、それを少しずつ改造して、性格だけでも兄に近づけようとした。
外見に関しては、自分自身の顔を忘れてしまうことで、オイラの顔に張り付いている自分の顔を、兄の顔だと思いこむことにしたらしい。
なんともイカれた発想だ。
だから、オイラは全てのクローンの中で最もやつに近い存在だ。
忌まわしいことに、だが。
まぁ、技術が完全でないばかりに、奴ほど性格が悪化せずに済んだのは不幸中の幸いといったところか。
というのも、オイラの精神は最初、いくつかが欠落した出来損ないだった。
それをどうにか教育と学習で捻じ曲げてようやく今に至る。
兄を目指しているのだから、それは大事に育てられた。
甘やかされた記憶もある。
だから、捨てられた時は心底恨んだ。
結局は作り物。
代替品の出来損ない。
人ですらないオイラを最後に見た“親”の顔は、まるで何かを見る目、という表現すら出来ないほどの虚無。
見てるのではなく、見えてるという程度のそれだった。
自由を得たが、ユグドラシルから離れられない以上、オイラに居場所はなかった。
以前、奴が癇癪を起こして放棄された地下のシミュレーションルームで、オイラは余生を過ごすことにした。
ここならオイラも多少は力が使える。
せいぜい同じように人を作って寂しさを紛らわせようと思った。
—————————オリジナルが出来ないことを、オイラができるはずもないのに。
オイラはここで、心底オイラを嫌ったよ。
——————————————————
しばらく経った頃だったか。
白紙化も滞りなく済み、計画は進んでいるのだとわかったが、もはやどうでもよかった。
何をするのも飽きて、ボーッと過ごしていた。
退屈という言葉はオイラにはない。
そんな欠落を本当は悔しいと思うべきなんだろうけど、それはあまり上手くいかなかった。
その辺りの学習をする前に、オイラは次世代と交代されたから。
その分、単純な憎悪と復讐心は嫌というほど残っていた。
でも発散できずにモヤモヤする。
そんな日々と続けていたある日、
「くっそ、暗ぇな畜生………でも、ここなら監視を………ん?」
「—————————」
ただ、獣のように飛びかかった記憶だけはある。
その後はあまり覚えていない。
ボロボロになった“彼”と、気づいたら動かなくなったというのが次の記憶だった。
「ったく、急に襲いかかってくるんだもんな」
「きさま………よくも、よくも僕をォッッ!!!」
「落ち着け。その面見る限り、あいつに捨てられた旧式の個体だな。口調も似てるし」
オイラの頭を押さえつけながら、“彼”は冷静にそう語った。
然程力は籠っていない。
その必要もないからだろう。
何せ、この部屋の壁や地面が変形して、オイラを押さえつけていたから。
オイラを差し置いて部屋の操作権を持ち、そんな神様じみた行為をするこいつを、オイラはカラサワだと思い込んで敵意を剥き出しにしていた。
「ふーっ、ふーっ………」
「………あんま俺とおんなじ顔でそんな狂犬みたいな顔してほしくないんだけど………ま、こいつを見れば納得するだろう、さ」
トン、と。
額に指を添えられた瞬間、オイラは全てを理解した。
いや、させられたというべきだろう。
流れ込んでくる記憶は、“彼”のもの。
憎い敵と同じ顔をしているが、彼はあくまでも別人だった。
カラサワが自分の顔を見ないために鏡を置いていないせいでオイラは知らなかったけれど、オイラと同じ顔をしているというその“彼”こそが、この計画の完成体。
【ゲームプログラマー】だった。
—————————
とはいえ、憎い相手と同じ顔をしている奴だ。
しばらくは警戒していた。
しばらく、というのは、ゲームプログラマーの“彼”はここに住み着いたのだ。
理由は記憶で見たから知っている。
思考を兄に近づけたために、弟であるカラサワの思想が危険だというのを理解した“彼”は、妖精たちを解放するべく、力の半分を持って逃げ出したのだ。
そして、打開策を得るために、逃げ回る際に見つけたこの地下に身を隠したのだ。
敵の敵は味方というが、信用はできなかった。
だからしばらくは見張っていた。
でも、どれだけ見張ろうと無害だった。
それどころか、性格もまるで違っている。
顔以外は完全な別人だった。
そして何より、“彼”は良い奴だった。
いろんなことを教えてくれた。
寂しさを埋めてくれた。
そんなある日、彼からある言葉を聞いた。
「俺は、あいつの兄貴として作られたヒトもどきだけど、いつかきっと自由になる。そうしたら、もっと広い世界を見たいんだ。いろんな人と出会って、色んなことがしたい」
「………出来るものか。僕らは結局、奴の力の外に出られない。自由なんてあるわけがない」
「んなことぁない!」
その時叩かれた衝撃は、まだ覚えている。
そして彼はこう言った。
「俺はお前に会えたぞ。あいつの兄というだけのはずの俺に、友達が出来たんだ!」
「………!」
「だから、きっとできる。小さな一歩が踏み出せたなら、道はきっと続いてる。俺もお前も、何にだってなれるさ」
オイラは、そこまで自信はなかった。
それは多分、元来のカラサワがそういう奴だからなのだろう。
でも、決意はした。
オイラは、絶対にこいつを外に出す。
そうやって“彼”に人生を捧げても良いと思えるのも、認めたくないけど、兄を想うカラサワのクローンであるが故なのだろう。
それでもいい。
だって、オイラは護りたいのは兄じゃない。
“彼”なのだ。
これは、オイラ自身の意思だ。