第1171話
「クッ………よりによって管理者様がおいでになられている時に失敗してしまうとは………せめて一月前なら………」
男はぼやきながら、全力でその場から退避していた。
しかし、焦りとは裏腹に動きには余裕がある。
後ろにいるケン達の実力的に、逃げ切れると判断しているが故だろう。
「何か、挽回する機会を………」
「なんだ、やっぱあのクソ野郎が来てンのかァ? 」
「!?」
男は声に反応して、全力で振り返った。
しかし、そこには誰もいない。
冷や汗を拭い、振り返ったその瞬間、男の顔からサーっと血の気が引いていった。
「ハハァ、じゃあ後でアイサツしてやるかねェ………ヒック」
「っ、きっ………貴様、やはり邪魔を——————」
目の前を何かが横切った直後、僅かに感じる鈍痛を最後に、男の意識は途切れた。
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突如現れ、俺たちから逃げた組織の男を捕まえた、酔っ払いの男。
瓢箪片手に、逃げた男を引きずり、ご機嫌な様子でこちらに向かってきた。
俺たちも良く知る男だ。
「いやァ、久しぶりだな金髪ボウズ」
そう、カイトにいたSランク冒険者、ネームレスの『ノーム』だ。
「ノームのおっさん、アンタなんでこんなとこに………!? はは、スッゲェ久しぶりじゃねーか。カイト以来か?」
「あひひ、やっぱ気づいてなかったか」
豪快に笑いながら、さらに酒を入れて何かを期待する目でこちらを見ている。
しかし、あいにくこちらはなんのことか全然わからない。
すると、そのままこちらがあまりに反応しなかったからか、気を急かした『ノーム』は、その答えを口にした。
「んぁあ、覚えてねェのかい。ホレ、3ヵ月前だ。お前さんらキラーエイプに手こずってたろ?」
「あ………あ、 ああ!! そうか、あン時猿を追い払ってくれたの、アンタだったのか!!」
ハッと思い出した。
それならば、未だ鮮明に覚えている。
ここへの行きがけに戦っていたキラーエイプを誰かが殺気で追い払ってくれたおかげで、こちらは命拾いしたのだ。
「ああ、コウヤくんが戦犯だったあの………」
「ああ、戦犯だったあれですか………」
「お許しを………お許しをくだせぇ………」
思わぬ形で過去の罪が掘り返されたコウヤは、端の方で小さくなっていた。
しかし、かなり凄まじい殺気だったが、この男なら納得だ。
名を失ってはいるが、元族長。
修行をした俺たちよりも未だ遥か上にいる強者なのだから。
「その節は助かった。恩に着るよ。んで、それはそうと何でこんなとこに?」
「あー………まぁ、なんだ。ちょいと野暮用でなァ。帰郷だよ帰郷。後はあれだ。あのゴミくそに逆らってる奴がいるっぽかったからな。3ヵ月間待ちぼうけしてた。ホレ」
何か小さな塊を投げられた。
なんだろうと思い、手のひらを見てみると、思わず変な声が出てしまった。
「うぇへ!? ………おいおい、こいつは………」
「お前さんらが閉じこもってる間、砂漠の方は潰しといてやった。精々感謝するんだなァ。あひひ」
なんと、『ノーム』がよこしたのは、俺たちが今まさに集めようとしていた攻略印であった。
しかしこれは、
『現地民にはできないはず』
と、思ったが、すぐに飲み込んだ。
何せ、この男は既に名を奪われたネームレス。
ということは、お告げを無視することによるペナルティは受けないのかもしれない。
「残るはこの雪山と遺跡。これに関しては俺も攻略出来ずじまいだった。俺ァ頭使うの苦手だからよォ。酒飲んでるからなァ、あひひ。かと言ってシラフの俺ァ、まぁアホだしよ」
「いっつも頭悪いってことですか?」
「酷いこと言うな、嬢ちゃん………」
リンフィアの何気ない一言が、『ノーム』の心を抉ってしまった。
ナチュラルに失礼だ。
「ってことでもう行くかねェ」
「もうか? 3ヵ月も待ってくれた割にあっさりだな」
「んはは、オタクら人間とはちと時間の感覚が違うんだよ。3ヵ月程度なら一瞬。ほんじゃな」
妙にソワソワしている。
急ぎ………なのだろうか。
このまま去る前に、少し聞いておきたいことがある。
それだけ尋ねよう。
「ちなみにどこ行く気だ?」
「内緒だ内緒。帰郷くらいひっそりとさせてくれ」
「野暮用ってそれか?」
「おうよ。大人にはいろいろ事情があるってもんだァ」
「最後に一ついいか?」
「いいぜ?」
「アンタ、組織と関係してるのか?」
笑顔が、固まった。
表情はゆっくりと消え、次第に無機質になっていく。
あたりかはわからない。
しかし、近い何かには触れたようだ。
「ネームレス………成長しないアンタが、ダンジョンにいる理由があるとすれば攻略くらいだが、俺らに攻略印を渡したあたり目的はそうじゃない」
「まぁ、そうだな」
「アンタは多分、ここにいる何かに用があるんだ。なぁ、それがもし組織がらみなら、協力できねーか? ここで起きたダンジョンの暴走、消えた住民達、色々と知りたいことがあるんだ」
「………ハァ………………」
『ノーム』は、厄介そうに頭をかきながら、足を止めてその場に腰掛けた。
「変に首突っ込まれるよりいいかァ………………じゃあなんだ、ちょっと座れよ」
そう言って、『ノーム』は話をしてくれることになった。
これで、少しはこのダンジョンのことがわかりそうだ。
それと多分、この『ノーム』の事も。




