第1406話 妖精界の記録Ⅱ
「懐かしいなァ。君もまだ、ピッチピチの少年だったよなぁ」
意気消沈しているコウヤの顔を覗き込みながら、罰の神は語り始める。
それは、カラサワ・エイトの過去だった。
迷子—————————異世界転移と異なり、時空間の歪みから異世界に迷い込む現象。
転移ほどではないが、特殊な能力を得るケースが多い。
しかし、カラサワの場合はこの世界に落ちてくるまでの間に、意識のみある罪の神の干渉を受け、名前を奪う特殊スキルを授かった。
「君がやってきた時は運命だと思ったよ。下界で自由を得た
ヒトであり、固有スキルを持ち得る異世界人。ついでに肉体の強度も高い。最高の人材だった」
神はしみじみそう思った。
罰の神にやられた時は最高に不運だと思ったが、今度ばかりは最高の幸運だった。
何で下界である以上、神々は邪魔ができない。
こちらも封印の隙間から、たまに指示をすればいいだけ。
………と思っていたが、
『兄さん………兄さんは、どこだ………………どこにいるんだァッ!!!!!』
やってきてすぐの頃は、こんなふうに発狂してまともに会話も出来なかった。
正直頭を抱えた。
それが、ダメ元で兄に会えるなどと言ってみれば正気を取り戻すのだから、人間というのは気色が悪い。
というよりは、必要だからワガママをやめただけだろうが。
イカれ具合はそのまま、言われるがまま略奪と殺戮を始めた。
最初の殺人は幼い妖精だった。
騙し討ちで一撃。
悲鳴さえなかった。
2人目はその友人数名。
流石に同時というわけではないため抵抗されたが、これも容赦なく切り捨てた。
弱い者から順に殺害。
しかし、消しすぎると“キャラクター” が減るので、ある程度慣れた頃からは名前を奪って生かした。
そして更に慣れた頃には、名前さえ奪うことなく屈服させ、次に得る予定の能力の支配権においた。
こうすることで、彼は今、このフェアリアで妖精達を支配しているのだ。
このとても現代人だったとは思えないほどの躊躇のなさ。
神としては都合が良かったけれど、見誤っていたのも事実。
狂気の深ささえ測れていれば、操れるなんて安直なことは考えなかった。
ともあれ、当時としては順調ではあった。
殺し続け、名前を奪い続け、屈服させ続け、どんどん力をつけていった。
気まぐれに、何故そこまで没頭できるか聞いたこともある。
そうしたら、キョトンとした顔でこう言っていた。
『他にすることないだろう?』
と。
さも当たり前かのように。
兄が絶対というのもある。
しかし、それだけではなかった。
その他が、彼にとっては極端に価値が低かった。
どうでもいいのその下。
無に等しい存在だった。
だから、たった数年で妖精界を手中に収めたのだ。
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その後、彼は世界中を駆け回り、生物迷宮の生き残りを探し求めた。
全ては王の力を得るため。
言うまでもなく、生物迷宮の大半は彼によって命を奪われた。
王の居場所を知るために、端から拷問をし、それを死ぬまで続けた。
だが、彼らも王を守る使命がある。
口を割ることなく、多くの生物迷宮達が、拷問の中苦痛に悶えて死んでいった。
だが、それでも護りきれなかったのは、やはり彼らもヒトである所以だろう。
ある1人の生物迷宮から、ラビの母であるメイズの居所が割れてしまった。
あとは皆知っている通り。
メイズから力を奪い、元あった力と罪の神の神威、奪った力を統合させ、カラサワ・エイトはかつて罪の神が失敗した、独立した世界の支配者となった。
そして、邪魔が入らないように、奴は神との繋がりを切ったのだった。
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こうしてフェアリアが作られ、白紙化が起きたのが数年前。
コウヤがゲームプログラマーローカルサポートエンジンのプロトタイプであるゲロさんと出会ったのは、その少し前。
その経緯から、ゲロさんはゆっくりと語り始める。
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あれは、王の力を得てすぐのこと。
カラサワはフェアリアよりも先にまず、ユグドラシルを作り出し、そこで実験を行っていた。
もちろん、兄を作り出すための実験だ。
彼の夢はあくまでも兄とゲームを作ること。
1人で作っては意味がないのだ。
そんなわけで、彼はユグドラシルをフェアリア同様固有の世界と見立て、生物を作り出す実験を行った。
無機物と違い、知性のある個体を生み出すのには難航したようだが、数日もすればコツを掴んでいた。
問題は、人だった。
複雑な思考や性格、感情をもつ生き物を作り出すのはあまり上手くいかなかった。
そこで始まったのが、ゲームプログラマー計画。
理想のNPCを作るため、一つの型を作り出しそれを時間をかけて新しく更新し続けるというシンプルな計画だ。
そこで初めて生み出されたのが、オイラだった。
万を超える膨大な出来損ないの骸の上で、オイラは生まれた。
そして、その上からさらどんどん新たな“オイラ”が生み出され、もう中身がオイラではなくなるほど進化を遂げた先に、彼の兄の人格を再現した個体が生まれた。
それが、コウヤだった。