第1400話
画面に映ったのは、真っ暗な戦場。
そこには数匹のモンスターを携えて戦うラビの姿があった。
まだ息はある。
余裕も多少はある。
しかし、100体いた切り札は既に、残る数数匹まで削られていた。
一方それに対するはレギーナ。
満身創痍の傷をみるみる癒しながら、やはり仲間の命を削っていた。
こちらも、騎士の残存数はほぼない。
彼女達には見えていないが、既にディアブレイズ側の戦場には、組織の妖精達だけが残り、隊列を組んで戦っていた。
だが、レギーナは勝ちを確信していた。
『そ奴らの動きは既に見切った。追加で襲ってくる者も、もはや何処にも存在せぬ』
『そうだな。モンスターは打ち止めだ。お前やっぱ強いよレギーナ』
にひひ、と。
顔一杯に笑顔を浮かべた。
それはあまりにも、今の状況には似つかわしくない、ともすれば不気味にも思える笑顔だった。
嫌な予感が、レギーナの頭をよぎる。
しかし、退きはしない。
むしろだからこそ、レギーナはラビの説得を試みた
『………ラビ。いい加減負けを認めろ。無理に挑んで玉砕など、そんなやり方で賭けを台無しにされては困る』
『当然! 死ぬのがわかってたら、ワタシも流石に諦める』
『だったらもう諦めろ!! お前はもう詰んでいるのだぞ!! 外にはルドルフも待機している! 組織の妖精の大勢いる! もう終わりなのだ!!』
そうだ。
その通りだ。
だから諦めろ。
諦めてくれ、と。
いつの間にかコウヤは祈っていた。
………祈る?
俺が?
何故?
自問に返答はない。
しかしそれは見ていないだけ。
見えていないのではない。
見ないようにしているのだ。
『………ワタシの立っているここが、それほど酷い地獄に見えるか?』
『………それを地獄と言わず、何という』
—————————気づかないのか、レギーナ。その地獄が、何処から伸びてきてるのか。
それを教えてやるほど、ラビも甘くはなかった。
人差し指を立て、何かを宙に作り出すラビ。
レギーナは当然警戒するが、それも無視してラビは続けた。
『………地獄といえば、ここだけの話、うちの師匠、コウヤにボロボロにされた上に逃げられたらしいんだ。凄いよなぁ、アイツ。うちの師匠をもうちょいのところまで追い込んだんだぞ?』
『だったら尚のこと降参しろ、ラビ。ヒジリケンが負けたのなら、この戦いはもう終わっているのだ!!』
『そうだな。もう終わってる。だから、その結果をお前に見せてやるよ』
ラビはゆっくりと、宙に浮かべたその物体をレギーナの元へ近づけた。
『誓っていうけど、これは別に攻撃じゃない。嘘だったらワタシの負けでいいぞ』
『………』
今更そんな卑怯な嘘をつかない事はわかっていた。
むしろ、休憩できて丁度いいくらいだった。
そう思いながら、レギーナはそれに近づいた。
よく見ると、それは道具でもなんでもなく、小さな穴だった。
『そいつなぁ、ワタシがよく使ってるワタシの迷宮内部を見る穴なんだ。わざわざ中に入んなくても見れるから結構便利だ。そこから何が見える?』
『?』
画面は変わる。
まるでレギーナの視点を共有しているかのような映像に切り替わり、穴に向かってカメラが寄っていく。
ラビの迷宮内部。
そこから覗く景色は、とてもダンジョンとは思えないような穏やかな光景で、大勢の妖精達が—————————
『見えたか? 地獄が。地獄の始まりと、その先が』
穴の中で神器を持つのは、小さなゴーレム。
ゴーレムは作り出すゲートは、誰のそれよりも大きかった。
それもまた当たり前。
ラビの神威は、罰の神のもの。
この神器の持ち主であり、最もそれを扱うのに長けているのが、ラビだった。
「………………………………………………やめろ」
『言ったろ? 戦いはもう終わってる—————————ワタシ達の勝利でな』
「やめ—————————」
—————————まず、コウヤはウンディーネ領を捨てた。
何故なら、ケン側には【お嬢】がいるため、避難がスムーズに進む可能性は大いに読めていたから。
エルフ領も守りにくいと思った。
こちらもケン一行の知名度問題があったが、何よりケンがやってくる。
しかし少ない兵力を策のは勿体無いので、少数精鋭で抑えることにした。
ノーム領は捨ての一択だった。
そもそも守るほどの人数はいない。
主戦力を送らずともスプリガンで十分と考えた。
だから、兵を集中させるとすれば、シルフ領かサラマンダー領であった。
考えた末、ユグドラシルからも近く、何より人数が多い上に、ケン達の味方が一切いないであろうサラマンダー領を主軸に守ることに決めた。
そして蓋を開けてみれば、やはりサラマンダー領はほとんど人が減っていなかった。
第二プランはあったが、サラマンダー領の状態を確認できたので、予定通り進んだ。
多少不手際はあったけれど、問題はなかった。
上手くいく自信はあった。
だから、神器が残り一つになったときにはもう、勝ちを確信した。
第二プランは捨て、そのプランを加速させた。
心の中では笑いが止まらなかった。
勝った。
これで守り切った。
夢を見続けられる。
大丈夫だ。
俺はまだ、大丈夫なんだ—————————
それは、一瞬でひっくり返された。
籠城への展開も、ディアブレイズを選ぶという思考も、城郭を守る戦いでコウヤ達が手こずるであろうという事も、スプリガンの使い方も、戦力の配置も、コウヤの考える優先順位も、全ての行動から次に取るであろう行動を読み、先を見る。
予知の如き先見。
まさに神がかりと言うべき、その恐ろしい策を考えたのは、たった一人の人間だった。
『やっぱすげぇや、ワタシの師匠は!』
「やめろォォオオオオオオオッッッ!!!!!!!」
………………
………………………………
沈黙だけが残る。
画面の奥では、呆然とするレギーナが映っていた。
そして、コウヤの目の前に青い画面が現れた。
総人口・現在31%
フェアリア存続不能領域まで、残り1%
1。
まだ、残ってる。
そうだ。
ラビさえ抑える事が出来たら。
あの神器を止めれば、まだ—————————!!
