第12話
クラスメイトサイドの話です。
「起きろ貴様ら! 朝だ!」
明け方、部屋中に大声が鳴り響いた。
「ん……」
「なんだ?」
「今何時だよ……ゲッ、まだ5時じゃん」
ちなみにこちらでの時間の数え方や日にちや曜日は向こうと変わらない。
1日は24時間。
月〜日の周期。
1年365日。
今更覚え直すのも面倒なので生徒にとってはそちらの方が都合が良い。
「本日より貴様らには訓練を施す。場所は中央広場だ。子供とは言え容赦する気は無い。覚悟してうけるがいい」
勇者たちについた教官はルドルフだった。
彼は一応この国屈指の強さを誇る騎士である。
この国騎士のおよそ4割は彼1人が指導に当たっている。
「マジかよ、自衛隊じゃねーか」
「これって女子もかな?」
「うっそぉ、そりゃ無いっしょ」
とは言え彼が教えるのは近接戦闘訓練だ。
魔法やスキルなどはまた別の教官がつく。
「どう思う? 琴葉ちゃ……」
「んー? んー……」
「あわわ、 寝ちゃダメだよぅ」
琴葉の肩を揺らすがしばらく起きない。
琴葉は朝が弱かった。
「んー。あ、おはよー、美咲ちゃん」
「琴葉ちゃん、まだ寝ぼけちゃう癖は変わらないね。朝の訓練するらしいよ」
「訓練ー? あっ、起きないとねー」
ぐらぐら頭を揺らしながらベッドから起き上がる。
「あわわわ! そんなにフラフラしてたら頭打っちゃうよ!」
この周りで慌てふためいてる女子は、琴葉とルームメイトになった寺島 美咲だ。
この城は部屋がかなり多くぶっちゃけ余っているらしいのでその一部を借りているのだ。
いつ問題が起きてもいい様に2人1組のペアで部屋を使っているのだ。
なお、このペアはランダムである。
「うにー!!!」
琴葉が奇声をあげて目を覚ましている。
「うわわっ!」
大抵のやつはいきなりこれを聴くとビックリする。
これはケンも驚いており、過去最高のリアクションだったらしい。
初見で動じなかったのは蓮くらいである。
「? どしたの美咲ちゃん?」
「い、いや、なんでもないよ」
「そう? じゃ、行こっ」
琴葉と美咲は部屋を出て広場に向かった。
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「準備終わったかい? 高橋」
「も少しタンマー」
鏡の前でうつらうつらとしながら歯を磨いているのは、蓮とルームメイトになった高橋 颯太だ。
「ダリぃなぁ。本当なら今頃家で寝てた筈なのに」
「仕方ないさ、これに関してはどうしようもないからね。もしかしたら勉強よりずっと楽しいかもしれないよ」
「それを期待するかー……ふぁ……眠ィ」
嫌々広場に向かう高橋。
蓮はそれを苦笑しながら見ていた。
城の廊下を歩きながら2人は話していた。
「面倒クセー。俺運動嫌いなんだよ」
「どうしてだ? 高橋、体育得意だったじゃないか。しかも陸上全国トップ」
フッ、と笑うと高橋は遠くを見ながら言った。
「そのせいで俺がどんな地獄をみたか………わかるかーっ!」
「えぇー……」
「面倒くさそうに言うな!」
蓮は心の底からお前がいうな、と思った。
「その上Sランクなんつー割と上位スキル持っちまってその上俺向き過ぎると言う……」
「いいじゃないか。それはお前にぴったりだとおもうよ」
「もし! これのせいで出番が増えたらどうするよ! うわあああ! 面倒クセー!」
面倒なのはお前である。
その後も他愛ない話をしながら広場へ向かった。
すると、高橋は今まで誰も触れていなかった話題に触れた。
「なぁ、獅子島は確か聖と仲よかったよな」
「うん、そうだけど?」
「気にならないのか? あいつが追い出されてどこ行ったのか」
蓮は少し考えた。
気にはならない。
その問いの答えは知っている。
しかし、正直に教えるわけにはいかない。
そこで、
「ここの兵が隣の街へ向かった、って言っていたよ」
これは真っ赤な嘘である。
「俺はそれで十分安心だ」
「なんで?」
ここからは本音である。
「生きてるならいつでも会えるからね。向こうがこないならこっちが会いに行けばいいさ」
高橋は黙って聞いていた。
彼が人の話をしっかり聴くのは結構珍しい事である。
「人と人が本当の意味で会えなくなる時ってどんな時だと思う?」
「……さぁ」
「会おうとしなくなった時さ」
