第1192話
「いいところですねー」
「そうだなー」
自然に囲まれた山の中、静かな風景を見ながらゆったりと足湯をするのも、たまには悪くない。
久々にのんびりとくつろげている気がする。
これまでの街よりも心なしか治安も良い感じだ。
「闘技場なんてあるからもっと物騒な街かと思いましたけど、平和ですね」
「あー、今まで闘技場のあった街は少なからず治安の悪さがちょいちょい目立ってたからな」
皮肉にも、白紙化後に管理者が取り締まることで犯罪は大幅に減っているらしい。
かと言って、自ら犯罪を斡旋している事は見過ごせないが、ここは素直に恩恵と言えるだろう。
「おや珍しい。人間のお客さんですかな」
「ん?」
老人………と思ったが、やはり長寿種。
見た目は若者のシルフだった。
「どうですかな。この街は」
「すごく良い街です!」
まだきて数分。
リンフィアは断言した。
「ははは、お気に召されたようで何よりです」
「いくつか街を旅してきたけど、俺もここは良い場所だと思うぜ」
「ほぉ、旅ですか………それに人間………もしや、この辺りが昔は………と言っても白紙化以前ですが、治安が悪かったのはご存知ないのではありませんか?」
俺はふとリンフィアと顔を見合わせた。
そんな様子は全くないので、正直少し驚いている。
「そもそも、シルフという種族柄と言いましょうか、あまり行儀の良い種族ではありませんので。かつては盗賊や山賊で溢れかえっておりました」
「………」
「おっと、これ以上は長くなりそうですな。それではお二方、ごゆっくり。その年の番を邪魔するものではないでしょうて」
「つがっ………!」
揶揄われて顔を真っ赤にするリンフィア。
全く、お茶目なおっさんだ。
それにしても、シルフがそういう種族とは知らなかった。
そういえば、深く考えた事はなかったが、白紙化の際、元々捕まっていた犯罪者は何処へ行ったのだろうか。
妖精とはいえ、こいつらはほぼ人と変わらない。
間違いなくいたはずだ。
改心した?
管理者が組織に連れて行った?
………観光中なのに、つい考えてしまう。
だが、本当に何処へ行ったのだろうか。
もしかしたら、連中はもう——————
——————————————————————————————
一方、コウヤはというと、街の酒場で昼間から飲み始めていた。
「っぷはァ!! ぁあああああああ!! 美味すぎる!!」
飲酒は実に3ヶ月ぶりだった。
食事そのものはダンジョンの中でも充実していたが、いかんせんアルコールがなかったので、その点でコウヤはずっと不満を持っていた。
しかし、もう我慢する事はない。
街に繰り出し、小遣いを得た今、コウヤを縛るものは何もなかった。
「うははは、はは………はぁ………………ちくしょー!!」
ただし、相変わらず女っ気はなかった。
「どうせ今ごろ金髪は銀髪ちゃんとデートなんだクソッタレ………俺だって………顔は悪くないはずなのに………………ん?」
と、昼間から飲んだくれている体たらくを棚にあげて愚痴をこぼすコウヤの隣に、誰かが座った。
なんだなんだと言いながら、視線を上げると、
「あら、お一人? ご一緒しても?」
そこにいたのは、凄まじく腕の立つ強者。
完璧なまでの気配の制御、隙の無さ、武器の質。
強いという事は酔っていてもすぐにわかった。
だが、
「喜んで」
この乳の前では全て無意味であった。
——————————————————————————————
温泉街を少し進み、はしごを降りて行くと、そこはシルフ達の居住区となっていた。
その居住区の中心部にある井戸からはさらに下があり、あまり日が差さないその場所には、訓練場や病院等の施設が置かれていた。
そして、その地区の端には、数名の子供が遊び場として“基地”を作っていた。
「久しぶりですね。この秘密基地に来るのも。今日は誰もいないみたいですが………」
「みんな里親が見つかったからね。最近は俺しかここに来ないんだ。まぁ、俺も最近は家にいるから、基本的には開けっ放しなんだけど」
「………」
ここに集まる子供は皆、親を失った孤児ばかり。
そこら中に名前の書かれたコップがあるが、皆埃をかぶっている。
一つを除いて。
「減ってくばかりなのは良い事なんだろうけどさ、ちょっとは寂しいよね。けど仕方ないか。【犯罪者孤児】はもう増えないだろうし」
「犯罪者孤児ですか………」
「白紙化のおまけだもんね」
犯罪者孤児—————白紙化の際、シルフ達………いや、この妖精界全体で、犯罪を犯したものが消えたのだ。
捕まっていたものは勿論、捕まっていなかった者まで。
「あ、でも、最近何人かは親が見つかったって。でも、みんな組織の悪い人だから、その人たちと一緒に街からいなくなっちゃっ、わぷ」
少し寂しそうなハルバードを、ルージュリアは膝の上に乗せて強く抱きしめた。
が、
「るーちゃんまたはぁはぁ言ってるね」
「はぁ、はぁ………そ、そんな事はないですわ………」
「後やっぱ目、やばいよ。ホントに」
あまり良い話でも無さそうだった。
「今日はどれくらいここにいるの?」
「今日? 今日ですか? それはもう私が納得と満足をするまで——————」
コンコン、と扉をノックする音が聞こえた。
「あァ?」
と、ハルバードに聞こえないように凄むルージュリア。
鬼の形相の修羅は、ゆっくりと扉に近づいていった。
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すころっ………!」
扉の前に、ある奇妙な気配に、発狂を止められた。
やたらと強い気配だ。
「あ、ボロ服のお姉ちゃんかな?」
「ボロ服………………………ん? お姉ちゃん?」
「うん、最近遊んでくれるんだ………あれ? 怒ってる? そういえば女の人と遊ぶなって………」
そう、ルージュリアは嫉妬のあまり、女と遊ぶなと言っていたのだ。
だが、そういう話ではない。
今扉の前にいるのは、息遣い的に女ではない。
「こんなところに、何の用でしょうね」




