第1183話
「………」
その瞳は、感情を見ることが出来る。
それが誰であろうが、大体の感情を読み取れる。
今目の前にある石像は、ただの無機物。
普通であれば、感情など読み取れはしない。
単純に、感情が存在しないからだ。
流石のミレアも、ないものからは読み取れない。
だから、普通なら気にすることはないのだ。
しかし、ミレアはそう考えなかった。
妙な胸騒ぎが、ミレアを石像から離さず、頭の中でこう囁いた。
もしもその石像に感情があったら——————感情を持つ何かであったら?
突拍子もない話だが、奇妙な一体感と、人がそのまま固まってしまった様な躍動感のある石像を見て、ミレアはある種確信めいたものを抱いていた。
ただ、確信と言っても、やはり目の前にあるのはどう考えてもただの石。
杞憂かもしれない。
だが、手段があるのなら見てみたいと、ミレアは瞳を開き始めた。
そして、
「………よし」
眼の力を発動させた——————
「………………ふふっ。そうですか」
結果は、何も見えなかった。
気のせいだったかと、今まで深く考えていた自分とその思考を笑い飛ばすミレア。
「我ながら馬鹿馬鹿しい話でしたね。ここは、人が介入できないダンジョンなんですから」
そう。
ここはダンジョン。
非人工という絶対の掟をもつ世界。
「コウヤくん、入口どうですか?」
「なーい………」
遠くから聞こえる、少しがっかりした様な声に、思わずミレアは笑いが溢れた。
ただ、石像に何もないとなると、いよいよ見るべき場所はない。
しかし、ここになんらかの鍵があることはこれまでのパターンからほぼ間違いなかった。
「順番があるのでしょうか………コウヤくん、やっぱり雪山に………………っ、ひ………ぁ」
首筋をそっと伝う様に、何かの視線を感じた。
ミレアは慌てて振り返るが、近くにそれらしい気配はない。
「………」
視線は再び、石像に流れる。
どうも引っかかっている様だ。
「おおおお!………んだよハズレかよ!! なんもないじゃんか!!」
ついさっきよりさらに離れた場所から、コウヤは叫んでいた。
あまり離れてはと思ってその場から離れようとする。
が、
「………」
それでも、ミレアは張り付いていた。
そして、ふとあるものが頭に浮かんだ。
「………ぁ………そうだ」
僅かに黄金へと変色する瞳。
手のひらには、ほんの少し広げた僅かな神威を纏わせていた。
勇者のレッドカーペット………罰の神由来の神威の力。
これも、ミレアの能力。
瞳とは違い、これはミレア独自のものと言ってもいい力だ。
しかし、逆に今度は二度目ということもあってか、あまり期待はしていなかった。
「金ロールちゃーん。向こうも見てみなーい?」
「あっ………はい! すぐに済ませて——————」
だから、一瞬反応が遅れた。
「え………」
手を触れた場所………『裁定』の光に触れ、本来の姿を露わにされたことで現れた『それ』を、ミレアは真正面から浴びてしまった。
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「そういえば、消えたっつってたな」
「何がですか?」
「ガイアナのノーム達。お前らがボコったノームが言ってたろ?」
おお、と思い出したように手叩くリンフィア。
だが、消えた後にどこへいったのかは聞いていない。
真偽とは、その後どうなったかある程度仮説がある上での審議だろう。
「おっさんは、消えたの意味を知ってるんだろ? 話してくれ」
「………あくまで………あくまで噂だ」
「それでいい。教えてくれ」
否定したい、信じたくないという『ノーム』の心情が痛いほどに伝わってくる。
しかし、これは奴が族長である以上は知らなければならないことだ。
何かできるのであれば、俺たちも知っておく必要がある。
「あい、つらは………………俺の、民達は………」
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人がいっぱい。
あまりにも陳腐な表現だが、この状況をあまりにも的確に表した表現である。
そして、何かをする余裕もなく、展開は次へと進んだ。
「こんにちは、ミレア・ロゼルカさん」
「え………ぁ、こっ、こんにちは………」
何もかもが唐突。
反射的に返事をしたのはいいが、何も言えずにただ沈黙が流れた。
あまりの人数に、そして意味不明な状況に、思わずたじろいでしまっている。
しかしすぐに、突然妙な場所に移されたことに気がついてハッとした。
「あの、ここは………」
見渡すと、そこは見たことのない都市であった。
文明が進んでいるとはいえないが、多くの人が行き交い、そこらじゅうから活気のある声が聞こえて来る。
ただ、誰もこの大人数を気にしていないのは妙な話だった。
「ここは、“私たち” 。その記憶や存在が作る、淡い蜃気楼」
「はい?」
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「ガイアナの、民達は………」
いつの間にか、酔いが覚めている。
しかし、意を決した『ノーム』は、自分の知る真実を口にした。
「ダンジョンの暴走に巻き込まれ………その養分となった」




