第1161話
「よし、今すぐやるぞ」
「おぉ!? すぐに!?」
すぐに始めるのが予想外だったのか、コウヤは素っ頓狂な声を上げていた。
「ミレアにばれないか心配してンだろ? 安心しろ。側からみたら動かずにじっとしてるようにしか見えないからな」
「ジッとするって、あんま長い間動かなかったら怪しまれんじゃね?」
「ああ、そこは気にすんな。俺も考えてる」
確かに、長時間動かずにいたら流石に気づかれてしまうだろう。
しかし、多分そうはならない。
これに関しては、それなりに自信がある。
………あまりいい方向の自信では無いが。
「大丈夫って言うならいいけどさ。じゃあ瞑想みたいな修行でもすんの?」
「瞑想か。当たらずとも遠からずってとこだな。けど、瞑想と違って、これは下手をするとお前の精神がぶっ壊れる可能性がある。本当にやるんだな?」
こればかりは何度も聞いておかなければならない。
それだけ負担のかかる方法なのだ。
「やる………って断言する前に、とりあえず内容を聞いてもいいか?」
「ああ」
確かに、聞けば意見は変わるかもしれない。
それでもやめないのであれば、俺はもう止める気はない。
「やることは簡単だ。今からお前のあらゆる感覚を制限する。その状態で、今から引く円から出たら成功だ」
「………そんだけ?」
頷いたが、どうにもふに落ちていないらしい。
これは、何も知らない奴の顔だ。
一体どれほど想像しているのかは知らないが、断言できる。
間違いなく、想像が足りていない。
「拍子抜けしたか?」
「いや、するだろ。未だに疑ってるんだけど」
「言っとくけど、マジで舐めてかかんなよ。油断してると、本当に気が狂うだろうからな」
「おぉ………?」
やはり、わかっていない。
だが、口で説明したところで、想像できる恐怖なんてたかが知れている。
百聞は一見にしかずだ。
こればかりはやってみないとその怖さを理解しないだろう。
「お試しだ。一回やってみるか?」
「おー、頼む」
そっとコウヤの背中に触れる。
神の知恵を発動させ、必要な魔法の術式を構築する。
「今から、状態異常の魔法をかける。抵抗をなくしたいから、魔力を最小限に抑えててくれ」
「わかった」
さぁ、一回目の挑戦だ。
本人はそうでも無いが、むしろ経験したことのある俺の方が緊張する。
身に染みて知っているその苦痛を、こいつが一体どれだけ耐えられるか。
「さぁ、行ってこい——————」
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何もない。
安全地帯の原っぱと、その外側に見える岩山の景色が、突如として消えた。
あるのは、境目すら見えないほど無限に広がる漆黒のみ。
ここは——————
「!?」
声が、出ない。
そう思って、自然と手を喉に伸ばす——————と、反射的に手を動かそうとした瞬間、コウヤはある異変に気がついた。
「………」
そう、手も動かない。
喉や手だけではない。
全身、ありとあらゆるところが動かない。
——————否。
そもそも、感覚がまるでない。
動きもしないが、抵抗も一切なかった。
まるで意思の反映しない世界。
全ては思考で止まり、その先は何もない。
「………………」
だから、周りには誰もいない。
そもそも、ここがなんなのかもわからない。
それ故、助けなど求めようもない。
「………!!」
突如として湧き上がる恐怖心。
落ち着けと自分に言い聞かせるが、言い聞かせたところで先が見えない事は明らかだった。
いつになったら終わるのか、どうすれば抜け出せるのか。
必死に考えれば考えるほど、何も変わらない現実に直面し、焦り、それを繰り返す。
沼にハマったように、抵抗と思考を繰り返すほど、正気から離れていく。
どこだここは。
暗い。
怖い。
何もわからない。
出してくれ。
誰か、誰か、誰か。
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「はい、そこまで」
「!!」
戻ってきたコウヤは、膝から崩れ落ちた。
やはり、相当応えたらしい。
「ぅ………げ………」
息を切らしながら、真っ青になって嘔吐を繰り返す。
だが、発狂していないだけ大したものだ。
「大丈夫か?」
「………今のが、修行?」
「ああ。言っただろ、負担はデカいって。精神が強くない奴がこの修行を心がすると間違いなく壊れる。お前は——————」
「まだ、チャンスはあるんだよな?」
「!!」
口を拭いて、青くなった顔をこちらに向けてくる。
怯えは見える。
でも、意思は消えていない。
どうやら相当の恐怖は味わった上で、まだやろうとしているらしい。
「………そうか。折れてはないみたいだな」
「一回ぐらいで、俺が負けるかよ」
「………」
テストついでにやったのだが、これならもしかすると成功するかもしれない。
正直、賭けるだけの価値がはある。
「よし、わかった。けど、次は夜にしておこう。今回は短く済むと思ったから昼間にやったけど、流石に長引けばミレアも気づく。だから覚悟しとけ。次は、もっと長くするからな」
「ああ………!!」




