第1396話
狙うは一撃必殺。
剣を抜いた一撃目で、コウヤはまず確実に、一人を殺すつもりだった。
心臓に狙いを定め、直進する。
フォームは陸上のそれ。
まっすぐ、ただ決めた位置の手前まではとにかく早く、最も効率よく向かう。
それを考えた思考時間はごく短時間。
瞬きすら追いつかない一瞬。
しかし、既に体は進んでいる。
比喩ではなく、その肉体は風を切り、衝撃を残して進む。
一段とヒトの領域から離れたコウヤの速度は、音すらも超え、あわやチビ神の認識の外へと飛び出そうとしていた。
(疾い—————————)
そして、規定の位置一歩手前。
傍の攻略本から飛び出した文字が手の中に収まり、既に“突き”のモーションに入っているコウヤの手で槍を形成していく。
当然、槍はまだその手にはない。
持ち手だけ、攻撃力など当然皆無なそれを突き出す。
それも既に高速。
しかし、槍の構築速度は、それを上回る。
繰り出される突きの速度に加え、攻略本による槍の生成。
その両者が組み合わさることによって出来る、コウヤにしか出来ない最速の突き。
それは、チビ神が疾いと感じていた速度すらも超える、圧倒的な速度で飛び出していった。
回避は不可能。
それはコウヤにとっては確信だった。
だから、チビ神が取れる行動は、精々防御のみ。
しかし関係ない。
全てを壊す。
全てを貫く。
力量差を理解したコウヤが取ったのは、最速の一撃による、防御無視の必殺だった—————————
「「「じゃあ、こんなのはどうかな?」」」
「!?」
回避は不可能。
威力も十分。
力量差にも読み違えはなかった。
だが、今槍は中央にいるチビ神の心臓手前で止まっている。
血に濡れた先端数センチが物語のは、間一髪、そして失敗。
原因は、ただ一つの読み違え。
「「「完璧なコンビネーションを見た事があるかい?」」」
全く同じタイミングで槍を掴み、威力を綺麗に殺せるほどのコンビネーション。
一人が受け止め、一人が護り、一人が逸らす。
それを完璧に同時に行う事で、威力を極限まで殺し、必殺を削り取った。
これは、3人の同一人物という矛盾によんて生み出された奇跡の防御であった。
「こいつは………」
「五感も思考も全て共有できる」
「そしてそれを動かす脳は3つ」
「こんな事も、出来るんだよ」
「!!」
槍から離れ、3人同時に飛び出す。
中央のチビ神の攻撃—————————遅い。
コウヤにとっては躱すのは造作もない、が。
回避先にいるのはもう一人のチビ神。
防御体制を取りつつ、死角に潜むさらに別のチビ神の攻撃を回避。
—————————その間に動き出す、1人目。
終わり際には2人目が。
そしてその次には3人目、そしてさらに1人目が。
12本の手足が、とめどなく、一部の隙もなく押し寄せる。
1撃目。
2撃目。
3撃目。
4撃目、と。
どんな達人であろうとも、四肢は4つまで。
どんなに早く攻撃をしても、連続の攻撃の最大速度が保てるのは4撃目まで。
では人数を増やせばどうだ?
