第1397話
「よいしょッッ、とォッ!!」
剣を弾き、疲弊しているチビ神を抱えて、距離を取る。
あの顔を見るに、どうやら相当驚いてるらしい。
ついつい俺もしてやったりと笑いを浮かべる。
「何をした金髪………………間に合うっつっても、ほぼ同時に出発してだろ!?」
「その通り。お前がカイトを出たほぼ直後に、俺はここへ向かい始めたんだ。ったく足早すぎだっての。こっちは死にかけてんだぜ?」
今でも内臓が潰れそうなほどに痛む。
骨は魔法で補強してなんとか繋ぎ合わせ、穴の空いた臓器や肉は魔法で止血するなどの応急処置を施している。
既に回復魔法は使い切っていた。
「けどお前は来れる。そういう奴だってのはわかるさ。でも、ピクシル・ジル・スプリガンの全員の相手をして人質も取られてたってのに、どうやって抜け出しやがった!?………いや、お前………」
「ケンちんまさか………」
おや?
二人ともやな想像をしてくれてそうだ。
汚名を着せられないためにも、ここで弁解をしておこう。
「いやいや違う違う。人質無視してこんなとこ来ねーよ。どんなろくでなしだ」
「じゃあ、何をした!!」
「何もしてねーさ。俺はな」
「!?」
そう、俺は何もしていない。
する必要はなかった。
何故なら—————————
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これは、俺がジルに取り込まれてからの事だ。
正直、ここでやれるのはジルの体内で我慢しつつスプリガンを皆殺しにする手段を探るか、ジルをこっそり殺してバレないうちにスプリガンを各個撃破するくらいだった。
とはいえ、犠牲なしでそれが出来るかと言われれば難しい。
………というのは、あくまでも、見たままの展開だったらの話。
スプリガンがカイトの妖精たちに幻覚を見せ、いつでも暴動を起こせるようにして俺への人質を作った上で、俺に恨みのあるジルの肉体に俺を取り込ませる。
当然連中もそれで俺を殺せるとは思っていないだろうが、だが時間は稼げる。
それが客観的に見た現状だった。
しかし、俺は見てしまった。
俺を取り込むジルの目を。
僅かに残った人としての残滓である、奴の顔を。
俺は、人の恨みや憎しみには敏感な方だ。
恐怖心や怯えからというよりは、恨みや憎しみを受け続けた事で、それが自分に向けられたものか、経験上理解できるという話だ。
だから、俺にはわかる。
殺意も呪いも憎しみも、全てその人ならざる目には宿っていた。
それは決して見逃せるような生やさしいものではない。
触れて仕舞えば飲まれそうなほどの強さをもっている。
ガージュにどれだけ心酔していたのか、奴を想っていたのか、その一端が感じ取れた。
憎いだろう。
恨めしいだろう。
だからこそ、それが俺に向けられたものなら、俺は敏感に感じとれる—————————でも、それはまるでこちらに向いていなかった。
目の前に立って俺を呑み込む直前、傷つける事が出来る距離と場合でもなお、それは変わらなかった。
ここは暗闇。
バグのようになってしまったジルの体内といったところ。
きっと、声を出せばその声は届く。
そして、向こうの声も聞こえる。
ならばと、俺は尋ねた。
「俺が嫌いか?」
「………………嫌い、だ」
「ガージュが死んだ原因だからか?」
「………違う」
「戦争で、全てを救わなかったからか?」
「そうだ」
「そうか………………」
「でも、それは逆恨みだった。それは俺もガージュも理解していた。だが、恨まずにはいられなかった。誰が殺したわけでもない。現象などという人には抗えないものに巻き込まれ、恨むべき相手が見つからなかった」
「後悔しているのか?」
「していない。悪だと理解してなお、機会があれば俺たちは繰り返すはずだ。そういう生き方しか知らない。俺たちは、滅ぼされるまで、滅ぼすしかない」
「………俺は、断罪するぞ」
「それについては何もいう気は無い。俺が敗北し殺されればそれは裁きになり、俺が勝利し殺せばそれは新たな罪になる………………だが、戦うのは今では無い」
ギョロリ、と。
蠢くそれが、こいつの目であり、これはその内側だと分かった。
どういう仕組みかは知らないが、とにかくそこにはピクシルが映っている。
もうわかった。
こいつは本当に、殺したい相手が誰なのか。
「イド………わかるか?」
「お前と一緒にいた女か」
「あいつは死に際にこう言った。大切なのは、犠牲を忘れさせないことだと。お前が死ねば、お前は自分の罪を忘れる。それはダメだ。それは許されない」
「ああ」
「お前は、老いて死ぬまでその十字架を背負い続けなければならない。そして、あの妖精は、ここで己の罪を精算しなければならない。それが、善なるもの負うべき罰と、悪なるものが負うべき罰だ。お前は、その罪を贖うか?」
