第1405話 妖精界の記録
一番古くは、罰の神と罪の神の物語。
それを、罰の神は語り始めた—————————
『やぁやぁやぁ、アンタが噂の執行者達の取りまとめカナカナ?』
今から5000ほど前。
生まれて間もない自然の神が、挨拶にやってきた。
初対面の印象は軽薄。
付き合っていくごとに変わっていく印象は、より軽薄。
そして傲慢。
しかし、誰よりも統治を真面目に行なっている、神らしい神であった。
今に思えば、その真面目な統治も自己陶酔が故の行為の過ぎないと、ワシは気づくべきだった。
関わってはや数百年。
気がつくと、奴と過ごす時間は誰よりも長くなっていた。
やはり、同じ地に住む妖精と生物迷宮をお互いに治めているというのが大きいのだろう。
しかし、一番決定的だったのは、ワシ自身、奴にどこか救われていた。
ワシの役割は、生物迷宮の統治。
しかし、他の種族と異なり、直接彼らの指揮をとっていた。
生物迷宮とは、本来牢屋の役割を果たす生物。
そんな彼らの仕事は、下界に蔓延る悪人の取り締まりと系の執行だった。
そんな仕事を何年も続けていれば嫌でも気が滅入るというもの。
だからこそ、奴の近くは居心地が良かった。
『肩の力抜いちゃいなよ。だらけててもあの子らちょちょいっと仕事してくれるさ。何せ、お堅いアンタの指導を一身に受けてきたんだ。信頼してあげなよん』
その気楽さに救われもした。
だから、奴に兄と慕われたのも悪い気はしなかった。
故に、見落としてしまっていた。
奴の計画を。
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『お前………自分が一体何をしているのかわかっているのか!?』
それは、奴が天界の禁を破った日のこと。
つまり、新たな世界を作り出そうとした日だ。
天界では、地上に独立した別世界を作り出すことは禁じられている。
世界の創生など、本来は不可能なのだが、妖精界については、それが可能であった。
独占可能な世界など、神々にとって争いの火種になりかねないからだ。
そして何より、それを足がかりに力をつけていった場合、危険因子となりかねない。
全知・時空・奇跡・運命の神ら四主神は、即刻自然の神を罰するべく、ワシに命令を下した。
『あーあ、見っかっちゃった? へへへ、悪ィけどさ、見逃してくんない?』
『! ………まさかお前………』
そう、奴がワシの元に近づいたのは、罪刑を司るワシと交友関係を持つことで、ワシの目を欺くためだった。
まんまと騙された。
ワシは激昂したよ。
何より、ワシ自身の愚かさに。
だからワシは、この先全ての自由を封じても、こやつを永久に封印すると決めた。
それが、ワシとあやつの因縁じゃ。
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「だから、私たち生物迷宮は、あの日から主神の力を失った事で、執行者としての仕事が出来なくなってしまったの」
そう語り始めるのは、生物迷宮の老婆。
飛竜の頭を撫でながら、話を続けた—————————
あれは、罰の神が罪の神を封印した日。
罰の神は最後の命令として、生物迷宮の王に罪の神を最大封印することを義務付け、王の身体で眠りについた。
そして、別の生物迷宮には、また異なる命令が下された。
それが、王の力の保護だった。
何百、何千年とその力を護り、いつか再び罰の神となる者が現れるまで待つ事。
それが、今の生物迷宮に課せられた使命だった。
罰の神もまた、元は人間。
そう、彼は天化人だった。
自分と同じく神になれるヒトを待ち続けていた。
それ故の隠居だった。
執行者という役柄、少なからず恨みは買っていた。
だから隠居し、少しずつ歴史から記録を抹消し、静かに暮らしていった。
ちなみに、記録からの抹消する任務を行なっていたのが、五色獣である。
彼らの役割は、生物迷宮の守護と歴史からの抹消。
そして、妖精との連絡役。
実は、歴代妖精王だけは、生物迷宮達と交流があった。
それは、いざという時のために妖精たちに生物迷宮を守ってもらうため。
一見すると、妖精王にはそんな事をする義理がないように思えるが、実は生物迷宮を保護する理由は大いにあった。
それは、妖精界そのものが、巨大な生物迷宮だったことにある。
それは大昔のこと。
古代の生物迷宮は、モンスターだけではなく、迷宮そのものも外界に出現させることが出来た。
ガイアナの暴走ダンジョンのように、現実に迷宮を侵食させることが出来、それはコントロール可能だった。
罪の神が、世界の創生など大それたことを行おうとしたのも、妖精界が独立した環境であり、改造が可能だったためだ。
妖精界の豊かな自然は、それによって生み出されたものであり、罰の神が、その管理を行なっていた。
しかし、管理者がいなくなったことで、迷宮はいつ消えてもおかしくなかった。
だからこそ、いつか来る故郷の滅亡に備え、生物迷宮を保護することにしたのだ。
「妖精王の庇護もあって、私たちは天化人の誕生を待ちつつ、穏やかに暮らせました。………でもあの日、全てが終わってしまった」
そして、その平和を終わらせたのが、カラサワ・エイトの出現だった。