第1184話
「蜃気楼? え?」
唐突に話し出した誰かの言葉に混乱するミレア。
『ここは、“私たち”』『淡い蜃気楼』
単体で見れば意味のわからない言葉ばかり。
この場所も、ここにいる人達も、今のミレアには何も分からなかった。
「というか、なんで名前………」
「それは、あなたが触れているからですよ」
「触れて………? あの………貴方達は………………っ!?」
いや、違う。
と、異変に気がついたミレアは、恐る恐る妖精たちに近づいた。
すると、妖精は意図を察した様に、その答えを口にした。
「ええ、そうです」
「!」
心を読まれたようで、少し動揺を見せるミレア。
しかし、不気味に思いつつも、それを聞いて頭の中にあったものは確信へ変わった。
おかしいのは、目の前にいる全ての妖精たち。
ここにいる誰も、一切口から喋っていない。
そしてそれ以前に、生きていないのだ。
「これは、幻覚………?」
「幻覚とは、少し異なります。貴方が見ている風景も、人々も、全て『我々』の記憶。実態はなくとも、そこに在るものです」
「………」
いつの間にか、落ち着き払っていたミレア。
頭の中で、何かが噛み合っているのを感じていた。
「あなた方は、このダンジョンに取り込まれたガイアナのノーム、その集合体みたいなもの………そしてこの場所自体が、実態を失った貴方達そのものということですか?」
「………飲み込みが早いですね。驚かないのですか?」
「なんとなく、あなた方の事は感じ取っていましたから」
予感はあった。
それは3ヶ月前、このダンジョンに来たばかりのころ。
森で “眼” を使った時のことだ。
あの時倒れたのは、膨大な数の妖精の感情を見たからだと考えれば、合点がいく話である。
今とは違い、対象を絞らず漠然と全体を見ていたのが仇となったのだ。
「おっしゃる通り、我々はかつてこのダンジョンの暴走に巻き込まれ、その存在を養分として取り込まれしまいました。しかし、まだ取り込まれて日が浅かったお陰で、我々の一部が貴方の力でここを抜け出せたのです」
「私達が対話できているのは、それに触れたからだ、と」
「はい」
ミレアの『裁定』は、あらゆるものを正しい状態へ帰す力。
養分として変換された彼らが、彼ら自身へと戻ったことで、ミレアは触れられるようになったのだ。
しかし、
「………じゃあ、どうしてこんな形なんですか? 元に戻ったなら、肉体も戻るはずなのに………」
そう。
彼らには、実態がなかった。
ここに在るのは、彼らの意思であり、そこに肉体はない。
それも、集合体のままだ。
「もう、元には戻れません。日が浅かったとはいえ、ただの力の塊に変わり切ってしまうには十分な日数でした。この肉体は、そもそもそういう意味合いを持っていたみたいですから」
「!」
“彼ら” のいう通り、ここにいる妖精やプレイヤーの肉体は、普通の肉体ではない。
管理者の持つ技術によって、成長する養分となった特別な入れ物だ。
疫病の一件の時に、ミレアも嫌というほどに理解した。
この肉体は、魂を抜いた状態であれば、取り込むことが出来る。
かつてカイトの領主は、そのために疫病患者を集め、自然に魂が消滅するのを待ったのだ。
自分が、その肉体を取り込むために。
今の彼らは、その魂の抜けた肉体と似たような状態にあるのだ。
「肉体は失いましたが、残存する魂のおかげでなんとか対話はできています。しかし、浮遊し続けた我々の魂はじきに消えることでしょう。だからその前に、どうしても誰かに我々の悲願を託したいのです」
「託す?」
「はい。きっと、我々のその“望み”は、あなたの望みを叶えてあげられる筈です」
「!」
醜いものを見られた様な気がした。
気まずさで、つい赤面する。
しかし、目の前に出された魅力的なものから、ミレアは決して眼を逸らすことが出来なかった。
だが、
「それは、人として受け取っていい力なんですか?」
ある程度察しているミレアは、己を戒めるためにわざと突き放す様にそう言った。
すると、
「………もしも取らなければ、その力に先はないとしても?」
「っ………何故、あなた方にそんなことがわかるんですか?」
「言ったでしょう、触れていると。我々は、『この地』にも触れています。この地が持つ記憶を断片的にですが、我々もそれを有している………それ故に、あなたの力も詳細も知っています。あなたは知っていますか? 本来ダンジョンというものが、どういうものなのかという事を」
「?」
唐突に、ダンジョンの話に変わった。
意図を掴めず、ミレアは首を傾げている。
だが、どうやら無関係ではないと、次の言葉ですぐに察した。
「罰の神………」
「!!」
それは、ミレアの持つ神威の、本来の持ち主である神の名だ。
「罰の神………それは、“ダンジョン本来の意味と役割を持つ神の力。今あなたが持っている“裁定”の力は、その力の残滓に過ぎません。こう思ったことはありませんか? この力は、あまりに非力だ、と」
「! それは………………はい」
図星だった。
力を求めている今は特に、そう思ってしまう。
神と冠する力ではあるが、あまりにも下らない、と。
「確かに、族長の持つ装飾品を集めれば、力を解放する事は出来ます。しかし、それは出来ても精々元の肉体を取り戻すのが関の山。貴方も薄々勘づいていたでしょう」
「………………………はい」
「しかし、もしもその先があるとするなら?」
「!!」
それは、今のミレアにとっては、抗えないほどの甘い囁きであった。
タガが、僅かずつ外れていく。
理性の鎖は、綻び始める。
「そのためにも、あなたは知らなくてはいけません。管理者とは何者なのか。この地に住む妖精は、かつて消えてしまったかの種族がどういう存在であるか。それを知れば、きっとあなたは我々の提案を受け入れ、管理者と戦うことになるでしょう。いえ、あなたはそうしなければならない」
一斉に、妖精たちはミレアに向けて指を差した。
そして、こう言った。
「それが、あなたの受け入れた本来の力………【罪の神】の神威が持つ、宿命なのだから」