「元よりそのつもりだ」
「そうか。………そうか………………ならば、俺は俺のするべき事をする」
「!!」
暗闇の内側、そこには無数のゴーレムがあった。
同じくモヤのかかるそれは、恐らくはジル自身。
かつてカーバンクルをそうしたように、己の核をゴーレムの動力源としている。
そんなゴーレムが何体もそこには並んでいた。
自分を切りはりするなど、人のこなせる技ではない。
それこそ、チビ神の霊魂分化くらいだろう。
だから、これを使えばきっと、
「お前………」
「ここまでしてしまえば、“次があっても次に行けるかはわからない” 。けど、それでいい。俺はもう、納得した」
「!!」
暗闇の中に一点、光が差し込んだ。
そこから見えるのは、カイトの出口。
ここからなら、外へ抜けられる。
「行け、ヒジリケン。今度もまた、多くを救ってくれ。俺も、全てを賭けてこの街を守る」
「………………ああ!!」
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「人の縁ってのは不思議なもんだよな。知らないうちに誰かも恨まれることもあれば、思いがけないところから救いの手が伸びてくることもある。知ってるやつだけ守って、他は全部壊れてもいいなんて考えてた昔の俺じゃ、決して思いつかなかったことだ」
「………」
「そして、そいつはテメェもだ、カラサワ。死んだ兄貴の亡霊に縋って、目に映ってるもんが見えてないテメェに、ジルの本心がわかるわけがねぇ。だから出し抜かれるんだよ」
堪えない。
無意味だと言わんばかりの顔をコウヤは向けていた。
まぁそうだろう。
神器は壊したんだ。
俺が何を言おうと、負け惜しみにしか聞こえないだろう。
何故なら、奴にとってはここで勝てばそれでいいのだから。
それ以外は全てが些事だった。
哀れな男だ。
たった一つの夢以外何も見えていない。
その盲目さは、本当にかつての俺みたいだ。
「で、そんなクソバカ野郎のコウヤくん。今流出した妖精の人口は半分くらいか?」
「………54%だ」
「お? 超えてんのか。想定以上に早ェな」
「残り16%。確かに数字だけ見れば危機だ。でも、残る神器は迷路ちゃんの持つ炎精のチョーカーだけ。誰が神器を持っていたとしても、そいつが扱えるのは精々迷路ちゃんか族長クラスのみ。どっちも戦闘中の今、お前の危機は変わんねぇぞ」
確かに、マズイ状況だ。
残り16%として、おそらくディアブレイズの人口と少数民族の人口が大多数を占める。
そういえば、少数民族はどうなったか。
「チビ神、少数民族の方はどうだった?」
「ごめん。途中から集落がもぬけの殻で、ほとんど脱出させられなかった」
「もぬけの殻?………………なるほど、隠しやがったな」
「相変わらず察しが早いやつだな、おい」
余裕の正体がはっきりした。
となればおそらく、籠城が狙いだろう。
そして、奴には空間転移もある。
その気になれば、ディアブレイズに大量の妖精を集めて守りを固められるはずだ。
というか、それ以外手はない。
ま、手数は少ないが、その残った手数があまりに強力なので厄介なのだが。
「………金髪」
「ん?」
急に話しかけてきて何かと思えば、コウヤは突然武器を収め、ゆっくりと手をたたき始めた。
何事かと思ったが、これは拍手だ。
どういうつもりかは知らないが、俺たちを讃えるようにコウヤは拍手を始めた。
「正直、お前は凄い。まさかここまでやるとは思わなかった。飛竜や民衆の配置、複数の出口っていうアドバンテージはあったけど、この戦いにおいて有利なのは俺の方だった。にもかかわらず、お前はこうも俺を追い詰めた。全くもってすごい奴だよお前は」
「なんだよ気色悪ィな。で、まだなんかあるのか?」
「なんかっつーか、もう全部済んでる」
「済んでる………………?」
隣でいぶかしむチビ神。
そのまま受け取れば、戦力や奇策の新規投入はもうないってことだ。
それはもう、全て出し尽くしたらしい。
「今し方連絡が入った。ディアブレイズに進行中のミラトニア騎士達が、もう時期外壁を突破して市街地に入るんだと」
「「!!」」
族長達は保たなかったか。
いや、無理もない。
押し寄せたのは複数のプレイヤーが率いる、組織の中でも精鋭の部隊だ。
わざわざこいつがデバッガーにしないまま保有していたくらいだから、きっと相当強いだろう。
「それと、頑固騎士が青髪ちゃんの救援に向かった」
「! お前………あいつらの決闘に手出しすンのかよ」
「するよ。勝つためだ」
「他でもねぇ、ラビとレギーナの喧嘩でもか!?」
「関係ない。勝利こそが最優先だ」
これだ。
この手段の選ばなさ。
これはコウヤのものじゃない。