ぐちゃぐちゃになった心を無理に繋ぎ止め、みっともなく走り出す。
既にまともな思考は出来ない。
そんな事お構いなしに、世界は動き続ける。
ドラマを求めるカラサワの意思の外で、何かすごいことが起きている時もあれば、何も起こらず緩やかに事が進む事だってある。
妖精の自由と人間界の未来もかかったこの大きな戦争の幕引きは、結局のところケンの会心の策ではなかった。
逆転劇をクライマックスに終わる物語、なんてロマンチックな事はない。
ただ平凡に、世界は進む。
ドラマはあった。
多くの戦いが始めっては終わり、まだ続くものもある。
とりわけこの戦いはドラマが多かったと言える。
しかし、ドラマがあるなんて事は当たり前だ。
ただそれだけ。
そこに綺麗な起承転結など早々起こりはしない。
世界は物語ではなく、ただそこにあるだけの世界なのだから。
だからこそ、望んだようなものに溢れた世界などありはしないと、カラサワに突きつけるように、幕切れは密かに迎えられる。
ディアブレイズ郊外。
城郭内に妖精たちが入り、殻となった街に唖然とするなかで、戦いは続いていた。
殺してはならない組織と、敵の殲滅を狙うディアブレイズの精鋭達。
じわじわと、組織の妖精は倒れていき、そして、何でもない一人の兵がまた、悪き妖精を倒した。
それが、最後の1ピース。
静かに、それは埋まる。
—————————
パキキ、という何かが割れる音が聞こえたのは、この仮初の世界で生きる全ての生命。
誰に言われるわけでもなく、異変だと真っ先に気づいたのは、名前を奪われていた者たち。
「………………そういえば、あなたの名前を聞いてませんでしたね」
『ルージュリア』は、G・Rと呼ばれていた緑髪の少女にそう語りかけた。
仲間も誰もが知らない本当の名前。
やっとかと安堵しながら、彼女は本当の名を名乗った。
「ヒスティ・ユーベルク。やっと名前で呼んで貰えるよ、ルージュリアちゃん」
安堵は広がる。
幸福は広がる。
支配は終わり、ようやく求めていた自由が訪れる。
全ての妖精ではない。
だが、これが正しい形だというのは胸を張って言える事。
そして、そんな中で誰よりも安堵をしていたものがいた。
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「くそッ、クソ………………ちくしょうッッ!!! 何故だ!!! 何故ッッ、こんなことに………………何故だァァアアアアアアアアッッ!!!!」
発狂するカラサワの人格。
だが、反対にコウヤは何処までも安堵していた。
これでもう、誰も傷つかない。
自分の手で何も壊さなくていい。
これまで、自分の知らないところで、知らない弓が増えていくのが、コウヤはどうしても怖かった。
この世界はその象徴のようなもの。
思い出はあっても、壊したかった。
思い出のある場所は、思い出のある人たちには変えられないのだと、コウヤはもう知っている。
だから、これは最高の知らせだった。
「やったな、金髪」
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「………………まだ、終わりじゃねぇぞ。コウヤ」
「ケンちん………?」
コウヤはどうせ、どこかでやっと終わった、みたいな事を考えているだろう。
自分はこの世界で壊れれば、生きていけないというくせにだ。
ふざけるな。
こんなところで終わりにはしない。
ここからだ。
俺はまだ、やるべき事がある。
俺が本当にやりたい事は、この先にあるのだ。
「さーて、第二ラウンドの開幕だぞ、お前ら」