それは甘い。
思考は共有されないから、同時に二箇所を攻撃できても、連続攻撃の速度では劣ってしまう。
しかし、チビ神にはその弱点がない。
同時に攻撃しつつ、なんの詰まりもなく次を行う。
これが、霊魂分化による最高の戦法。
ケンから貰った名で言うと、【阿吽乱舞】
攻撃の隙すら与えない拳の雨が、コウヤに一身に注がれる。
鈍い拳の音がマシンガンのように鳴り響いた。
(なるほどなぁ………………)
人間技ではないこの攻撃の嵐を受け、コウヤが思ったのは一言。
単なる曲芸だという、まるで意に介していないようなもの。
確かに、この技そのものはコウヤを殺し得るものだ。
だが、使用者がダメだった。
それは、圧倒的なステータス差による理不尽な防御であった。
拳は当たっている。
だが、効いていない。
正確には、魔力のシールドを張っているが、肉に触れたところでダメージにはならない。
だからコウヤは無造作に手を伸ばす。
その手も当然殴られる。
でも効かない。
効かないから、真っ直ぐに手を伸ばし、腕を掴んだ。
そして、
「ほいっ、と」
ヌンチャクのようにその腕を振り、3つの肉体を一瞬で粉々にした。
「「!!」」
「あれ、全部偽モンか」
予想すら遥かに超える規格外の力。
カーバンクルは既に、足を動かす勇気もなくなり、その場で息を殺して見つからないように祈っていた。
ぎゅっと目を瞑る。
見つかりませんように。
見つかりませんようにと。
見られているかどうかも確認できず、心臓を加速させながら泣いていた。
—————————コウヤはそれをじっと見ていた。
が、無視をした。
そんな事を知らないカーバンクルは未だ震えてているが、既にコウヤの頭の片隅にすら彼の存在はなかった。
多分何もないと、そう思ってもう一つの気配の元へと視線を改めた。
気配が消えたのはしばらく前。
分身に色々と話を聞いている間にも、本体は逃げていた。
面倒な話だが、探し直すしかない、と。
「はぁ………………………ぁ?」
ため息をついた直後、視界にブレが生じる。
小さな物体………そう思ったが、それは影だった。
虫や小動物の類ではないことは明らか。
それにははっきりと強い気配があったから、再び武器を手に取ろうとした。
「………どうなって………」
「「「やあ」」」
砕けた部分がつぎはぎのようにひび割れている。
しかし、そこには確かに3人のチビ神がいた。
ありえない、というのはあくまで生物の範疇での話。
コウヤは知っている。
ここにいるそれらは、生き物などではないのだ。
「「「出来そこない同士、仲良くしようぜ、コウちん!!」」」
出来損ないだと、チビ神は自らをそう表す。
それは分身だからではない。
チビ神という存在そのものをそうだと表現した。
この霊魂分化はその証だ。
神のような上位存在は、その魂の強固さゆえに、魂を分離させることなど出来ない。
出来損ない故に、チビ神は魂を切り分けられる。
神の場合、出来ても精々極限まで弱っている時くらいだろう。
チビ神自体、そうやって分化して生まれた存在だ。
先代・命の神はかつて、魂と肉体に分けて封印されていた。
魂は神器封じられ、肉体はそのままミイラとなっていた。
そしてチビ神は、長い年月肉体に残った魂の残滓が集まって出来た出来損ない。
だが、残滓というのは切り離されたからこそ生まれたもの。
魂だけになり、極限まで弱った先代が、いつか自分が復活した時、人間への情を捨てされるように切り離した、善なる部分。
それがチビ神だ。
だから、コウヤにもある意味シンパシーを感じていた。
オリジナルから分化し、生まれてしまった異質な命。
その有り様は歪んでいる。
それを自覚して苦しむこともあった。
そして、違いはあれど、オリジナルの愚行に心を痛め、剣を取ることに決めたのは同じことだ。
“だから” という意味でも、救いたかった。
神として、迷えるヒトを救済するために。
ケンの友人として、その友を救うために。
そして、同じ苦痛を知る者として、その苦痛の先にも未来があると伝えるために。
「「「君を止めて、ミーは君の友達になるよ、コウちん!」」」
「………………勝手な神様」
