第1156話
形勢が時間が経つごとに不利になっていく。
正面の地竜だけではなく、周囲に別のモンスターの群れが出現した。
突然現れた大きな魔力反応に惹きつけられたのだろう。
地竜ではないにしても、どの道俺たちよりも強い。
「これ、もしかしなくてもマズいよな………?」
「ああ。かなりマズい」
離れていたコウヤ達も、異変に気づいてすぐに戻って来ていた。
状況は、説明するまでもない。
それほどまでに、危機はすぐそこに迫っていた。
「なぁ、やっぱ逃げたほうが——————」
膨れ上がった魔力の放つ余波が、全身を通り抜けた。
残ったものは、寒気なんてものではない。
圧倒的に強者、捕食者への畏怖。
あらゆる拒絶の信号が、全身から汗となり、震えとなり、表へ現れる。
否応でも理解させられた。
敵は今、目の前で確実に壁を一つ抜けていった。
絶対に触れてはならないラインの向こう側に、地竜が到達した。
「………見ての通りだ。逃げれば死ぬ」
「………………そうだよな………」
コウヤも理解していた。
いや、させられたのだ。
「最悪………私があの地竜を葬れば………」
「早まんな。確かに、お前なら速攻でだろうけど、こんなとこで名前を失うわけにはいかねーだろ?」
「っ………」
と、ルージュリアの提案を断ったものの、その提案は実際のところ受ける価値は十二分にある。
この状況、やはり要点になるのは地竜だ。
こいつが状況を最悪まで運んでいる。
あの地竜がいなければ、正直コウヤとミレアを主軸に戦えば、なんとか切り抜けられただろう。
しかし、逆にあの一体さえいれば、俺たちは全員殺されてしまう。
それだけの大物だった。
「………あの地竜さえいなければ………」
「………」
ミレアの気持ちもわかる。
だが、今それを論じたところでどうにもなりはしない。
もしもを語ったところで、残るのは逃避したい現実のみ。
今俺たちは、手を出してはならない格上の竜と、膨大な数の敵に囲まれている。
それが現状だ。
「………………暴走ダンジョン、甘く見てたな」
飛び降りるとき、ここにいるモンスターの様子は、少しではあるが見えていた。
『一体でも楽に勝てる敵ではないが、囲まれでもどうにかなる』
それが正直な感想だった。
しかし、ここは暴走ダンジョン。
普通ではない。
通常のダンジョンにはない、イレギュラーが起こりうる。
多少の理不尽は、想定しておかなければならない。
「………まぁ、それくらいはわかってたけどな」
「「「!」」」
そう。
これでも知恵の神の特異点。
ある程度の不足の事態は想定している。
そしてこれは、ギリその範囲外だ。
………ただし、無理をしなければ、だが。
「リフィ」
「! ………はい!」
「進化の準備頼む。なるべく機動力のある翼がいい。エルはしばらく出られそうもないから、空中からダンジョンの安全地帯の捜索を頼みたい。そんで、ミレアとコウヤはその間の時間稼ぎを頼む」
「まぁやれるだけやってみるけど………」
「どうするつもりですか?」
幸い、全員戦意を失ったわけではない。
この無茶振りにも、応えてくれた。
だから、俺も命を賭ける。
「全員、俺に魔力の半分をくれ」
「魔力って………………っ………!」
こういうところは流石だ。
リンフィアは、俺が何を企んでいるのか真っ先に気がついた。
わかる。
こいつはきっと葛藤するだろう。
でも、その先もわかっている。
こいつはいつだって、俺の無茶を信じてくれた。
そして、今も。
「この先は、任せてください」
「ああ。頼んだ」
なんとなく、ミレアとコウヤも、俺が何か無茶をしようとしていることを察し始めていた。
だが、今回ばかりは文句は言わせないし、止めさせる気もない。
「悪いけど、今度ばっかは何もいうな。全員で生き残るぞ」
「………わかった」
「………ええ」
まっすぐ差し出した俺の手に触れ、一斉に全員で魔力を流し込む。
許容量は、すぐに超えていった。
「………………!!」
暫くぶりのこの感覚。
内側から、食い破られそうなほどの激痛が、全身のありとあらゆるところで起こっている。
だが、問題ない。
この程度の痛み、怯むまでもない。
「………よし」
神の知恵を発動。
扱う魔法は、決まっている。
あとは使うだけ。
「………」
だが、少し心配だ。
この先は、どうやっても助けることは出来ない。
敵はS級。
そして、逃げ切れるとも限らないし、逃げた先に何がいるのかもわからない。
しかし、今はそれを飲み込もう。
こいつらが俺の無茶を信じたように、俺もこいつらを信じる。
——————複合・強化一級魔法【クインテット・トリプル】
魔力が抜け、目の前に凄まじい力の塊が、4つほど現れる。
大丈夫、とは断言できないが、こいつらは幾度も死線を越えてきた頼もしい仲間たちだ。
あとは、任せよう。
「ッ………………ぅ………ぉご………ぽ」
さっきまで感じていた激痛が消えていく。
いや、わからなくなっている。
それほどまでに意識が、感覚が、自分から遠のいていった。
あれだけ感じていた敵のプレッシャーも、もはやわからない。
視界に映っているのは、黒い稲光を全身に纏った4人。
そして、少し下に見える赤い水溜り。
そこに見える、今にも死にそうな顔。
ああ、やけにあったかいと思った。
これ、俺の血だ。
「………ぁ」
俺の意識は、そこで途絶えた。