こいつのこういう部分に、俺は嫌悪感を示しているのだろう。
「市街地はおまけだ。大事なのは、多分最後の神器を持ってる迷路ちゃんが負けるってこと。勝つにしても、戦力はほぼ削られる。わかるか、金髪」
「詰みだって言いたいのか」
「………まだ足りねぇか。ま、これ以上は付き合ってられねぇ。俺は最後の仕上げに向かう」
先程と同じ構図だ。
ゆっくりと羽ばたくコウヤは、真っ直ぐ俺を見下ろした。
まるで、お前は負けだと言わんばかりに冷め切った目だった。
「もう、追いかけてくるなよ。………その足じゃ無理そうだけどな」
「………………??」
あれ。
おかしい。
俺、いつの間にかチビ神を支えるどころか………
「ケンちん!?」
限界が来ていたのだ。
癒せない傷から積もる疲労。
その状態からの肉体の酷使。
ダメ押しで、カイトからここまでの全力疾走。
魔力もほぼ切れており、神威も限界に近い。
何より—————————神の知恵がもう、使用限界時間に達していた。
戦闘中もオンオフを切り替え、なんとか頑張って温存していたが、やはり保たなかった。
久々に、使い切った。
この国に来てすぐの時は3分だったのを思い返せば、よほどマシになったと言える。
でも、足りなかった。
時間も。
力も。
「じゃあな」
だから俺は、去り行くコウヤに対して、何をする事もできず、ただその場で立ち尽くすのみであった。
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最後の仕上げ。
それは、もちろん罪の神の排除。
ケンが戦闘不能となった今、現状最も警戒するべきは罪の神。
コウヤも位置は把握している。
現在、コウヤに従わなかったノームの残党が隠れ住んでいるノーム領の外れに向かっていると知らせが来ていた。
そこにもまだ、総人口の5%程の妖精達が住んでいる。
それさえ守り切れば、もはや問題はないと言って良かった。
そして、コウヤは結局最後まで隠し玉をケンに教えることはなかった。
その理由は、単純に対策を防ぐためという当たり前の理由。
そしてその隠し玉の役目は、まさしくダメ押しだった。
主役の名はスプリガン。
カイトに向かわなかった残りのスプリガンの向かった先は、先程述べたノーム領とカイト以外のエルフ領ないの街。
やることはただ一つ。
街全体に幻惑を施し、町民自身の足でディアブレイズに向かわせること。
不安要素は全て取り除く。
全妖精を一箇所に集め、完全な籠城を決める。
もう1パーセントたりとも削らせない。
ここで全てを終わらせる。
………否。
全てはもう、終わっていた。
敵主力の大半はほぼ壊滅。
残る神器は一つで、それも包囲済み。
最高戦力のケンは戦闘不能で、籠城の準備は完了しつつある。
食わえて残る妖精も移動の準備を始め、イレギュラーはこれから消滅する。
6時間、空間転移の時間を待つ必要すらない。
この戦いはもう、終わっているのだ。
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エルフ領【総数10%】 7%→変動なし
ケン主導で避難誘導後、戦闘開始により一時中断。
依然コウヤと戦闘中。
シルフ領【総数15%】 8%→3%→変動なし
ゼロ主導で避難開始するが難航。
戦闘開始によって作業をメルナに引き継ぎ僅かに進む。
しかし、神器破壊により継続不可能
その後ウルクがやってきて、聞き分けのいい住民のみを追加で退避させたが、
入れ違いにやってきた罪の神によりストルムの住民全員が皆殺しにされた。
ウンディーネ領【総数20%】 ほぼ完了
族長及びその娘の説得により早急に作業が進み、避難が完了する。
サラマンダー領【総数20%】 18% →15%→変動なし
ラビ主導で避難を開始するが、立地的に収集に難航。
進みはしたが、戦闘開始によって一時中断、避難開始。
ノーム領・味方【総数5%】 5%→変動なし
変動なし。
組織所属妖精【総数10%】 5%→2%→2%弱
組織本部に現着した【ノーム】は避難を勧めようと考えていたが、管理者によってデバッガーに改造されており、対話が不可能に。
せめて楽になれるよう、【お嬢】、G・R、流と共に殲滅を開始。
突如現れた罪の神の神器によって、殲滅はさらに加速していった。
【今回】また、ディアブレイズで交戦中の戦闘員に多少の被害が生じている。
少数民族【総数20%】 16%→15%→15%弱
里に居住していたカーバンクルの避難完了。
また、ストルム周辺に住んでいる少数民族の避難も、カーバンクルの説得により手早く終了し、次に取り掛かった。
【今回】そして現在、各地で戦闘中のスプリガンに死者が出始めた。
???
脱出済みの妖精 54%
目標の70%まで残り 16%