普通、側から見ると何を言ってるのだろうと思われるだろうが、流石は学校指折りの美形。聞き入ってしまう。
と言うのは錯覚だ。
これは蓮の共通スキルのカリスマの効果の一つでも
ある。
「会おうとしなくなって会ってもそれは会ったとは呼べないと思う。それはただそこにいるだけだ」
「……」
「あいつの場合はそんな深いこと考えてなくてもいつでも会えそうだけどね」
信頼しているな、と思った。
「お、見えた。あそこが広場っぽいね。よし、じゃあ頑張ろうか」
「面倒クセーが、たまには頑張るか」
面白い話が聞けたなと思い、高橋はいつもより少しやる気を見せた。
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一方、高橋が言ったのと同じタイミングで美咲もケンの話題に触れていた。
「琴葉ちゃんは、さ、怖くないの?」
「うん? 何が?」
「聖くん」
そう言われると立ち止まってウンウン唸り始めた。
「うーん……うー」
「え、大丈夫?」
「美咲ちゃんはなんでケンちゃんが怖いの?」
「え?」
その質問が来るとは全く予想できていなかった。
なぜなら、寺島 美咲にとって、聖 ケンは恐怖して当然の対象だと思っていたからだ。
美咲はこの通りの小心者だ。
不良、ヤクザなどの部類をとんでもなく恐ろしく思っている。
「えと……ケンカとかするから……」
「ケンカが嫌いなの? ケンカの理由もわからないのに?」
「……ッ!」
ぞくり、とした。
琴葉は頭が良い方ではない。
複雑なことを考えるのが苦手だ。
単純である。
故に、単純故に、核心をつく一言を言うことがある。
「ケンちゃんね、自分からは滅多にケンカはしないんだよ?」
「え?」
自分からしない。
つまり、他人からの害を逃れるためにケンカをしている。
だがそれは、美咲にとってどちらでもいいことだった。
なんにせよ人を殴っているのには変わりないのだから
「うーん、じゃあ美咲はヤンキーとか怖い」
「超怖い」
マジの顔だった。
「じゃあなんで怖い?」
「悪いこと……してるから?」
「じゃあ、ケンちゃんは怖くない筈だよ。だって、ケンちゃん悪いことはしてないもん」
一層わからなくなった。
「だ、だって、ケンカしてるんだよ」
「あれはじこぼーえい、ってケンちゃん言ってたよ」
「自己防衛?」
さっきのところに戻っている。
結局はケンカ。
「それにケンちゃん殴ってはないよ。少しだけ身動きが取れなくなるだけで相手に傷はつかない様にしてる」
「……!」
今、美咲の中では2つ意見がせめぎ合っている。
聖 ケンは怖い人。
聖 ケンは怖くない人。
「ま、それでもやっちゃう時はやっちゃうよ」
今の一言で完全に傾いた。
「ちょっと昔ね、私がお金盗られそうになった時、嫌って言ったら叩かれたの。そこから殴ったり蹴ったりされた。30人くらい? もっと居たかな? 夜だったしね。怖かったなぁ」
それがさらに傾きを急にする。
やっぱり不良は———
「それをケンちゃんが偶然見たの。どうなったと思う?」
「琴葉ちゃん連れて逃げたの?」
当たり前だ。30対1で勝てるわけがない。
「いや、違うよ。ケンちゃんね、その場にいた人が二度と向かってこないくらいまでにボッコボコにしたの、返り血いっぱいになるくらい」
想像しただけで恐ろしい。
「それから私はケンちゃんがケンカしても何も言わなくなったの。私も最初はケンカ止めてたよ。でもいつもするケンカの理由がわかっちゃったんだからもう、何も言えないよ」
美咲はハッとした。
琴葉の言いたいことを理解したのだ。
聖 ケンは理不尽を嫌う。
理不尽な事を言う人間を嫌う。
理不尽な事を強いる人間を嫌う。
理不尽な暴力を振るう人間を、嫌う。
だから殴るのだ。
彼が敵に回しているのは人ではなく、それから生まれる理不尽なのだ。
「……誤解、してたのかな」
「まー、顔は怖いし、敵が増えすぎちゃって毎日毎日返り討ちにしないといけないせいでケンカ好きみたいな噂もたっちゃってるし、みんなが怖がるのはわからなくはないよ」
それでもやはり、これは誤解だったのだ。
これもまた、理不尽の一つなのだ。
「やっぱりまだ少し怖いけど、お話ししてみたいって気も、する」
「にしし、そっか!」
琴葉と美咲は顔を見合わせて笑った。