襲いかかる。
そして一斉に殴りかかり、何度か止めつつ攻撃をし、その間に壊される。
再び身体を直し、出来た側から殴りかかる。
止まらない猛攻。
激しい肉弾戦となったのは、ある意味情けだったのか、ただの温存のためか。
無造作に二振払うコウヤの手がチビ神を2度殺す事に殴れるのは精々十発くらいだろう。
そしてダメージは数字にして3や4くらいか。
それもきっと何億とあるうちの3か4。
先んじて言うと、それがこの後響くことはないし、結果に左右することも当然ない。
ただ土埃と砕けた欠片が山積し、次第に肉体形成は出来なくなっていく。
3人中2人が隻腕となった6度目の全破壊後、コウヤを囲んでいたチビ神の内、背後にいた個体が死角をついて飛び出そうとした時に、ついに限界がきた。
膝に入っていたヒビが一周し、モモより下が地面に落ちる。
姿勢を崩すも、なんとか残った手を地面について、そこを軸にローキックを放つが、蹴り入れて砕けたのはチビ神の肉体であった。
残る二人も果敢に攻めるが、コウヤが指を弾いて投げた石が顔に触れた瞬間、砂粒となって顔は四散した。
首から入ったビビは割れたガラスのような跡を作り、指先まで到達すると、身体は消え去った。
喜びはなかった。
悲しんでいる様子もない。
今砕けたのが全て分身だと言う事を、コウヤは知っている。
無感情な顔をあげ、見つめたのはカーバンクル。
さっきは不要だと思ったが、この際人質に取るのも手だ。
そうすれば、きっと出てくる。
「………いや、」
足を変えた瞬間向かってくる気配………もはや気配というレベルでもない明らかな足音があった。
人質をとるのなら話は別だと、チビ神は駆け出していた。
愚考だ。
時間稼ぎですらない。
だが、迷いはなかった。
拳に渾身の力を込め、殴りかかる。
同じような展開。
そして改めてその動きを見たコウヤの感想はやはり、“遅い” の一言だった。
さっきは遅くとも、技巧があった。
ダメージはなくとも、その拳を当てる術はあった。
だが、それすらももうない。
やけくその一撃。
躱し放題防ぎ放題の隙だらけ—————————だから、
「まずこっち」
「!!」
首の裏に回していた神器・水精のペンダントを、魔法で貫いた。
目的は達成。
だが、チビ神は止まらない。
あくまで向かってくる。
ここで殺す必要はない。
もはや放っておいても問題ないのだが、向かってくる以上不可抗力というものだった。
折角なので、最後まで魔法は使わずに武器を手に、構えた。
流れている時間が異なるような動きの違いを目にしてなお、チビ神は進む。
戦いではない。
向かえば死あるのみ。
これは処刑と言っていいだろう。
一興というわけでもないが、なんとなくそう思ったコウヤは、それらしい心構えを持って挑むことにした。
処刑人のように無色に、無感情に。
刃は、命へと吸い付く。
「悔いはないか? 2人とも—————————」
「………」
悔いはもちろんある。
チビ神は特に強いだろう。
救うどころか、何を刻むことも出来なかった。
ああ、情けない。
結局のところ、相も変わらず出来損ない。
この拳もきっと、届かない。
………それでも。
すべきことは為したと、多少は前を向ける。
そんな気がした。
「………………ああ」
そうそう、と。
今ふと思うことがあった。
チビ神にとって悔しい事は、もう2つあった。
いや、出来たと言った方が正しいか。
今コウヤが浮かべている驚き顔、それが引き出せなかった事。
そしてもう一つ、曲がりなりにも神である自分が3人がかりでようやく止めた槍を、満身創痍でたった一人で止めている男が、目の前にいる事だった。
………もう一つか。
剣で槍を受け止めたその金髪の少年に、先代・命の神が惚れた男の影を見たのもまた、悔しいと思っていた。
「流石は神サマだ。見直したぜ、チビ神」
「生意気な子供だよ、全く」
—————————
間一髪、間に合った。
言いたい事は山ほどある。
とりあえず、チビ神には一言。
そして、この大馬鹿野郎にも一言言っておいてやろうと思った。
「案外、早い再会だったな、コウヤ」
「お前………金髪………………ッ!?」